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歴戦の勇士は散った

 戦場は、雪が舞う。かすかに望む、蜀の地を白帝城から離れて冬を迎えている。

 劉備軍本隊は、馬鞍山まあんさんから夷陵いりょうまで進軍すると諸将を集め協議を始めた。悲しきかな、黄忠の不幸に見舞われた蜀の面々は士気が恨みの涙で最高潮に達している。

「我が、思慮の薄さゆえ、蜀の忠臣の黄忠を失ってしまった。これよりは、憎き孫権を討つため全力を傾ける」

「この度は、関羽の仇を討つため進軍を決意した。寒さも見に堪える時期である、怠りのなきように!」

 劉備の声は、震えているようであった。

「諸将は全軍を引き締め、これよりの闘いに備えるように。玄徳はここに、総攻撃を命ずる!」

 目を見開き、一点を見つめて劉備は進軍を命ずる。その表情は、怒りに満ちていた。


 蜀の全軍を八手に分けると、その指揮を諸将に任せた。蜀の陣営も若い将が増えてきている中、古参の張飛は威風堂々としている。水軍は、総攻撃を心配していた黄権が率いている。

 遠くから陸地を行く陣営は、黄権から見ても引っかかることが目に見えるようである。陸を進む軍勢の動きは、砂煙をあげているのが遠目からも解かる有様であった。

 その様子は、諜報を探る物見に筒抜けであった。物見は、その状況を呉の陣営の先陣に伝えている。

「皇帝の劉備、自ら陣を率いてきているようだな!」

「陣形は、まちまちであるようだ。砂埃がそれを教えている」

 先陣の韓当と周泰は、遠くから蜀の陣営を見ている。両将は、軍を進め迎え撃つ準備をしていた。

 蜀の陣営の旗印が開くと、蜀の劉備が自ら馬に乗り前にでる。その横には、弟の張飛が旗本として身構えていた。

「呉の軍勢、叩き潰してくれる! 朕はこの戦に、すべてをかける」

 興奮する劉備を抑え、必死に抑える張飛がいた。やけに落ち着いた張飛は、呉の陣営に恐怖を与えている。

「あの張飛がいるなら、下手に手出しは出来ないな!」

「雰囲気がまるで違うぞ。あの落ち着きは不気味だ」

 遠目で、その姿を確認している陸遜が呟く。

「先陣の韓当と周泰は、下手にけし掛けねば良いのですが」

 陸遜の陣営にいる、甘寧は先陣の動きが気になる様子である。


 甘寧は病を抱えていた、この頃は体がいうことを聞かない状況で持病に苦しめられている。寒さが身に染みる時期、堪える我が身は老化の現象であろうか。

「この私も病に侵されている状況で、この寒さは身に染みる。昔みたいに思い切り暴れることは出来ぬな…」

 全盛期と違って、甘寧は戦力的にも衰えを隠せない。年老いたと感じる本人は、寒さも身に染みる有様である。体に無理をすることもなく状況を覗うばかりである自分に怒りさえも感じている。

 迎える敵は、怒涛のような怒りに震えている蜀の軍勢である。過去に呉の水軍を統率する甘寧は、じっと蜀の様子を窺がっている。


 呉の先陣を掌る、韓当と周泰は蜀の先鋒と開戦状態にあった。蜀の攻勢は凄まじく、呉の先陣を粉砕するありさまであった。後退を余儀なくされた韓当の陣は浮足立っていたのである。

「ここは、夏恂が抑え討ちます。韓当様は陣を引いて下さい! ここは危険な状態です」

 そういうと、韓当の部下の夏恂かじゅんは戦場の中に消えていった。主を逃がし、向かってくる蜀の張苞と刃を交える夏恂は必死であった。

「相手にとって、不足なし!」

 凄まじい張苞の攻撃は、遠目から見ている張飛を喜ばせた。

「我が息子も、たいした成長したもんだ!」

 夏恂は、攻撃をかわすだけで必死であった。次々と向かってくる敵を、追い払い張苞の攻撃を受けている。

 しかし夏恂は、張苞と数十合も撃ち合うが、あっけなく討ちとられてしまう。張苞は夏恂を討ちとると、騎馬を返して敵への深追いはひかえた。

「深追いはするでない、伏兵はつきものだ!」

 張飛が、息子の張苞を叫んで引きとめる。必ず伏兵が潜んでいると考えたのである、張苞はそれ以上に敵を追うのをやめ自陣に帰着する。


 周泰の陣も、蜀の陣営に押されている。並みいる敵を迎え撃つが、関興率いる一隊に蹂躙されている。敵わじと思うや、後退を開始する。

「ええい、引けぇい! 陣を立て直す、構わず引くのだ」

 周泰が危険と思うや、弟の周平がとっさに身構えて関興の前に立ちはだかった。

覚悟を決めた、その表情は兄を助けることで必死である。

「兄じゃ、ここは危険です。早く陣を引きなされ!」

 殿として、周平が立ち向かう中、周泰は陣を後退することになる。

「邪魔だ、どけぇい!」

 関興は、一撃で周平の首を討ちとった。勝負はあっけなく決まった。あまりの凄まじさに、出す手もなかった周平の完敗であった。

倒れる骸をみる、周泰は後退しながら自らの弟の犠牲で命を長らえることになる。今日まで、呉のために命をかけた周泰の弟は、夷陵の地で命の花を咲かせた。

「許せ、周平! お前を失ってしまったことは忘れまいぞ」

 蜀の陣営は、呉の先陣を蹂躙して、数多の屍を作り越えていった。流れる河は、赤く血の色に染まり。地上は倒れる馬や、傷ついた兵卒のうめき声が響いている。

「呉の陣営も、たいしたことはない!」

 張飛は、そう云った劉備を横目に見ながら、簡単には行くまいと考えている。劉備は、後退する呉の陣営を見ながら喜んでいる様子である。


ひとり、冷静に戦場を見つめる張飛は、思いもよらない言葉を呟く。

「本隊の陸遜が、静止しているところが気になる。あ奴は、兄じゃを油断させた張本人! ただの武将とは違う気がするが?」

 その言葉を、聞いていた馬良は張飛と話す。

「あの陸遜、若輩とはいえ油断がならぬようです!」

「やはり、張飛殿は冷静に考えておられたか?」

 まだこの時点において、陸遜は呉の総司令官には任命されていなかった。退却を続ける呉の救世主たる、陸遜は蜀の攻勢を冷静に判断して分析していた。

「この戦場に、孔明殿がいないのが気になります。敵の動きは、何かと撤退に徹しているように見えますが?」

 馬良の言葉を、じっと聞いている張飛は、孔明がさし向けた書状の意味を考えていた。

「深入りしすぎているようにも感じるが、劉備様は上の空であることが一番に気にかかる!」

「確かに、関羽の兄貴が不覚とはいえ、陸遜の知略に眩まされたのが一番の失敗だ!」

「つい最近まで、頭に血が上っている自分なら気がつかなかった!」

張飛は馬の手綱を握ると、馬を走らせて呉の退却していった方角を配下に調べさせた。

 暗殺しようとした、張達と范彊が張飛の側を固めている。

「ここは、我らが敵を覗います」

 そう言うと、張達と范彊が馬を進め、呉の退却した方向を探ることになった。

「張飛様は、機嫌次第で行動を起こすことをお控えになられている。当時を知る、我らが思うようだから、呉では口が開いているようであると思う」

 そう言う張達が、范彊に話しかけている。

「変わるとは思えぬ、張飛様であるが。よっぽど、関羽様には参ったのであろうな」

「まったくだ!」


 その二人の横を、通り過ぎる一団があった。異様な出で立ちをした彼等は、沙摩柯の率いる南蛮の援軍であった。

「横を通らせてもらうぞ! 伏兵の始末は我等が引き受ける」

 そう言うと、沙摩柯は平然と張達と范彊を見送った。それを見ていた張飛が、沙摩柯と会話する。

「おい、沙摩柯殿! こ奴等二人も、そなたの軍にいまどき加えてはくれぬか?」

「はあっ?」

 張飛は、はじめから呉の伏兵があると睨んでいた。草木の揺れを、微妙に感じていたのである。決戦はこれからと、思う張飛は南蛮の援軍である沙摩柯の実力も認めている。

「今しがた、偵察の意味で沙摩柯殿をお守りするのだ! これは重要な役目だぞ、心してかかれ」

 配下の張達と范彊に、手勢を与えた張飛は劉備のいる本陣に戻って行く。

「頼んだぞ、張達。范彊!」

 本陣に戻って行く、張飛は粗暴さが抜けていた。范彊と張達は、沙摩柯に付き添い、呉の潜んでいるような場所を目指していく。


 木々が凍る寒さの中、伏兵を買って出た甘寧は震えていた。さすがに寒さが身に染みる。

じっと敵を待つ、軍勢も寒さとの闘いである。蜀の猛攻に、蹴散らされた呉の周泰と韓当も、陣を整え林の中に潜んでいる。

「このままでは、終わらせまいぞ!」

 弟を失った、周泰のメラメラと煮えたぎる心のうちは穏やかでない。伏兵を潜ませるように、命令を与えたのは甘寧であった。

 蜀の軍勢が通ると踏んだ、甘寧は林の生い茂った場所を以前から確認していた。しかしその作戦も、張飛の歴戦の勘が上回ることになる。

そこを蜀の偵察部隊である、沙摩柯の一陣が通る寸前で立ち止まる。体制を整え、弓を射るべく兵を前に出す。

「止まれい! この地で止まるのじゃ。伏兵はこの地ぞ!」

 沙摩柯は、森林に向けて火矢を放つ作戦を敢行した。たちまち森は火に包まれて、潜んでいる伏兵は慌てだした。

「勘づいておったか!」

 甘寧は森を追われ、退却することを告げる。韓当と周泰は、火が燃えたぎる林をどうにか逃げまどい脱出に成功する。退却する甘寧の陣に、鬼神の如く沙摩柯が迫って来る。

 勢いにました蜀の陣営を、横目に見ながら退却する甘寧は地団駄を踏んだに違いない。

「おのれ、南蛮の荒くれ武者め!」

 そう叫ぶ、甘寧の頭上から矢が降り注ぐ。絶体絶命の中、甘寧は矢をかわしていたが数本の矢が身に刺さる。一本は致命傷といえる部分を突き刺していた。

「もはや、これまでか!」

 どうにか蜀の猛攻をかわし、逃げてきた甘寧は病床の上、沙摩柯の放った矢に急所を射抜かれている。富池口(湖北省、公安の南)まで、たどり着いた頃は、ただ一人になっていた。

「よくぞ、今まで付いてきてくれた」

 連れ添った馬を、降りると木の下に座り込み絶命した。ときに呉の名将甘寧は、無念の最期を迎えることとなる。

 歴戦の勇士が、座り込んだ木の下には連れ添った馬が悲しそうに見つめている。そして、とうとう蜀は夷陵の陣まで迫って来ている。


つづく。


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