蝶の誕生2
——満月の夜。
三人は西門を出た。
マルコフの槍が放つ淡い光が、砂漠の道を照らす。
「もうすぐ着くか?」
「はい。あそこです」
一キロ先に広がる荒野。
オルガナは義手を握りしめた。
「やっと会える……!」
その背後で、イスルの目が冷たく細まった。
——ピーッ、ピーッ、ピーッ!
マルコフの懐でシグナルが鳴った。
取り出すと、震えた村長の声。
『村が怪物たちに襲撃を受けています! 至急、救護を!』
オルガナの顔が強張った。
「……まさか、俺らが離れたのを見張られてたのか」
悔しさが歯を軋ませる。
マルコフは短く言った。
「戻るぞ。急げ」
「ちょっと待って!」
イスルが叫ぶ。
「ゼノさんとの合流はどうするんです!?」
マルコフが眉をひそめる。
「そんな場合じゃない。君の村が襲われているんだぞ」
イスルは、迷いのない声で言った。
「なら二手に分かれましょう。私とオルガナさんはゼノさんへ。マルコフさんは村へ。必ず私たちがゼノさんたちを連れて戻ります!」
その提案は合理的すぎた。
まるで、最初から決まっていたみたいに。
オルガナが叫ぶ。
「おい! 本当に一人で戻るのかよ!?」
マルコフは、優しい顔で笑った。
「たまには自分の気持ちを優先しろ。俺はお前に心配されるほど落ちぶれちゃいない」
「……すまねぇ」
「兄貴に会ったら、何て言うか決めとけよ」
マルコフは槍に手をかざす。
黄金の魔法陣が浮かび、彼は風を裂いて村へ飛び去った。
残された二人。
イスルが言う。
「オルガナさん、急ぎましょう」
「おう!」
月明かりの下、荒野へ。
空気は乾き、足場は悪い。
しばらく走っても、イスルは止まらない。
「おい、ゼノはどこら辺だ?」
「……」
返事がない。
オルガナが顔を見ると——生気がない。人形のような表情。
「イスル!?」
イスルは空を見上げ、獣のような声を放った。
「ウァァァァァァァィィヤァ!」
嫌な予感が背骨を這い上がる。
——ブァシャャャァン!
イスルの額が裂け、蠍のような虫が触覚をうねらせて飛び出した。
血が噴き、イスルは崩れる。
「……操られてたのかよ……!」
虫が跳ぶ。
≪クギュアァ≫
「畜生が!」
オルガナは一太刀で切り落とす。
だが、その瞬間——背後に紫の魔法陣が開いた。
影のような怪物が、地を這いながら湧き出す。
さらに、包帯で顔を覆い、紅い瞳の人型が現れた。
カタスト将軍。
その後ろに、金棒の獣人デュオゴ。
大槌と一角のナルバ。
カタスト将軍は、品定めするように首を傾げた。
「これが光文明の生き残りか」
「……何が目的だ」
「お前を囮にして、あの男から鍵を奪う」
「鍵だと?」
「知らないのか。なら——なお良い」
カタスト将軍が手を伸ばす。
オルガナは唇を噛み、低く呟いた。
「……ゼノは居ないのか」
「やれ」
影が襲いかかる。
オルガナは息を吐いた。
「鋼の光子」
白い光が、身体と剣を包む。
刃が閃き、影が黒煙になって消える。
デュオゴが笑う。
「簡単に捻り潰せそうだな、お嬢ちゃん!」
だが、オルガナは目を逸らさない。
「次はお前たちだ」
戦いは短く、激しい。
デュオゴは猛攻を振るうが、オルガナの刃が先に届く。
ナルバは速く硬い。オルガナの脇腹が裂け、光が弱まる。
「時間切れか」とカタスト将軍が笑う。
オルガナは義手の仕掛けを外し、煙幕を撃つ。
視界が灰色に沈む。
「見えねぇ!」とナルバが吠えた瞬間、オルガナの囁きが背後に落ちる。
「ここだ」
耳から剣が突き刺さり、ナルバが崩れ落ちた。
だが勝利はまだ遠い。
カタスト将軍の虫が群れとなって襲い、オルガナの体力を削っていく。
やがて、膝が落ちる。息が切れる。
手足に紫の輪が絡みつき、拘束された。
カタスト将軍は髪を掴み、顔を近づける。
「では、お前も人形になってもらおう」
袖から、蠍の虫が這い出る。
——その時。
光の矢が、闇を裂いた。
——ズシャンッ!
カタスト将軍の肩を貫く。
宙に浮かぶ男。
マルコフ。
「チッ……もう戻ってきたのか」
「あの程度の数では足止めにもならんわ」
マルコフは槍を構え、矢を連射する。
カタスト将軍は紫の炎の鎌を出現させ、光を切り裂いた。
激突。
光と闇が擦れ合い、空気が悲鳴を上げる。
マルコフは強い。
だが闇の炎は“消えない痛み”として身体を蝕む。
それでもマルコフは槍先に光を溜めた。
≪閃光矢!≫
一撃。
カタスト将軍の体が吹き飛ぶ。
「これで終わりだ!」
マルコフが矢を構えた瞬間、カタスト将軍は笑った。
「それはどうかな?」
虫がオルガナへ。
マルコフは反射でバリアを張る。
その一瞬の“よそ見”に、闇の斬撃が入った。
「マルコフぅぅぅ!」
腹が抉られ、血が噴き出す。
マルコフは墜ちた。
カタスト将軍は勝ち誇る。
「これで鍵の使いはこの世から居なくなった!」
——しかし。
空中で静止していた槍が、音もなく向きを変える。
オルガナへ、矢尻を向けた。
「……何だ?」
槍が閃光となって飛び、拘束を断ち切り、地に突き刺さる。
オルガナは震える手でそれを握った。
光が溢れ、槍は——鍵へ。
鍵は——剣へ。
蝶の羽のような曲剣。
≪蝶の光子≫
黄金の光が、オルガナを包む。
涙が落ちる。怒りが燃える。
「……ブッ殺す」
カタスト将軍の顔が歪む。
「鍵の使いが……もう一人だと!?」




