エマトブルバシア2
腹が鳴る。
「腹減ったな……」
ゲートの周囲に、頭を破壊された人型アンドロイドの残骸が山のように捨てられている。
部品が覗いていなければ、人の死体と見分けがつかない。
(ひでぇ……第一の闇球があるのは確かだ)
手を合わせた、その時。
視線。
丘の上からアンドロイドの生き残りが蒼い瞳でスキャンしていた。
「気付かれた!」
顔半分が導線むき出しの男が叫び、彼らは丘の向こうへ逃げた。
両手を広げて敵意がないと示すが、気配はもう消えている。
「……情報を聞くべきか」
一歩踏み出した瞬間、空腹で目の前が霞む。
(まずは腹ごしらえと水だ)
ゲートをくぐる。
市場が煌びやかに栄え、匂いが鼻をくすぐった。
「旨そうな匂いだ!」
匂いに釣られ、気づけば飯屋の暖簾の前。
「飯だ!」
オルガナは駆け込んだ。
肉料理の匂い。
ガヤガヤした店内。
客たちは腕や足を機械化し、強化している。
オルガナが席につくと、褐色肌のウェイトレスが来た。
この町の住人じゃないと悟る顔。
周囲の視線が刺さる。
「いらっしゃいませ。何を注文されますか?」
メニューと一緒に、耳打ち。
「この町に長居してはダメ」
笑顔のまま、目だけが冷たい。
「……え?」
「当店はお肉料理がお勧めでございます」
「本日のおすすめ肉料理を頼む」
「わかりました!」
ウェイトレスが厨房へ戻ると、客たちは視線を外し、ヒソヒソ話し始めた。
一番大きな円卓。
三人の屈強な男が、舐め回すようにオルガナを見ていた。
鋼の強化アームのカジュル。
バッタ脚のバルチ。
黄金の単眼鏡のポルマー。
「あの女、中々の体だな!」
「ウェイトレスも悪くねぇ」
「……品がない。一応、客の女は手を出すな。素性が分からない」
だがカジュルは笑う。
「じゃあ! ウェイトレスからだなァ!」
三人が立ち上がり、ウェイトレスを囲む。
「よう……姉ちゃん」
「俺らと遊ぼうぜ!」
顎を掴み、無理やり持ち上げる。
首元の奴隷紋章。
「ハハハ! コイツ、あの部族かよ!」
厨房の店主が見ている。
ポルマーが袖をめくり、ピエロの横顔タトゥーを見せつけた。
店主は気味の悪い笑みでペコペコと頭を下げ、仕事へ戻った。
オルガナの目が、冷える。
『ガシャン!』
椅子を蹴るように立ち上がり、三人へ向かった。
「どうした、アンタも混ざりたいのか?」
「……おい。その子を放せ」
カジュルが唾液に塗れた舌を啜る。
「アンタ、役員か?」
「違う」
三人がニヤリ。
「じゃあ守るルールは存在しねぇ!」
カジュルが抱きつこうとした。
——バシッ!
オルガナは両手で強化アームを受け止め、握り潰す。
金属が凹む鈍い音。
「うわぁぁぁぁ!」
「このクソアマァ!」
バルチが爆速で斬りかかる。
オルガナはバックステップ。
「うゎ、あっぶね!」
バルチの剣を義手で掴み——ぐにゃり。
「ひぃぃぃ!」
ポルマーが叫ぶ。
「この町から生きて出られると思うなよ!」
「やれるものならやってみろ。ゴミ共が」
——バキバキバキ。
指を鳴らすと、三人は逃げ出した。
「覚えていやがれぇ!」
店内が沈黙する。
オルガナはウェイトレスへ近づき、優しく言った。
「大丈夫か?」
「……ありがとうございました」
ベルが鳴り、ウェイトレスは厨房へ戻る。
オルガナは席に戻る。
「当店自慢のローストビーフです!」
香り。皿。大盛り。
疲労した感覚が覚醒する。
「いただきます!」
豪快にかぶりつく。
「うめぇ! 最高だな!」
ウェイトレスが心配そうに見つめる。
「どおちたぁんだぁ……」
小声で言う。
「貴方、タダじゃ済まない。食べ終わったら逃げてください」
オルガナは飲み込む。
「アイツらがそんなに怖いのか?」
「アクバ様の兵士です」
「アクバ?」
「この街を仕切る長です。彼の妖術の前では……」
(妖術……? ソイツが闇球の主か)
オルガナは笑ってみせる。
「心配してくれてありがとな。俺なら大丈夫だ。
……怪我してないか?」
ウェイトレスは目に涙を溜め、俯く。
「ええ……大丈夫です」
「そりゃ良かった!」
オルガナは壁のポスターを見る。
『強者求む! 賞金100万ヒニヤ!』
財布を開く。
(……7000ヒニヤしかない。次まで持たねぇ)
食べ終え、手を合わせる。
「ご馳走様でした」
店内はオルガナとウェイトレス、厨房の店主だけ。
「また来る」
支払いを済ませ、宿を尋ねる。
「北の民宿、パリュアが……一泊2500ヒニヤほど」
「ありがとう」
そして耳打ち。
「困ったことがあったら宿を訪ねて来い。匿うぞ」
ウェイトレスが硬直する。
オルガナは厨房へ目を向け、囁く。
「あそこからはドス黒い嫌な気が流れている」
店を出る。
「ありがとう……」
背後で店主が睨む。
「チッ……余計なことしやがって!」
闘技場の受付。
大型モニター。頭巾の女——アプリス。
屈辱。窒息の罰。命令。
「カタスト将軍を倒した娘がこの街にいる」
宿の値上げ。
大会への誘導。
——網が張られる。
夕日。繁華街。
オルガナが宿を探していると、褐色の老人に呼び止められる。
老人の瞳が一瞬、黄に変わる。
「お前さんの属性を見た」
首には奴隷紋章。
「我らマタフォティアに自由はない」
炎の街の記憶。
鎖の子供たち。
マルコフの祈り。
オルガナは老人の肩を叩く。
「俺がもう直ぐにこの国を変えてみせる。希望を捨てるな」
老人は希望の涙を流した。
宿前。
人だかり。張り紙。似顔絵。
値上げ。脅迫。大会の名。
『流血殺曲芸』
視線。
怒号。
胸ぐらを掴まれた瞬間、オルガナは気づく。
「……なんだ、この黒いのは」
人々の体から黒い煙のようなオーラ。
街のあちこちから同じオーラが立ち、城へ吸い込まれていく。
「やっちまえ!」
群衆が襲いかかる。
オルガナは義手のトリガーを引き、閃光弾。
——パァァァァンッ!
眩光の中で体に黄色い光を纏う。
≪閃光≫
跳躍。
三十メートル先へ着地。
(……前より飛距離が伸びてる)
そのまま逃げ切った。
高架下。
息を整え、見上げる。
黒いオーラが、城へ集まっていく。
「あそこに居るのか……」
周囲の黒いオーラは増していく。
(行くしか無いみたいだな……)
オルガナは大きく息を呑んだ。
高架下は、夜の前の影を溜めていた。
オルガナは背を壁に預け、荒い呼吸を整える。
喉が乾く。胃が重い。体の内側が熱い。
(……あの黒いオーラ)
さっき見た群衆の顔。
怒りの形をした笑み。
そして、城へ吸い込まれていく黒い煙。
(人の感情を、吸ってる……?)
背筋が冷えた。
次の瞬間——
——ドンッ!
高架の向こうで、何かが叩かれる音。
続けて、複数の足音がざわめく。
(探してる)
息を殺し、気配を探る。
遠いが、確かに自分の方向へ寄ってきている。
オルガナは腰の水筒を触る。
——空。
舌が渇き、視界が一瞬だけ白く滲んだ。
(この町で夜を越したら凍える。外に出たら砂漠。宿は封鎖……)
詰みだ。
誰かが、この状況を作っている。
そして“出口”だけ用意している。
——大会。
『流血殺曲芸』
あの紙の文字が脳裏に焼き付く。
(行けってことかよ……)
オルガナは唇を噛み、立ち上がった。




