表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翌梨リサは欲深い  作者: 夏蹴礼
エピローグ
54/54

●変わらない日常と変わる毎日

「こ、こうですかぁ?」

「いいぞ……恥じらいは、乙女の重要なファクターの一つ。恥じらいがなければ、色気もなくなり、ただ下品なモノへ下がる。かと言って、恥ずかしがり過ぎても、鬱陶しい」

「どうすればいいんですかぁ?」


「考えるんじゃない、感じるんだ。すべてをさらけ出し、俺に委ねろ!」

「何しているんですか?」

 リサが冷たい目で俺たちを見てくる。


「スパッツの着脱講座上級編だ!」

「それじゃあ、あれは何ですか? わたしにはマネキンの下半身に見えますけど……」

 リサが部室の隅っこに置いてある石膏像せっこうぞうを指さす。

「タイトルは『スパッツを履いた少女』。これはずっと温めてきたアイデアなんだが、ここまで作るのには苦労したぜ」


 文化祭のスパッツデッサン以来、俺のアート魂に火がついた。

 最初はキャンパスにスパッツの絵を殴り描きしていたが、それでは飽き足らず石膏像を創り始めた。

 これが実に面白い。


「俺が求める究極のスタイルを数学的見地から導きだし、石膏と水の配分に気を配り、試行錯誤の末ようやく完成の目途がついた。この肌に近い質感と光沢を出すのは大変だったよ。だけど、これでもまだまだ究極とは言い難い……未完成なんだよ。特にこの部分が……」


 本来はあと一歩踏み込んで創りたかった。だが、今の俺の力不足だ。

 うやむやになってしまっていたが、文化祭で病院に運ばれた時、俺は誰かにスパッツ膝枕をされた。

 それはおそらくリサ以上にスパッツが似合う女性だ。


 あれは青春の幻影。

 あえて本人を探すなんて無粋な真似はしない。

 あれはスパッツの妖精だったのだ。明確な答えはいらない。

 幻……それでいいのだ。

 俺は一生をかけて、あの時感じた幸福感を表現しようと決めた。


「美しいものを創るには、自分の限界を超えなくてはならない。今、俺は美を創る……産む喜びと産む苦悩を感じている!」

「結構本格的ですね」


「芸術は自己の芸術は自己の表現にはじまって、自己の表現に終わるものである。夏目漱石の言葉だ。俺は自分の限界に挑戦したい!」

「せ、せんぱ~い! これからどうすればぁ?」

「でも、やっぱり生身の人間のスパッツ姿が一番だよな。翌梨も上級編一緒にやろうぜ!」


 岬は用事が女友達と買い物があるらしく、早めに帰った。

「もう頭の怪我は大丈夫なんですか?」

「ん~、もう全然問題ないな」

 後頭部を撫でながら答えた。


「そうですか」

「何かあった?」

「いえ……何でもありません」

「実はまだ少し痛む」

「どっちなんですか!」


「そう言われると意識して、少し変な感じがしてきた!」

「そうですか」

 リサが椅子から立ち上がり、床に正座する。

 毎日、岬が掃除してくれているので、床には埃一つない。


「ど、どうぞ!」

「何が?」

「膝枕……してあげますよ」

 ポンポンッと膝を叩く。

「な、何が狙いだ?」

「別に嫌ならいいですよ!」


「据え膳食わぬは男の恥。ここはありがたく頂戴いた……ヒャッフゥ~!」

 目を閉じて、後頭部に全神経を集中させる。

「やべ~! 何コレ、何コレ! こんな怪物に頭を委ねて寝た日にゃあ、永遠に眠りから覚められないぜ! 理想の枕発見なんだけど!」

「そんなに気持ちいいんですか?」


「何て言うの? 頭からとろけて、気を抜いたら一瞬でオチちゃうよ。一生ここで寝て暮らしたい」

「先輩の方がわたしに依存してるじゃないですか」

 クスクスとリサが笑う。

 額に温かい温もりを感じた。額を撫でられているのだろう。


 その時、俺の脳内で記憶のビッグバンが起こった。

「ちょ、ちょっと待て、翌梨!」

「きゅ、急に起き上がらないで下さいよ!」

「お前……もしかして、文化祭で俺が病院に搬送された時、付いて来た?」


「ついて行きましたけど?」

「その時も今みたいにスパッツ膝枕した?」

「しましたよ」


「オーノー! 幸せの青い鳥はすぐそばにいたよ!」

「さっきからどうしたんですか? いつもおかしいけど、今日はさらにおかしいですよ」

「もう、お前は最高だよ! 早くスパッツ協会を立ち上げて、世界を変えようぜ!」

「先輩といると退屈しないで済みますよ」


「それはこっちのセリフだ!」

 俺はリサの手を握って、部室から飛び出した。

「どこへいくんですか?」

「約束通り、世界が変わる瞬間を見せてやるよ!」

「フフフ、それは楽しみですね」

「特等席用意してやるから覚悟しておくんだな!」


 俺には特別な力なんてない。世界を変えることなんて簡単にはできない。

 だけど、リサが隣にいれば、何だってできるような気がする。

 笑われてしまうかもしれないけど、本当なんだよな。


 王道の青春ルートが封鎖されているなら、別の俺だけのルートを創ればいい!

 今の俺には夢や希望に満ち溢れている。まだ何者でもなく、逆に何者にもなれる。

 やりたいことが山ほどあり、血気盛んな時期。


「どこまで行くんですか?」

 無限の可能性を信じられる今。今だからこそ目的地が見えなくても走り出せるんだ。

「わからん!」

 上履きのまま、外へ出た。


「何ですかそれ!」

 言葉は怒っているが、声は笑っている。

 これから先、いつかわからないけど、俺は子供から大人になる。


 大人になれば、今の気持ちも忘れて、バカなことを考えていたと一笑してしまうんだろう。

 そして、いつの日か俺も若い連中に向かって、正論を語るのであろう。

 それが成長なのか退化なのかわからない。

 わからないけど、その日は確実に来るだろう。

 だったら、今を最大限楽しまなくちゃ損じゃないか!

 若さとは無限の可能性であり、無謀ができる特権なのだ。


「ハァハァハァ……もう無理……」

「結局何がしたかったんですか?」

「どっちが欲深いか勝負だ!」

「唐突過ぎますが、その勝負受けて立ちましょう! フフフッ」


「何がおかしい?」

「いえ、ほんの少しだけ、わたしの世界が変わったと思いましてね。多分、今日のことは一生忘れないでしょうね」

「はんっ! これはほんの序章にしか過ぎない。これからが本番だ」

「楽しみにしてますよ。わたしを楽しませて下さいね、先輩!」


 

 終わり


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ