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第二話 裏切り者

 その街の名はカザフといった。今はただ一人の住人もいない、死と廃虚の街だ。カザフの街の住人は、女も子供も、おそれを知らぬ勇敢な戦士だった。ただ一名以外は。

 まともに正面きっての戦闘ならば、これほど一方的な戦果はなかった。好運、あるいは悪運というやつだろうな、とギィルは心の中で呟いた。

 ギィルがガルンと共に部下達のもとへ戻ると、それぞれ、自分の使った武器の手入れをしているところだった。一人、二人、三人と数え、十九名を確認したところで、ギィルは首を傾げた。

「おい、ガルン。あの坊やはどうした?」

「少し近辺を歩き周りたいというから、許可しました。どうせ、この辺り一帯は、俺達の他には、ディカルクェンドの連中しかいませんから、逃げられませんし」

「おいおい、もし誤って殺されたり、自殺でもされたら、どうする気だ?」

 ギィルの言葉に、ガルンは苦笑する。

「本当に団長は、女子供に優しいですね。けど、あいつのことを思うなら、死なせてやった方が親切じゃありませんか?」

「それじゃ、俺が後味悪すぎるだろう。ガキを利用するだけ利用して、必要なくなっちまったら殺しちまうだなんて、下の下な所業だ。俺はこれでも天国へ行くつもりなんだからよ。そんな外道なことがやれるもんか」

「団長はつくづく肝が太い人だ。あれだけ殺して、まだ、天国行く気ですか?」

「約束した相手がいるんでな」

「え?」

 本気で驚いた顔で、ガルンがギィルを振り返ると、ギィルは嫌そうに顔をしかめた。

「バカ、冗談に決まってんだろ? 長い付き合いなんだから、本気にすんな」

「すいません」

「とにかく捜すぞ」

「……え? 坊やをですか?」

「美味い酒が飲みたいからな。あんな若いのをこんなつまんねぇことで死なせたくない」

「……つまらない、ねぇ」

 そう言って、ガルンは瓦礫の山を見渡し、肩をすくめる。

「ま、人間一人養うには、手間と金と労力が必要ですからね。もう一つの厄介事の面倒見てもらうためにも、まだ死なずにいてくれた方が良いかもしれませんね」

「おい、ガルン。まさかあいつをうちで働かせる気か?」

「働かざる者食うべからず、です。大丈夫。若いから鍛えれば、荷物運びくらいの仕事はできるでしょうよ」

「……そっちの方が残酷じゃねぇか?」

「なんにせよ、彼の髪と瞳の色は、我々に役立ちますよ」

「……ったく、やな部下を持ったもんだぜ」

「嫌だとは言わないあなただって、相当ですよ」

「……確かにお前の言う通りではあるんだよ。逃亡兵で裏切り者の、世間知らずのセイランス軍少年兵士ってのは、確かにおいしい。捨て置くには、おいしすぎる駒だ。容貌という点で、目立ち過ぎる俺達には、密偵の真似事はできない。だがな、俺は一度、既にあいつを利用した。あいつ自身の命と、あいつの恋人を助けてやるという条件でだ。そいつのおかげで、俺はいつになく滅入ってナーバスになっちまったってのに、これ以上悪行を重ねろと?」

「一度やれば、二度も三度も同じです。俺達の両手は、とっくに血塗られ、汚れている。俺達はとっくに人殺しでただの殺戮集団なんだから、いい加減、自覚持ってくださいよ、団長」

「……俺はまだまだ聖人君子ぶりたいお年頃なんだよ。まだ未婚で、子供もいないしな」

「いい加減、現実になりそうにない夢想は諦めて、現実を見つめてください、団長」

「親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってるか? ガルン。また転ばせられたいのか? 今度は地面にいっぱいものが転がってるから、当たり所が悪けりゃ死ぬぜ。自分の好運度をその身で確認する絶好の機会を与えてやろうか?」

「いえ、勘弁してください、団長。すみませんでした」

「……お前に謝られても、あんまり謝られてる気分にならねぇんだよな。座高が高いからか?」

 あえて身長ではなく、座高と言うギィルに、ガルンは苦笑する。

「それは誠に申し訳ありません」

 そう言って、先ほどより深めに、ギィルの目線より低くなるよう、頭が下げられた。ギィルはかえって嫌味っぽいと思い、顔をしかめたが、それ以上は言わなかった。

「とにかく俺ぁ、坊やを捜しに行く。暇そうな連中に声かけて、一緒に捜してくれ。セイランス軍お仕着せの鎧は脱がせてあるとは言え、あの見事なプラチナブロンドは、黒髪ばかりのこの陣営では、ひどく目立つはずだ」

「判りました」

 そう言って、ガルンは立ち去る。坊や、と都合上呼んでいる、セイランス軍からの逃亡兵で、結果的に故郷を滅ぼす裏切り者となってしまった少年の名を、ギィルは知らない。

 ただ一人、命請いに告げられた彼の恋人の少女の名は、エレナ。エレナ・レイヤースと言う。少女は盲目で、アルビノのような白い肌と、美しい金髪の、見るからに薄幸の美少女、という感じだ。

 しきりに二つ年上の兄のことを心配していたが、この状況では、彼女の兄も戦死したとみるのが妥当だろう。だが、そんなことは教えてやる必要はない。誰も知りたくはないだろう。自分の恋人が、自らの命と恋人の命とを引き替えに、故郷を悪魔に売ったとは。

「確かに、もう、天国へは行けそうにないな」

 ギィルは一人ごちる。ギィルは幼い頃に、大切な約束を二つした。一つは、幼馴染みの少女と、もう一つは彼の命を救い、その人生ごと買ってくれた、通称『死を売り捌く商人』アーネスト・セルラウン。

 セルラウンの年齢が幾つなのかは知らない。見た目だけなら、二十歳過ぎにしか見えない。だが、セルラウンは、ギィルが五歳くらいの頃から、ほとんど外見が変化していない。セルラウンを不老不死の化け物と称する人間がいるが、あながち間違いではないかもしれないと思う。

 セルラウンと出会った当時、かの『死を売り捌く商人』はごく普通の駆け出しの商人に見えた。昔から、商魂たくましい、野心に溢れた男だった。

『お前の命、お前がいらないのならば、俺が買う。その命と人生、俺に預けろ』

 ギィルは苦笑する。

(あの頃の自分の状況に似ているからか?)

 命に換えても守りたい、そう思ったギィルの幼い恋人は死んだ。どうすることもできなかった。戦乱の中、逃げ惑い、そうして味方の誤射により、少女は死に、自らも死にかけた。

 少女は死に際に、天国で会おうね、と言った。二人とも助からない傷に見えた。ギィルがそばにいてくれたら淋しくないよ、と少女は言った。だが、目覚めた時、少女は既に埋葬され、自分だけが生き残った。

 自殺を図ったギィルの目の前に現れたのが、セルラウンだった。金も養い親もないギィルの選択肢には、死ぬか、堕ちるかしか道はなかった。それを救ってくれたのが、セルラウンだ。

 そして、セルラウンはギィルと同じような境遇の、各地の戦災孤児を集めて養育・教育した。なのに、セルラウンが聖人扱いされないのは、彼が、それらの孤児達の大半を、彼が取り扱う武器や防具を持たせて、傭兵として戦場に送り込んだからだ。

 その傭兵集団の名を『黒の傭兵団』という。スカウトされて入団した者も、若干存在するが、ほとんどがセルラウンの養子である。幼い頃は手元で育て、実戦に出せるようになれば、入団させる。特に優秀な者は、一人で雇用主の元へ送られて、仕事を任されることもある。

 セルラウンには血も涙もないと噂する者もいる。だが、ギィルはくだらない、と思う。

(……少なくとも俺は感謝している。無能な味方への復讐をする機会を与えてもらって)

 誰にも言えないが、これは私怨だ。だが、セイランスを恨むのと同等くらいに、ディカルクェンドを恨んでいる。それを表に出すほど、ギィルは子供ではない。だが、許せるほど大人にもなれなかった。

(……ったく、仕様がねぇ男だよな、俺ぁ。に、しても、同じエレナって名前は、偶然にしても、出来すぎだぜ)

 とにかく裏切り者の少年兵を死なせたくなかった。ギィルの時とは違って、少女は生きているのだから。不幸な結末は見たくなかった。感傷的だという自覚はあるが。

 その時、彼は瓦礫の傍らに立ちつくすプラチナブロンドの少年を見つけた。

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