エマトブルバシア1
冷たい風が吹き荒れる夜の砂漠。
昼の灼熱が嘘みたいに、空気は鋭かった。
頭上では三日月が妖艶に光り、黙々と歩くオルガナの影を細く引き伸ばす。
村を出て、もう二日。
「ハァ……」
息を吐くと白い煙が滲む。
——ビュゥゥゥゥ!
砂が舞う。視界は三メートル先も溶けて見えない。
オルガナは口と鼻を腕で覆い、砂を吸わないように歩き続けた。
——サァ……。
砂を泳ぐような音。
「……!」
姿勢を低くする。
荷を下ろし、蝶の羽剣を抜く。
周囲は砂煙。目では追えない。
(サンドシャークか?)
目を閉じる。息を深く吐く。
耳に世界を預ける。
——来る。
脳内に浮かぶのは、三つの背鰭。
自分を囲む円が、じわじわと縮む。
(三匹か)
口角が上がり、涎が喉に溜まる。
(焼いたら美味いんだよなぁ)
風が一瞬、弱まった。
その瞬間——
≪シャアァァァァァア!≫
三匹が一斉に砂を割って跳ぶ。
刀みたいに鋭い頭部。ナイフが並んだ牙。
砂を掻いて泳ぐための平たい水掻き。
砂漠の獲物の命を、確実に刈り取る形。
「食料いただき!」
羽剣に黄色い光を纏わせる。
オルガナは羽剣ごと、横に大きく一回転した。
——ブッシャアァ!
三匹は空中で、口の真ん中から真っ二つ。
血が散り、砂に吸われていく。
オルガナは死骸を紐で縛り、背負う。
胸ポケットからマルコフの手帳を取り出し、地図を開いた。
五芒星の印が十三個。
一つ目の近くに湖の絵。
(湖から近い……水が補充できる)
額に手を当て、砂から目を守りながら辺りを探す。
一キロほど先、薄い水面が揺れた。
「あれか! これで水の補充が出来るぞ!」
安堵に胸を緩め、湖へ駆けた。
湖は砂漠の中にぽっかりと残る、別世界だった。
花と植物が育ち、水は空色に透き通っている。
月明かりが水面を撫で、風が花々を揺らす。
「……美しい」
オルガナは一瞬だけ見惚れ、荷を下ろす。
鞄から水筒のような機器を取り出した。液晶画面付き。
湖に水を汲む。
満タンになったところで画面が起動した。
『水質70%。飲み水には適していません 濾過を開始します』
機器がガタガタと震え、モーター音を立てる。
——ピーッ。
笛のような音。
『濾過完了』
オルガナは水を一口飲んだ。
「プハァー! 生き返るぅ!」
胡坐をかき、息をつく。
「よし。今日は此処に拠点作るか」
焚き火。
即席テントの前で体を温める。
焚き火の周りに、皮を剥いだサンドシャークが串に刺されて並ぶ。
焼けた表面は狐色。
油の匂いが胃を刺激する。
「もう、そろそろかな?」
手を合わせる。
「いただきます」
串を持ち上げ——
「あっちぃ!」
慌てて義手へ持ち替え、左手に息を吹きかける。
そして大きくかぶりついた。
(うまっ)
あまりの美味さに目を見開いた、その瞬間。
脳内に“あの日”が蘇る。
真昼の砂漠。
十三歳のオルガナとマルコフ。
サンドシャークの群れ、三十。
「なんだコイツら!」
「サンドシャークだ。気を抜くと、もう一本の手が無くなるぞ」
「縁起でも無いこと言うな! で、どうする?」
「……よりにもよって群れに当たっちまうなんてな」
円が縮む。
「来るぞ! 討伐する!」
「おう!」
——ブッシヤァァァン!
砂煙。大群が飛ぶ。
マルコフの光の矢が次々と撃墜していく。
「うぉぉぉお!」
オルガナの直剣が白く光る。
『斬撃の光子』
飛んできた一匹の頭が、紙みたいに跳ねた。
「まずは一匹!」
背後。牙の音。
(喰われる!)
——ピシャァァン!
巨大な光の槍が、背後のサンドシャークを粉砕した。
「おい、気を抜くな! 今のはやられてたぞ!」
「分かってる……!」
不貞腐れながら剣を構え直す。
「おりゃぁぁぁ!」
群れへ突っ込む。
砂煙が止んだあと、死骸が転がる。
オルガナは肩で息をし、足がふらついた。
「大丈夫か?」
「あぁ……大丈夫」
「制御を身につけろ。力むと、過度に魔力を消耗する」
「分かってる……」
落ち込む肩を、マルコフが優しく叩く。
「まぁ、そう落ち込むな。お前ならきっと出来るさ」
そして笑う。
「それに、せっかく旨い食材が手に入ったことだしな!」
「食材?」
「サンドシャークは焼いて食べると油が乗って絶品だぞ」
腹が鳴る。
「よし、飯にするか!」
記憶が途切れた。
焚き火の前で、オルガナの頬を涙が伝っていた。
(畜生……俺が弱かったばかりに)
泣きながら、サンドシャークにかぶりつく。
(絶対、最強の剣士になってやる)
誓いは、喉の奥で硬くなる。
朝日が昇り、砂漠は灼熱へ変わった。
焚き火を踏んで消し、荷をまとめる。
朝日に向かって拳を突き立てる。
「ぜってぇ、やり遂げて見せるよ」
歩き出す。
眩しさが目を焼く。砂が光を跳ね返し、視界が白い。
水筒を持ち上げ、蓋を開けて口をつける。
——空だった。
(早いとこ目的地に着かねぇとやべーな……)
険しい表情で歩き続ける。
二時間ほど経った頃。
疲労と暑さで意識が朦朧とする。
(そろそろヤバい……)
砂煙の隙間に、城のような建物が微かに見えた。
「……!」
オルガナは一目散に走った。
辿り着くと、遊園地みたいに聳え立つゲート。
『アクバ曲芸町』
電光がぎっしり詰められた看板が、不気味に光っていた。




