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蝶の鍵と黒霧の王女  作者: 髙橋彼方
第一章『蝶の誕生』
3/22

蝶の誕生END

闇の斬撃。虫の群れ。

だが、今のオルガナは違った。

一歩で距離が消える。

羽剣が振られ、闇が割れる。

最後に、腹へ刺し上げ、真っ二つ。

カタスト将軍は灰になって崩れた。

オルガナは駆け寄る。

倒れたマルコフを抱き起こす。

「すぐ村へ連れ帰るからな!」

マルコフは微笑み、首を振った。

「無駄だ……もう助からない」

「諦めるなよ! こんなところで……!」

マルコフの手が、オルガナの頬に触れる。

弱い光が灯る。

「泣くな。お前は立派になった」

彼は羽剣を見て、低く言った。

「この鍵が……唯一、パンドラを倒せる武器だ」

オルガナの額に、マルコフの手が触れる。

眩しい光。脳内へ流れ込む記憶。

——遠い昔。五つの文明。

——光を生む少女パン。知恵の結晶ドーラ。

——調和の預言。戦争。融合。穢れ。闇の煙。

——パンドラ。暗黒の時代。

オルガナは息を呑む。

マルコフは胸ポケットから手帳を取り出し、渡した。

「俺の名は……マルコフ=ルシナ=テール」

「……え?」

「お前は……俺の姪だ」

世界が止まる。

怒りと悲しみが、同時に湧く。

「何で……そんな大事な話、黙ってたんだよ……!」

「……すまなかった。愛するお前に、十字架を背負わせたくなかった」

オルガナは首を振り、涙を滲ませて笑う。

「……そんなの、恨んじゃいないよ」

「……ありがとな」

マルコフの瞳から、光が消えた。

「おい……おい! 行かないでくれ……!」

オルガナは、冷えていく身体を抱きしめた。

——帰還。

血まみれのオルガナは、マルコフとイスルの亡骸を背負い、村へ辿り着く。

門前にいた村人たちが叫び、村長が駆け寄る。

火葬の炎が夜空を照らす。

オルガナは蝶の羽剣を握りしめ、崩れるように泣いた。

「……すまねぇ……」

——朝。

丘の上の墓に朝日が差す。

オルガナは手帳を開く。

『パンドラが産み落とした十三の魔物を倒し、闇球の断片を集めると、パンドラが住む神殿への扉を開くことが出来る』

墓に向かって、オルガナは言う。

「必ず成し遂げて戻ってくるよ」

村人たちは不安げに見つめる。

村長は食料と鞘を差し出し、手を握った。

「困ったら、いつでもここに戻ってきなさい!」

オルガナは涙を堪え、深く頷く。

「……行ってくる」

彼女は歩き出す。

もう誰も悲痛に苦しまない世界を取り戻すために。

蝶の羽剣が、朝日に輝いた。


第一章「蝶の誕生」END


幕間「右手の行方」

日差しが強い。

森の匂いが濃い。

それなのに――空気は冷たかった。

土の上に村の男の子が二人、泣きながら蹲っている。

その前に、幼いゼノが立っていた。

右手が紫に光っている。

目が、怒りで乾いている。

「お前ら、帰れると思うなよ」

声は低い。子どもの声じゃない。

その後ろで、オルガナは頭を押さえていた。

生ぬるい血が指に絡む。足元には血のついた小石。

「ゼノ兄ちゃん、もういいよ」

オルガナが言うと、ゼノの光が少しだけ弱くなった。

――その瞬間。

「またあの忌々しいガキどもだ!」

村の方から叫び声。

次いで、石が飛ぶ。

——ゴン。

ゼノの頭に直撃。

視界が揺れた。

「……っ」

手のひらに血。

顔を上げると、村人たちがいた。

恨み。憎悪。

それだけでできた目。

ゼノが腕を交差させる。

紫のバリアが張られた。

——ガン、ガン、ガン。

石が当たり続ける。

バリアに罅が走る。罅はゼノの腕にも走り、血が滲む。

オルガナが咄嗟に手を添えた。

白い光が薄く広がる。

「やめろ……! そんなことしたら……」

石が白い光に当たるたび、オルガナの腕に痣が増える。

それでも、離さない。

ゼノの唇が震えた。

目が血走る。

――殺す。

理性の糸が、切れる音がした。

紫が、黒に染まる。

「きえろ」

ゼノの手のひらに、黒紫の球体が生まれる。

村人たちが凍る。

保安官のブーワンが炎の魔術を構える。

「撃て! そいつは怪物だ!」

――その前に。

ひとりの女が飛び込んできた。

金髪の三つ編み。黒装束。

聖女アマティス。

両手を広げ、村人たちの前に立つ。

「子供に向かって何をしているの。恥を知りなさい」

ブーワンが言い返す。

「そいつらの一族が始めた戦争で、何人死んだと思っている!」

村人が叫ぶ。

「家族を返せ!」

「子どもを返せ!」

アマティスの目は揺れない。

「この子たちが、あなたたちの傷を作ったの?」

沈黙。

怒りが、言葉を失う。

アマティスは言った。

「許すのです」

誰も頷けなかった。

それでも――ブーワンは腕を下ろした。

「……分かった。だが、この村には二度と入れるな」

アマティスは頷く。

「ええ。問題ない。私が面倒を見る」

その言葉は、村の空気を裂いた。

ゼノは理解できなかった。

他人が、ここまで動く理由が。

アマティスがゼノを抱きしめた。

「妹のためによく頑張ったね」

ゼノの手の球体が、消えた。

代わりに涙が落ちた。


森の奥。

煉瓦の家。白いベンチ。三本足の黒いカラス。

「彼の名前はマーブよ」

家は狭い。暮らしは楽じゃない。

でも、そこには“敵の視線”がなかった。

アマティスは言った。

「あなたたちの力は呪いじゃない。使い方で意味が変わる」

ゼノは信じられなかった。

それでも――その夜、泣いた。

「辛かったら泣いていい。ここには責める人はいない」

ゼノは声を上げて泣いた。

オルガナは眠りながら、初めて安心した顔をしていた。

その時間が、永遠ならよかった。


村長クルスは笑わなかった。

「物を売るな。関わるな。あの女とガキを孤立させろ」

村は、静かに牙をむいた。

それでもアマティスは折れなかった。

動物たちが食べ物を運び、ゼノが野草を覚え、オルガナが笑った。

「人間もこうならいいのに」

その願いが、叶うはずがないことを――世界はすぐに証明する。


夜。

火。

家が燃える。外には松明。武装した捜索隊。

先頭はクルスの息子アラゾ。

「子供を差し出せ! パンドラ様に叡智を頂くんだ!」

アマティスは迷わず床を開けた。地下道。

「行くよ」

走る。息が切れる。

背後で炎が唸る。

教会に出た。

そこにいたのは――ブーワンだった。

曲剣を捨て、頭を下げた。

「……本当にすまなかった」

ゼノは刃を向けた。

オルガナは一歩前に出た。

「助けて」

ブーワンの顔が歪む。

罪悪感で、潰れそうな顔。

アマティスが言った。

「彼は味方です」

その夜、四人は森へ入った。

ポータルツリーへ向かうために。

途中、捜索隊が迫った。

ブーワンが囮になると言った。

ゼノは言った。

「……ありがとな」

ブーワンは笑った。

「お前は妹を守れ」

――その背中は、炎の中に消えた。


村の広場。

紫の光柱。ホログラムの女。

布で顔を隠した声が、頭の中に響く。

『光の娘はもう必要ない。処分していい』

パンドラ。

クルスが震える。

村人が震える。

そして――命乞いの果てに、皆が“餌”になった。

黒紫の雲が渦を巻く。

炎が降る。

影が生まれる。

影が怪物になる。

首が落ちる。肉が裂ける。

村は地獄になった。

その中で、アマティスが光になって降りた。

「主よ。あの子供たちをお守りください」

ゼノの頭に声が届く。

『ゼノ、走り続けて』

ゼノは泣きながら走った。

オルガナの手を引いて。

アマティスはパンドラの前に立ち、最後まで言った。

「あなたは許すということを知らなくてはならない」

パンドラは笑い、闇で光を塗り潰した。

次の瞬間。

首が折れる音がした。

ゼノが叫びそうになる。

でも走った。

走らなきゃ、オルガナが死ぬ。


森。

大木。ポータルツリー。

――燃えていた。

逃げ場が消える。

影の怪物が囲む。

ゼノが紫の手で払う。怪物が消える。

ゼノは笑った。

力を見て、笑った。

その背後に、パンドラが出た。

刃は片手で止められた。

ダガーは折れた。

腹に痛み。血。

ゼノが崩れる。

パンドラが微笑む。

「遂に手に入れたわ」

オルガナは叫ぶ。

その声の途中で――

右腕が落ちた。

痛みが、世界を白く塗りつぶす。

ゼノが吠えた。

紫の衝撃波。

でも、届かない。

パンドラの手がゼノの首を掴む。

紫の魔法陣。ワープゲート。

――連れていかれる。

オルガナの視界で、兄が小さくなる。

手を伸ばしても届かない。

血だけが落ちる。

――その時。

黄色い光が、闇を貫いた。

槍を持った男。

マルコフ。

パンドラの肩が弾けた。

闇が揺らいだ。

だが、逃げられた。

ゼノは消えた。

アマティスは消えた。

家も、村も、消えた。

残ったのは――

右腕のない、オルガナだけ。


オルガナは、左手で土を掴んだ。

泣いている暇はない。

そう思った。

でも、涙は止まらなかった。

そして誓った。

もっと強くなる。

二度と、誰も失わない。

——その誓いだけが、焼け跡の中で生き残った。

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