表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

張飛は最後の殿で 二

 千里もの決死の退き陣にして、江陵にある白帝城に帰還するは、風雲急を告げるようなものであり、彩雲いろめく喜びの勝ちいくさとは異なり、なにげに物悲しく、なおかつ失われた諸将に思いを馳せている劉備の背中には哀愁が漂っていた。その姿はいかにも熱風の打ちつける火責めの苦しさをまとい、甲冑は、みな黒焦げた色となり、帰還の地の梅雨空にため息が聞こえてくるようであった。


 そんななか、この負けいくさで久しぶりに戦意喪失する蜀の兵卒の面々は、夷陵の戦いのまずさを痛感しながら白帝城に帰還し、各々が疲れをいやす余裕もなく、次の伏兵の指示が出ることになり、その緊張感の中に戦闘態勢を整えざる負えなかった。

「しんがりの張飛殿は、鬼神のごとく戦っておられた」

「我らも敵に、一死報いねばならぬ…」

 一人の兵士がつぶやくと、趙雲がその様子を見て、ひとこと言い放っている。

「わしも夷陵の戦いに劉備様の許しを得て、着陣していれば、呉の軍勢を張飛とともに迎え撃ったであろうに…」

 趙雲の顔に、何ともいえぬ悔しさという悲壮感がただよっているのは仕方のない光景だった。


 されど結果は、敵将陸孫の考え込んだ謀略に、予想もつかぬ形で今生の敗戦を迎えることになり、気がついた時には大敗を喫すること、ましてや劉備の疲労も、この決戦のために際立っていたから、その戦闘の激しさを物語る。


 その様子をつぶさに確認しながら考え込んでいた諸葛亮が、五虎将のひとりである歴戦の勇士である趙雲と示し合わせ、襲来する敵の軍勢を迎え撃つため伏兵を隠し、張飛が白帝城に到着するころを狙い、敵の陸孫に罠を仕掛けて待ち受けようというのであった。


「軍師殿の読み、的中すれば、陸孫もそう簡単にはこの白帝城は落とせますまい」

「かならずや、あの慎重さを持ち合わせる陸孫、」

「伏兵がいると見抜いて、勢い立つ軍勢を留めるでしょう」

 趙雲が意味深に軍師である諸葛亮の顔を覗き込んでいる。


 陸孫の性格は、慎重、なおかつ計算が働き、その若さで大胆な謀略を仕掛けるような武将として呉の諸将も、夷陵の戦いの中、彼の本来の姿を垣間見たことになる。


 その頃、張飛は陸孫の追撃を受けながら、必死に残存兵をかき集めて、その兵らを戦闘意識を下げまいと鼓舞しながら帰陣の途に就いていたのである。

「陸孫め、白帝城に着くころにひと泡吹かせてやる!」

 そうつぶやくと、追撃してくる呉の敵将である陸孫を遠目で眺めていた。

「張飛よ、このまま逃げうると思うなよ!」

 勢いよく迫ってくる呉の武将がいた。歴戦の勇士である徐盛であった。彼はなかなか知某にも長け、その計略でこの夷陵の戦いの後の二二四年に曹丕を退却させている。

「張飛よ、戦おうとせず、恥を負って逃げるのか」

 徐盛は罵るように張飛を挑発すると、その言葉にいつものように憤慨した張飛は蛇矛をふるって、徐盛めがけその馬を走らせた。

「いけません、今は我慢して諸葛亮さまのご指示に従ってください」

 憤る顔をする張飛をたしなめるように馬謖がいい寄る。

「そうじゃった!」

 張飛は徐盛を見ながら、走らせた馬を反転させ、その誘いに乗らずに一路白帝城を目指してゆく。


「それでも張飛か!」

 木霊する声が聞こえてきた。

「うん?」

 その声を聞くと、聞き覚えのある声に気がつく。

 白帝城に戻った劉備の声に感じた。

「深追いはせずとも、一死報いるか…」

 そう言い放つと、張飛は徐盛めがけて突き進む。

 徐盛はその武力に関すれば、張飛に確かに劣ることは本人もよくわかっていた。


「行くぞ、徐盛!」

 張飛は蛇矛を振り回し、徐盛に切りかかろうとするが、それを交わすように、張飛が来ることを陸孫から伝えられていたのか、その様子を見て、わざと後退するように自陣へ下がっていった。


(確かに蜀の面々が白帝城に無事に帰還するまでに、足止めする必要がある)

(その足止めの時間を稼ぐには、今が好機)

(陸孫の策略に乗るように見せかけ、その時間稼ぎを作ろうではないか)

(当然ながら、狙撃兵には細心の警戒はせねばならぬ)

 張飛が勢いよく迫ってくるが、その弓の射程距離に入るように見せかけ、その場で反転して立ち止まった。


「二度の狙撃にひっかかかるか!」

 張飛は言い放つと、呉の陣営を睨みつけている。その場所は人が隠れるほどの森林のある間道であった。

 その場所に伏兵を忍ばせ、張飛を狙撃しようと狙っていた呉の面々を見た。


 その張飛の形相があまりにもすさまじく、呉の将兵らは一瞬、たじろいだ。一番感じたのは呉軍の将兵の乗る馬であったことは間違いない。

 張飛の様子に気がついた呉の諸将の馬がパニックに陥っている。

「いまだ!」


 決死の覚悟で二頭の馬に乗る蜀の武将が、間道の森林の両方から太い縄に括られた鎌のような刃をした武器をその戦場で、呉の諸将に乗る馬めがけて突進してゆく。


 呉の面々は張飛に気を取られているので、間道の両方に忍ぶように隠れている二人には、敵の諸将は気が付いていなかったのである。当然ながら多くの諸将が夷陵で焼け死んでいるので、その火の煤すすで黒くなっている甲冑姿には気がつくのに遅れた。なおかつ間道の林の中は暗がりで微動だにもしなかった。また、墨を顔に塗ってカモフラージュしていたからなおさらわからない。それもわずか少数の二人である。


 この両名は決死の覚悟で飛び出し、なおかつ動きがあまりにも早すぎた。最初綱は後ろのほうに引っ張られて、土に隠されていた、反転して左右に散る動きになるとその鎌のような隠し武器は、諸将の名馬の足をもろとも傷つけていった。

 馬はたまらず転げ落ち、いかにも痛そうにもがいている。また、それに乗る諸将らは反動で激しく地面に打ち付けられ、馬もろともに倒れ伏してしまった。


 この両名は夷陵の戦いをかろうじて生き延びた関興と張苞の二人である。

「親父殿、ご無事で何よりです」

 示し合わせて行われた作戦ではなかったが、関興と張苞が一矢報いようと呉の足止めを狙っていたのである。

 たまたまその場所を張飛がうまく演出したようになったから呉の面々もたまらない。


 夷陵の戦いに勝って、油断していた呉の諸将らは、この時に追撃しようとして追いかけてくる先陣の騎馬武者のほとんどが、足を痛め使い物にならなくなってしまった。

 結局、隠されていた鎌のような武器はとっさに呉の陣営に足止めを食らわせる結果となったのである。


 そんなこともあり、白帝城に潜む蜀の伏兵を率いる超雲が、様子を聞いて伏兵を繰り出し、乱れ混乱する呉の敵陣に追い打ちをかけるところであった。そして、張飛率いる残存兵は勢いを盛り返し、ひるんだすきを窺うように呉の諸将めがけて突進していく。


 白帝城にわずかのところで、その様子を見て張飛は大声で笑っていた。そしてこう言った。

「夷陵の戦いで死んだ張達、范彊の思いに報いる時が来た」

「この一戦、殿の凄みを見せてやろうぞ!」

 張飛の声の木霊が響くように白帝城に聞こえてく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ