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蝶の鍵と黒霧の王女  作者: 髙橋彼方
第一章『蝶の誕生』
2/22

蝶の誕生2

——満月の夜。

三人は西門を出た。

マルコフの槍が放つ淡い光が、砂漠の道を照らす。

「もうすぐ着くか?」

「はい。あそこです」

一キロ先に広がる荒野。

オルガナは義手を握りしめた。

「やっと会える……!」

その背後で、イスルの目が冷たく細まった。

——ピーッ、ピーッ、ピーッ!

マルコフの懐でシグナルが鳴った。

取り出すと、震えた村長の声。

『村が怪物たちに襲撃を受けています! 至急、救護を!』

オルガナの顔が強張った。

「……まさか、俺らが離れたのを見張られてたのか」

悔しさが歯を軋ませる。

マルコフは短く言った。

「戻るぞ。急げ」

「ちょっと待って!」

イスルが叫ぶ。

「ゼノさんとの合流はどうするんです!?」

マルコフが眉をひそめる。

「そんな場合じゃない。君の村が襲われているんだぞ」

イスルは、迷いのない声で言った。

「なら二手に分かれましょう。私とオルガナさんはゼノさんへ。マルコフさんは村へ。必ず私たちがゼノさんたちを連れて戻ります!」

その提案は合理的すぎた。

まるで、最初から決まっていたみたいに。

オルガナが叫ぶ。

「おい! 本当に一人で戻るのかよ!?」

マルコフは、優しい顔で笑った。

「たまには自分の気持ちを優先しろ。俺はお前に心配されるほど落ちぶれちゃいない」

「……すまねぇ」

「兄貴に会ったら、何て言うか決めとけよ」

マルコフは槍に手をかざす。

黄金の魔法陣が浮かび、彼は風を裂いて村へ飛び去った。

残された二人。

イスルが言う。

「オルガナさん、急ぎましょう」

「おう!」

月明かりの下、荒野へ。

空気は乾き、足場は悪い。

しばらく走っても、イスルは止まらない。

「おい、ゼノはどこら辺だ?」

「……」

返事がない。

オルガナが顔を見ると——生気がない。人形のような表情。

「イスル!?」

イスルは空を見上げ、獣のような声を放った。

「ウァァァァァァァィィヤァ!」

嫌な予感が背骨を這い上がる。

——ブァシャャャァン!

イスルの額が裂け、蠍のような虫が触覚をうねらせて飛び出した。

血が噴き、イスルは崩れる。

「……操られてたのかよ……!」

虫が跳ぶ。

≪クギュアァ≫

「畜生が!」

オルガナは一太刀で切り落とす。

だが、その瞬間——背後に紫の魔法陣が開いた。

影のような怪物が、地を這いながら湧き出す。

さらに、包帯で顔を覆い、紅い瞳の人型が現れた。

カタスト将軍。

その後ろに、金棒の獣人デュオゴ。

大槌と一角のナルバ。

カタスト将軍は、品定めするように首を傾げた。

「これが光文明の生き残りか」

「……何が目的だ」

「お前を囮にして、あの男から鍵を奪う」

「鍵だと?」

「知らないのか。なら——なお良い」

カタスト将軍が手を伸ばす。

オルガナは唇を噛み、低く呟いた。

「……ゼノは居ないのか」

「やれ」

影が襲いかかる。

オルガナは息を吐いた。

鋼の(アツァーリ・)光子(フォトニオ)

白い光が、身体と剣を包む。

刃が閃き、影が黒煙になって消える。

デュオゴが笑う。

「簡単に捻り潰せそうだな、お嬢ちゃん!」

だが、オルガナは目を逸らさない。

「次はお前たちだ」

戦いは短く、激しい。

デュオゴは猛攻を振るうが、オルガナの刃が先に届く。

ナルバは速く硬い。オルガナの脇腹が裂け、光が弱まる。

「時間切れか」とカタスト将軍が笑う。

オルガナは義手の仕掛けを外し、煙幕を撃つ。

視界が灰色に沈む。

「見えねぇ!」とナルバが吠えた瞬間、オルガナの囁きが背後に落ちる。

「ここだ」

耳から剣が突き刺さり、ナルバが崩れ落ちた。

だが勝利はまだ遠い。

カタスト将軍の虫が群れとなって襲い、オルガナの体力を削っていく。

やがて、膝が落ちる。息が切れる。

手足に紫の輪が絡みつき、拘束された。

カタスト将軍は髪を掴み、顔を近づける。

「では、お前も人形になってもらおう」

袖から、蠍の虫が這い出る。

——その時。

光の矢が、闇を裂いた。

——ズシャンッ!

カタスト将軍の肩を貫く。

宙に浮かぶ男。

マルコフ。

「チッ……もう戻ってきたのか」

「あの程度の数では足止めにもならんわ」

マルコフは槍を構え、矢を連射する。

カタスト将軍は紫の炎の鎌を出現させ、光を切り裂いた。

激突。

光と闇が擦れ合い、空気が悲鳴を上げる。

マルコフは強い。

だが闇の炎は“消えない痛み”として身体を蝕む。

それでもマルコフは槍先に光を溜めた。

閃光矢フラス・べロス!≫

一撃。

カタスト将軍の体が吹き飛ぶ。

「これで終わりだ!」

マルコフが矢を構えた瞬間、カタスト将軍は笑った。

「それはどうかな?」

虫がオルガナへ。

マルコフは反射でバリアを張る。

その一瞬の“よそ見”に、闇の斬撃が入った。

「マルコフぅぅぅ!」

腹が抉られ、血が噴き出す。

マルコフは墜ちた。

カタスト将軍は勝ち誇る。

「これで鍵の使いはこの世から居なくなった!」

——しかし。

空中で静止していた槍が、音もなく向きを変える。

オルガナへ、矢尻を向けた。

「……何だ?」

槍が閃光となって飛び、拘束を断ち切り、地に突き刺さる。

オルガナは震える手でそれを握った。

光が溢れ、槍は——鍵へ。

鍵は——剣へ。

蝶の羽のような曲剣。

(ペタルナ)光子フォトニオ

黄金の光が、オルガナを包む。

涙が落ちる。怒りが燃える。

「……ブッ殺す」

カタスト将軍の顔が歪む。

「鍵の使いが……もう一人だと!?」

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