エマトブルバシア4
次の瞬間、闘技場が再び揺れた。
司会の声が響く。
「さぁ次!
旅の女剣士! 蝶の剣を持つ者が参戦だぁ!」
オルガナの番。
控室の鉄臭さが、急に薄くなる。
代わりに、昼の砂漠の熱が肺に入る。
オルガナは砂の上へ出た。
照りつける日差し。
白く眩しい砂。
コロッセオの壁が、熱で歪んで見える。
彼女の右腕は鋼の義手。
その義手で、蝶の羽のような剣を握っている。
そして——
オルガナの全身は、金色のオーラに包まれていた。
観客がざわめく。
「光……?」
「なんだあれ!」
「眩しっ!」
闘技場の中央。
オルガナを囲むように、暗いオーラを纏ったグラディエーターたちが並ぶ。
全員、目が濁っている。
怒りと興奮の匂いだけがある。
合図。
一斉に斬りかかってきた。
オルガナは息を吐く。
一歩。
刃が閃く。
目にも止まらない剣術。
——カンッ! カンッ! カンッ!
刃が交わる音だけが残る。
次の瞬間、グラディエーターたちが倒れた。
死んでいない。
全員、峰打ち。
喉元で止める。膝を砕かない。
武器だけ落とす。
人は殺さない。
観客が騒ぐ。
「殺せよ!」
「甘ぇ!」
「なんだそれ!」
オルガナは答えない。
その間にも、倒した者たちの身体から黒いオーラが滲み出て、城へ吸われていく。
(……ここは、戦いそのものが“採掘”だ)
勝っても負けても燃料。
恐怖も怒りも興奮も、全部吸われる。
その時。
闘技場の門が開いた。
——ギギギ……。
鉄の音。
出てきたのは、闇の力で操られたアンドロイド兵。
目が蒼い。
動きが揃いすぎている。
人間より“命令”に忠実な兵隊。
オルガナの脳裏に、門の前で見た残骸の山がよぎる。
頭を破壊された人型アンドロイド。
部品が見えなければ、人の死体にしか見えないあれ。
(……同じだ)
ここで壊され、捨てられた。
命令に従い、壊れたら捨てられる。
自由のない存在。
オルガナの金色のオーラが、わずかに揺れた。
(……助けられるのか)
迷い。
その瞬間、観客席から歓声が上がった。
「やれぇ!」
「壊せぇ!」
「見せろぉ!」
黒いオーラが、さらに濃くなる。
——この熱狂が、誰かを殺す。
オルガナは蝶の剣を握り直した。
(……ここで止める)
(この町を壊す)
その決意が、刃の光を強くした。
アンドロイド兵が、整列して入ってきた。
闇の力で操られている。
動きが揃いすぎている。目が蒼い。命令が顔に出ている。
観客が沸く。
「壊せぇ!」
「斬れぇ!」
「その白髪、泣かせろ!」
黒いオーラが、熱を帯びて立ち昇った。
オルガナは蝶の羽剣を握り直す。
(……助けたい)
だが、どうやって?
敵として斬ればいい。簡単だ。
でもそれは“壊す”だけだ。
門の前で見た、残骸の山が蘇る。
頭を破壊された人型。部品が覗いていなければ人間と同じ。
壊され、捨てられる。
(同じだ)
命令に従い、壊れたら捨てられる。
自由意志のない存在。
オルガナの金色のオーラが、ゆらりと揺れた。
「来い」
短く言い、剣を構える。
アンドロイド兵が一斉に突進してきた。
——ギャァン!
金属が鳴る。刃が走る。
オルガナは“切らない”。
刃の腹で受け、峰で弾き、関節だけを狙って動きを止める。
首を落とさない。胸を裂かない。
代わりに、武器を落とさせ、膝をつかせ、体勢を崩す。
「……止まれ!」
声は命令じゃない。
懇願だ。
しかしアンドロイドは止まらない。
命令が入っている。
止まれない。
オルガナは歯を食いしばる。
(じゃあ、命令を“切る”しかない)
羽剣が閃く。
——カンッ!
首元ではなく、後頭部の装甲。
外側を割らずに衝撃だけ入れる。
一体が、膝から落ちた。
蒼い目が、瞬間だけ揺らいだ。
それを見た観客が、笑う。
「いいぞ! もっと壊せ!」
——違う。
オルガナは、壊していない。
“止めている”。
その“止め方”が、逆に観客を興奮させる。
黒いオーラが濃くなり、城へ吸い込まれていく。
(……くそっ)
この街は、勝っても負けても燃料。
苦しめば苦しむほど、搾り取られる。
オルガナはアンドロイドの胸元へ手を伸ばした。
外装の隙間。
そこに刻まれた小さな印。
——番号。
軍の規格。個体識別。
(人じゃない。でも……“誰か”だ)
助けたい。
その一瞬。
闘技場全体の空気が変わった。
——ギィィ……。
高い場所。貴賓席の影。
濃い紫の頭巾。
顔を覆い、声だけが闘技場に響く。
アプリスが笑う。
『……面白い』
拡声器を通しても、声が冷たい。
『旅の女。お前は“殺さない”のか』
観客が沸く。
「殺せ!」
「やれよ!」
「見せろ!」
黒いオーラが跳ね上がり、城へ吸い込まれていく。
オルガナは剣を下ろさない。
金色のオーラを纏ったまま、アンドロイド兵の列を見た。
倒れている個体。膝をついた個体。
どれも壊していない。止めただけだ。
「……殺さない」
短く答える。
その言葉に、観客が一斉に笑った。
怒りと興奮が混ざった笑い。
『ほう。良い』
アプリスが楽しそうに言う。
『ならば、条件を与えよう』
——ガチャッ。
鎖の音。
控室側の通路が開き、兵士が二人、舞台の端へ少女を連れてくる。
フィビー。
小さい。九歳。
蛇の鱗が痣のように頬を走り、縦に細い瞳が光を受けて冷たく光る。
泣かない。
叫ばない。
ただ、立っている。
その隣にフーがいた。
狐耳の男。笑顔を作っている。だが首輪が赤く点滅している。
——ピリッ。
フーの頬が僅かに引きつり、すぐに笑いで隠した。
オルガナの喉が鳴る。
『この蛇の子は、人質だ』
アプリスが淡々と言った。
『そして、お前の選択を測る秤だ』
観客が静まり返る。
次に来る“刺激”を待つ獣の沈黙。
『今からお前に命令する』
アプリスの声が低くなる。
『アンドロイド兵を——殺せ』
闘技場が一瞬、止まった。
その次の瞬間、歓声が爆ぜた。
「うおおおお!」
「そうだ!」
「殺せぇ!」
黒いオーラが、柱みたいに立ち昇る。
オルガナは歯を食いしばる。
『拒むなら——』
アプリスの声が冷たく落ちる。
『この場で蛇の子を公開処刑する』




