●変わらない日常と変わる毎日
「こ、こうですかぁ?」
「いいぞ……恥じらいは、乙女の重要なファクターの一つ。恥じらいがなければ、色気もなくなり、ただ下品なモノへ下がる。かと言って、恥ずかしがり過ぎても、鬱陶しい」
「どうすればいいんですかぁ?」
「考えるんじゃない、感じるんだ。すべてをさらけ出し、俺に委ねろ!」
「何しているんですか?」
リサが冷たい目で俺たちを見てくる。
「スパッツの着脱講座上級編だ!」
「それじゃあ、あれは何ですか? わたしにはマネキンの下半身に見えますけど……」
リサが部室の隅っこに置いてある石膏像を指さす。
「タイトルは『スパッツを履いた少女』。これはずっと温めてきたアイデアなんだが、ここまで作るのには苦労したぜ」
文化祭のスパッツデッサン以来、俺のアート魂に火がついた。
最初はキャンパスにスパッツの絵を殴り描きしていたが、それでは飽き足らず石膏像を創り始めた。
これが実に面白い。
「俺が求める究極のスタイルを数学的見地から導きだし、石膏と水の配分に気を配り、試行錯誤の末ようやく完成の目途がついた。この肌に近い質感と光沢を出すのは大変だったよ。だけど、これでもまだまだ究極とは言い難い……未完成なんだよ。特にこの部分が……」
本来はあと一歩踏み込んで創りたかった。だが、今の俺の力不足だ。
うやむやになってしまっていたが、文化祭で病院に運ばれた時、俺は誰かにスパッツ膝枕をされた。
それはおそらくリサ以上にスパッツが似合う女性だ。
あれは青春の幻影。
あえて本人を探すなんて無粋な真似はしない。
あれはスパッツの妖精だったのだ。明確な答えはいらない。
幻……それでいいのだ。
俺は一生をかけて、あの時感じた幸福感を表現しようと決めた。
「美しいものを創るには、自分の限界を超えなくてはならない。今、俺は美を創る……産む喜びと産む苦悩を感じている!」
「結構本格的ですね」
「芸術は自己の芸術は自己の表現にはじまって、自己の表現に終わるものである。夏目漱石の言葉だ。俺は自分の限界に挑戦したい!」
「せ、せんぱ~い! これからどうすればぁ?」
「でも、やっぱり生身の人間のスパッツ姿が一番だよな。翌梨も上級編一緒にやろうぜ!」
岬は用事が女友達と買い物があるらしく、早めに帰った。
「もう頭の怪我は大丈夫なんですか?」
「ん~、もう全然問題ないな」
後頭部を撫でながら答えた。
「そうですか」
「何かあった?」
「いえ……何でもありません」
「実はまだ少し痛む」
「どっちなんですか!」
「そう言われると意識して、少し変な感じがしてきた!」
「そうですか」
リサが椅子から立ち上がり、床に正座する。
毎日、岬が掃除してくれているので、床には埃一つない。
「ど、どうぞ!」
「何が?」
「膝枕……してあげますよ」
ポンポンッと膝を叩く。
「な、何が狙いだ?」
「別に嫌ならいいですよ!」
「据え膳食わぬは男の恥。ここはありがたく頂戴いた……ヒャッフゥ~!」
目を閉じて、後頭部に全神経を集中させる。
「やべ~! 何コレ、何コレ! こんな怪物に頭を委ねて寝た日にゃあ、永遠に眠りから覚められないぜ! 理想の枕発見なんだけど!」
「そんなに気持ちいいんですか?」
「何て言うの? 頭からとろけて、気を抜いたら一瞬でオチちゃうよ。一生ここで寝て暮らしたい」
「先輩の方がわたしに依存してるじゃないですか」
クスクスとリサが笑う。
額に温かい温もりを感じた。額を撫でられているのだろう。
その時、俺の脳内で記憶のビッグバンが起こった。
「ちょ、ちょっと待て、翌梨!」
「きゅ、急に起き上がらないで下さいよ!」
「お前……もしかして、文化祭で俺が病院に搬送された時、付いて来た?」
「ついて行きましたけど?」
「その時も今みたいにスパッツ膝枕した?」
「しましたよ」
「オーノー! 幸せの青い鳥はすぐそばにいたよ!」
「さっきからどうしたんですか? いつもおかしいけど、今日はさらにおかしいですよ」
「もう、お前は最高だよ! 早くスパッツ協会を立ち上げて、世界を変えようぜ!」
「先輩といると退屈しないで済みますよ」
「それはこっちのセリフだ!」
俺はリサの手を握って、部室から飛び出した。
「どこへいくんですか?」
「約束通り、世界が変わる瞬間を見せてやるよ!」
「フフフ、それは楽しみですね」
「特等席用意してやるから覚悟しておくんだな!」
俺には特別な力なんてない。世界を変えることなんて簡単にはできない。
だけど、リサが隣にいれば、何だってできるような気がする。
笑われてしまうかもしれないけど、本当なんだよな。
王道の青春ルートが封鎖されているなら、別の俺だけのルートを創ればいい!
今の俺には夢や希望に満ち溢れている。まだ何者でもなく、逆に何者にもなれる。
やりたいことが山ほどあり、血気盛んな時期。
「どこまで行くんですか?」
無限の可能性を信じられる今。今だからこそ目的地が見えなくても走り出せるんだ。
「わからん!」
上履きのまま、外へ出た。
「何ですかそれ!」
言葉は怒っているが、声は笑っている。
これから先、いつかわからないけど、俺は子供から大人になる。
大人になれば、今の気持ちも忘れて、バカなことを考えていたと一笑してしまうんだろう。
そして、いつの日か俺も若い連中に向かって、正論を語るのであろう。
それが成長なのか退化なのかわからない。
わからないけど、その日は確実に来るだろう。
だったら、今を最大限楽しまなくちゃ損じゃないか!
若さとは無限の可能性であり、無謀ができる特権なのだ。
「ハァハァハァ……もう無理……」
「結局何がしたかったんですか?」
「どっちが欲深いか勝負だ!」
「唐突過ぎますが、その勝負受けて立ちましょう! フフフッ」
「何がおかしい?」
「いえ、ほんの少しだけ、わたしの世界が変わったと思いましてね。多分、今日のことは一生忘れないでしょうね」
「はんっ! これはほんの序章にしか過ぎない。これからが本番だ」
「楽しみにしてますよ。わたしを楽しませて下さいね、先輩!」
終わり




