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序盤戦

 風雲、急を告げる頃。呉では、魏への交渉をするべく趙咨(ちょうしというものが、使節として魏に赴くため出発していた。

 趙咨は、南陽の人である。博聞多識であり、人との受け答えが巧みであった。

「呉国が、使節をよこして、臣従を示しに参ったというのか!」

「ほう、これで呉も我が手中と言えよう」

 魏皇帝曹丕は、不敵な笑みを浮かべている。

 彼は、趙咨に謁見の機会を与えることにした。そしてその使者を見くびり、談笑しながら言葉を発した。

「使節の者に、問うてみたいが、呉の孫権なる人物はどのような御仁か?」

 趙咨は、微動だにせず、昏々と語りだす。

「我が、主君孫権は、聡明叡智の人なり」

「その実力は古の名君にも劣らず」

 曹丕は、趙咨を覗いながら再び訊ねた。

「朕は、状況において、呉を討たんと心得ておる!」

「呉次第では、如何なるものか?」

 威嚇せんとする、曹丕の態度にうろたえることもなく。 趙咨は、相手を呑み込んだように平然と口をひらく。

「それも、結構でございましょう」

「外征をする勢力があるようなら、小国の呉にも受ける覚悟はございます!」

「呉の将兵は、心意気をもって恐れず」

 少しも、気落ちすることもなく、魏皇帝の曹丕と堂々と渡り合った。その態度は、魏の群臣たちをも圧倒した。


 魏帝曹丕は、趙咨を見つめる。その大胆不敵な、使節の男を見くびったと思っている。

「そうか、呉は魏を怖れてはいないというか?」

 趙咨は、魏帝曹丕に臆せぬように答えた。

「すこぶる怖れてもいませんが、侮るわけでもないのです」

「呉の精兵百万、つねに呉を全力で守備するのみでございます」

 曹丕は、心のうちで趙咨に舌を巻いた。彼は、感心して趙咨に酒を与える。

「ううん、さすがは呉の使節なり」

「君命を辱めずに、よく言うたものである。格別に褒めてつかわす」


 魏国皇帝曹丕は、使節の帰国に将来の援助を約束して、呉王孫権には九錫の栄誉を加えて、邢貞に印綬を授け、呉へ赴かせた。こうして、使節としての趙咨の仕事は終わる。

 趙咨の帰った魏では、群臣達がこぞっていう。

「あの趙咨という者に、一杯食わされてしまった!」

 この千載一遇の魏の好機を、むざむざと逃してしまったような、呉の外交であった。

 劉曄は顔面を赤らめて、魏帝曹丕に上奏する。

「この絶対好機を逃したからには、呉へ味方すると見せかけ呉の内部を撹乱させて、一方では蜀を討つ方針をめぐらしますように」

 議論はめぐるが、最後に曹丕が言い放っている。

「まあ、しばらくは静観しておる。朕は、呉も助けず。両者が戦って力尽きるのを待つのみじゃ!」

 一同は、言葉もなく曹丕の方針に従った。


 その頃、蜀の馬良は、異民族の懐柔工作ため南蛮へ急いでいた。護衛には、諸葛亮の指示で張飛が役目を担っている。

 この頃の南蛮族の王の沙摩柯は、自らをペルシャの王と自称し、南蛮に勢力を保っていた。その沙摩柯を味方に付けるべく、馬良は一命を賭けて交渉するつもりで南蛮へやってきた。

「蜀の馬良なる人物が、王に面会を求めに来ております!」

「よし、通すがよい!」と、斬ばらの頭で、裸足の出で立ちの沙摩柯は身を乗り出した。

「蜀の馬良と申します。この度は、王にお話があってきた所存でございます」

「よくぞ、遥々来られた」

 沙摩柯は、馬良に敬意を表し迎えた。

「まずは、蜀からの贈り物を献上致します」

 諸葛亮の指示で、土産物を持参してきている。張飛が、それを差し出す。

「おおっ、これは素晴らしい品物である!」

 手土産を手にとり、沙摩柯がなにやら喜んでいる。

「この度の、ご用件は如何なるものか?」

 沙摩柯は、事の真相を確かめようとした。

「王も、承知かと存じますが。蜀は呉に攻め込む覚悟でございます」

 馬良は、沙摩柯の様子を覗いつつ話す。

「このわしに、味方になれと申すか!」

「聞けば、いまは亡き、関羽殿の仇討ちと聞いておる」

 蜀の情勢は、南蛮の沙摩柯にも聞こえていた。

「さようで、まさにその通り。関羽様の仇討ちに呉へ攻め入ります」

「私情の闘いとは、このことよ。味方して利はあるのか!」

 沙摩柯は、馬良に条件等を問いただした。

「勝利の暁には、王の領土を確保すると約束します。」

 張飛が、鋭い目でにらみを効かせている。

「あい、分かった。出陣を約束しよう!」

 沙摩柯は、断る雰囲気でない張飛の様子を覗っていた。それに、関羽の生前の人柄にも恩義があった。無事に援軍の交渉は、馬良によって成功をみせることになる。

「これで、我が仕事も無事に終わることができた」

 馬良は、しかるべく功績を胸に蜀へ急いだ。沙摩柯は数万を引き連れ、劉備のいる白帝城を目指し進んでいる。それに続くは、沙摩柯の声で参戦する銘々である。


 蜀軍は巴東郡はとうぐんの白帝城に大軍を駐屯させていた。あえて動かずに鋭気を養っている。

さて、白帝城の由来であるが、かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来である。後に永安宮と呼ばれるようになる。

 これは、劉備が後につける名称である。現在は、三峡ダムの完成によって長江に浮かぶ孤島になっている。


 その時、呉に潜入していた間者から一通の諜報が入る。

「呉は魏へ急遽援軍を求めましたが、魏はただ呉王の称号を与え、曹丕の態度は中立で保っています!」

 劉備は、感情的になっている。先日の関羽の仇を、討つことだけが念頭にある。劉備は、諜報を聞いて一層よろこんだ。

「我はこれより呉に出兵する。時は今である!」

 南蛮王の沙摩柯の数万の兵、洞渓の漢将杜路、劉寧の援軍を加えて蜀の軍勢は強大化している。


 張飛は援軍の功労者の馬良と話している。

「さしもの、よくぞこれだけ集まったものじゃ」

「この戦は、留守居で孔明殿がおりませぬ。それゆえ、私目に書状を認めておりました」

「されど、馬良殿。この戦は、進行するには有利ですが、退却するには不利と思いますが?」

 今の、劉備には退却という方策が欠如している。そのことに、張飛は注目していた。


「蜀軍来る!」の報を聞き、呉ではざわめき浮足だっている。孫権は呉王には登ったものの、魏からは援軍が来ない状態である。それと快進撃を続ける蜀軍は、巫城と秭帰城をあっという間に攻略している。

「蜀軍はおびただしい数である。どうしたものか?」

 文武の幕僚に問いかけたが、静まり返った状態であるのに対し、孫権は溜め息を吐いて呟いた。

「呉の諸将は、数はいるものの、我こそはという者は少ない」

「然したる時は、周瑜がおったが今は無く、魯粛と呂蒙もいない。我が心の頼りになる者はおらぬのか?」

 その様子を、見ている青年があった。若干、二十五歳になった若武者の孫桓であった。孫桓は、孫策の旗揚げの際の立役者、孫河の三男である。

「私はまだ、未熟者ではございますが、日ごろの兵学の精進、武力の鍛錬を怠りません。君よ、どうか私を派遣して下さい!」

 孫桓の必死な、哀願は孫権の心を打つことになる。孫権の甥にあたる、この若武者には気概があった。

「聞けば、そちの家には、子飼いの勇将の李異と謝旌がおると聞く」

「おおいに暴れて参るがよい」

「副将には、老練な虎威将軍の朱然をつけてやる、安心して暴れて参れ!」

 呉からの先陣、孫桓率いる、五万の兵は蜀の進行を防ぐべく出陣していく。その半分を、朱然が指揮していた。

 ともあれ呉軍の先陣は、宜都(湖北省・宜都)まで進出する。


 迎え討つは、張飛の率いる先陣である。一糸乱れぬ、隙の無さに歴戦の勇士たる風格が満ち溢れている。両軍は、宜都で初めて相対峙することになる。

「それがし、孫桓と戦いたいと思います」

 張飛が見れば、白装束の関興が控えている。彼は、全身から漲る気迫が溢れている。それを見ている、張苞も気にかかった。

「さしたる敵には、強者もおる。それがしの倅、張苞も伴うがよい!」

「ありがたき、幸せ! 存分に暴れて参ります」

 関興は、張苞を伴って出陣していく。砂煙をたて勇ましく出る様は、どこか無き関羽を彷彿させていた。その後に、ピタリとついた張苞が馬を走らせていた。


 関興は、凄まじい勢いで孫桓の陣を蹂躙する。孫桓の軍の倍近くはあるからたまらない。

「我こそは、関羽が忘れ形見の関興なり!」

 孫桓は、二拾合ほど撃ち合うが、たまらずと思い逃げ出した。腕には、負傷の跡が見える。

危険と思ったのか、謝旌が助成に入る。

「我こそは、孫桓様の配下の謝旌なり!」

 謝旌は必死に闘い、孫桓を救いだすことに成功する。

「くわっ、謝旌という者、つわものぞ!」

 関興が、声をあげた。

「わしにも、戦わせろ!」

 張苞が、意気良いよく駆け込んでくる。孫桓を、追い詰めようとしていた。

「我が主、孫桓様をお守りするのだ!」

また危ういところを、もう一人の配下の李異に救われた。

「くわっ! おのれ、蜀の奴等め!」

 孫桓は、悔しさで唇を噛んでいる。

「我が配下は、獅子奮迅の闘いぶりである」

 孫桓は、なおも逃げようとすると、関興と張苞が取って返し、深追いしようとする。

「関興、張苞! 気持はわかるが、深追いするではないぞ!」

 冷静に関興と、張苞を止めたのは誰であろう。まだ、序盤の闘いを冷静に見ていた張飛であった。


 初陣を負け戦で、飾った孫桓はすこぶる面白くない。陣容を立て直す必要があった。呉の先陣は蜀の攻撃が凄まじいことを、体感していた。副将の朱然が、体制を立て直すべく、諸将を集める。

「蜀軍は、勢い余っておる! ここは防御を固めるべきだ」

 孫桓は、朱然の言葉を聞き入れ、陣の補強にかかるように兵卒に命じる。朱然は、自らが率いる無傷の水軍を要している。

 孫桓は、陣容を一歩退き布陣し始めた。


 張飛の陣では、諸将があつまり軍義が開かれていた。

「呉の孫桓は、一歩引いて布陣し始めた!」

「どう思うか! 意見のある者は云うがよし」

 一同の意見は、同じであった。

「先と同じ、怒涛の攻めは通用しない」

「策を設けるべき!」と、言う声が多かった。


 孔明からの書状が、ここで張飛により開かれる。

(一の策、敵が引いて構えし時なるは、むやみに強攻せず罠を用いて敵動きし時に、攻撃を加えよ。)

 張飛の陣営では、馮習の案で間者をわざと潜り込ませる方針で固まった。

間者は、わざと捕まり呉へ情報を流す。朱然は疑ったが、こと備えあれば万全と思い、孫桓に書状をしたためた。

(敵の夜襲が、あるやもしれぬ。十分にご警戒を!)

(孫桓様と、しめし合わせ挟み打ちに致しましょう)

 しかし、この書状を届けようとした者は、待ち伏せていた蜀の兵に捕まってしまう。

「まんまと、掛かりおった!」

 張飛は、諸葛亮の策があたった事を確信している。

 

 呉の朱然は、船から降りて陸路を進もうとしたが、大将の崔禹という者に止められた。

「どうも、すこしおかしいような気がします」

「都督殿は、船を離れて事を起こすのは、軽率すぎます」

「それがしが参ります」

 崔禹は、軍勢を率い、朱然の取ろうとした方針を遂行しようとしている。

 崔禹は、朱然の言った作戦を遂行するべく、山間部に差し掛かったところを、伏兵の関興と張苞に襲撃された。

「やはり罠であったか!」

 刃を交えて、二拾合ほど撃ち合う。崔禹は、危ういと思い逃げ出すが待ち構えていたのは張飛であった。

「貴様を、逃がす訳にはいかん!」

 張飛の怒声が、戦場に木霊したと思うと、崔禹は逃げる隙もなく首が飛んでいた。張飛の攻撃は、見事というより他はない。

「崔禹様が、打ちとられました!」と、朱然の陣営に聞こえてきたのは、夜襲が始まる前であった。

「すまん、崔禹殿! わしの身代わりにしてしまった」

 朱然は、崔禹が戦場に出ていく姿を思い浮かべている。


 しばらくして、孫桓の陣から火の手が上がると、呉軍は浮足立つように崩れ始めた。完膚なきまでに叩きのめされ、一度ならずも、二度までも敗戦の憂き目をみた。

「おのれ、蜀のやつらめ!」

「一度ならずも、二度までもやられるとは」

 命からがら逃げる孫桓には、謝旌と李異が両翼として従っている。

「殿が御無事であれば、再起はできます」

 謝旌が、うろたえながら歩く孫桓を支えている。朱然は、船出の総勢を五十里ほど下流に引き下げてしまった。

 孫桓は、夷陵の城まで退却してゆく。その後ろ姿には、悔しさがにじみ出ていた。


 呉の本営では、驚愕の声があがっている。

「とても、防ぎきれる状態ではない!」

 魏の援軍は、あてにならない状態である現実は、孫権を苦しめている。

「孫桓が、軽くあしらわれるとは、蜀の勢いは止まらぬのか!」

 焦りの色が、覗える様子に文官たちは、どよめいている様子であった。


つづく。


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