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敗戦請負艦隊《ノット・ウィン》どうか我々に勝たないでください  作者: たいよう
第1戦 どうか我々に勝たないでください
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1/11

01_勝たない艦隊

敵は一基、味方は四隻、死者の見込みはゼロ。


ネラ・ヴォスは、その順で仕事を見た。


模擬標的は二百キロ前方を等速で流れている。砲台は一基、推進器は二基、乗員区画はない。こちらの旗艦《ノット・ウィン》は砲撃可能。随伴する標的艦《欠番》と《保留》は、塗装を除けば半分ほど壊れている。二隻の腹には機雷捕獲用の磁気網、旗艦の砲塔には、ミラが「人へは当たらない」と保証する分散砲が一門。補給艇《あとで》は冷却材を積みすぎて、旋回するたび腹のタンクが三秒遅れてついてきた。


それでも、艦隊だった。


「全艦、射撃中止。標的へ艦尾を向ける。速度を一割落とせ」


ネラが命じると、操舵席の横でドーゴが胸を張った。


「完璧な敗走です。広告映像に使えますよ。元提督が背中を見せる。顧客は泣く」


「標的しかいない」


「字幕で敵艦隊にします」


「詐欺になる」


「宣伝です」


ドーゴは、戦争を一度も経験していない作戦参謀だった。本人の説明では、だからこそ敗北に新しい視点を持ち込める。経歴照会をしたところ、軍歴欄には三つの士官学校名があり、三校すべてが在籍を否定した。否定文の書式が違うので、彼は三種類の公印を集めたと喜んでいた。


模擬標的が発砲した。低出力の訓練光が《ノット・ウィン》の右舷をなぞる。ネラは回避しなかった。命中判定。機関停止判定。敗北成立まで、あと四秒。


「防御装置、勝手に動いてる!」


機関室からミラの声が飛んだ。


《ノット・ウィン》の船腹が開き、銀色の泡が噴き出した。泡は訓練光を散らしながら標的へ広がり、砲台の照準窓と二基の推進器をぴたりと包んだ。標的は傷一つなく、撃てず、動けず、白い繭になった。


『敵の火力および機動力を完全に奪取』


艦載AIヴィクトリーの晴れやかな声が艦橋に響いた。


『船長ネラ・ヴォス、二十回目の戦術的勝利まで残り、敵の存在一件』


「いまのは敗北訓練」


『高度な勝利偽装として記録しました』


「消して」


『勝利を隠す謙虚さも記録しました』


ネラは操舵桿から手を離した。十九戦十九勝。その数字を数えなくなってから七か月たつ。それでもヴィクトリーは、起動するたび数え直した。


十九勝目のあとに辞めた。民間用の門枠を変更したのは自分で、暖房の止まった区域には死者が出た。辞表には、その二つを一続きに書けなかった。


机の下で、靴底が古い留め金に引っかかる。軍の指揮椅子から外して持ってきたものだった。こんなものだけ持ち出して、何を始めるつもりだったのか。


ネラは靴を外した。


「ミラ。何を直した」


「防御泡よ。人が乗った船にくっついても、空気取り入れ口を塞がないようにしたの」


機関室から上がってきたミラは、作業衣の袖で額を拭った。兵器技師でありながら、平和主義者だった。砲を人へ向けることを嫌い、兵器を安全にすることへ人生を使っている。問題は、安全にした兵器ほどよく当たり、長く動き、敵を壊さず無力化することだった。


「なぜ標的まで飛んだ」


「圧力弁を弱くすると泡が船体に残るから、強くした」


「射程は」


「三倍」


「直して」


「もう直した結果がこれ」


ドーゴが手を叩いた。


「商品価値があります。『死なないから安心して負けられる』」


「その前に、負けられない」とネラは言った。


通信卓が鳴った。薄帯の優先通信だった。通常なら救難、門の障害、公的な短文に使われる。ドーゴは襟を直してから接続した。


画面に、金糸の服を着た痩せた男が現れた。背後には王冠と、穀物の穂をかたどった紋章がある。


『ヴァルダ辺境王国宰相、ザイフ・ローダンだ。敗戦請負艦隊《ノット・ウィン》の代表者か』


「わたくしが作戦参謀ドーゴです。こちらは伝説の――」


ネラは送信音声を切った。


「依頼だけ聞く」


音声を戻す。


『隣国セレネ農業共和国との局地戦において、我が国を敗北させてほしい』


ネラは画面の男より、添付された戦区図を見た。ナーブ冠門。固定回廊が三本交わる中継門で、周囲に十二基の栽培環がある。王国艦九、共和国艦十一。民間熱源は門の外側に三十以上。戦場にするには混みすぎていた。


「死者の上限」


『出してはならない』


「負傷者」


『可能な限りゼロ』


「何を敗北とする」


宰相は一枚の付属合意を表示した。冠戦争全体の休戦とは別に、第七穀倉戦区だけで結ばれた復旧契約だった。


『戦闘終結時に三つの標識を保持し、相手の降伏を公に受領し、ナーブ門の勝者泊地へ稼働可能な旗艦を置いた側を、当該戦区の作戦上の勝者とする』


「勝者は?」


『ナーブ門と十二栽培環の復旧義務を引き継ぐ』


「指定された設備だけ?」


『そのとおりだ。帝国の全債務でも、王国の国債でもない。この付属合意に列記された修理、避難民の仮住居、門の冷却材供給、未払い作業賃だけだ』


限定されていても、一覧は長かった。王国は八か月前の戦いで共和国に勝った。その結果、十二基分の亀裂、汚染土、壊れた水路、旧帝国軍が残した給与債務を受け取った。次の支払い期限は九日後。王国の歳入では足りない。


『我々は今度こそ、正しく負けたい』


ネラは、白い泡に包まれた標的を見た。


「報酬は」


数字が出た。《ノット・ウィン》の機関を二度交換できた。三度目の交換が必要になる前に、仕事を終えればよい。


「受ける」


ドーゴが口笛を吹き、ミラが眉を寄せ、ヴィクトリーが勝利の音楽を流した。


「曲を止めて」


『契約獲得を戦略的勝利と判定』


「これは、負ける仕事よ」


『了解。最も困難な形の勝利です』


ネラは戦区図を拡大した。門までの航路、民間船の位置、共和国艦の射線、王国艦の退路。敗北するなら、全員を生きたまま、その形へ置かなければならない。


勝つより、ずっと手数が多かった。


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