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蝶の鍵と黒霧の王女  作者: 髙橋彼方
第二章『エマトブルバシア』
17/22

エマトブルバシア14

機械室の空気は、重かった。

黒い川が導管へ吸い上げられ、金属が低く唸っている。

上階にアプリス。高台にアクバ。

そして背中の鉄触手が、敵意に反応して蠢いた。

「……無駄な抵抗は止めて、早く檻に戻りなさい」

アプリスの言葉を聞いた瞬間、蒼い瞳が動いた。

アンドロイドはアクバではなく、“奥様”を見た。

——届かないなら、次を狙う。

反乱は、ここから始まった。

オルガナは剣を抜かない。

視線だけを仲間へ投げる。

(今は、殺すな)

(壊すのは“装置”)

ウェイトレスが息を呑み、壁際のレバーを見つめる。

フィビーが小さく囁く。

「……黒い川、ここで切れる」

オルガナは頷く。

「切る」

その瞬間——アンドロイドが跳んだ。

金属の腕が伸びる。

狙いはアクバではない。上階のアプリス。

「……っ!」

アプリスの指が弾けた。

紫の膜が空中に張られる。

防御魔法バリア。薄いのに鋭い光を帯びている。

——ガンッ!

拳が膜に触れた瞬間、反発が起きた。

見えない槌で殴られたように腕が弾かれる。

火花。

関節が悲鳴を上げ、肩の接続がずれた。

それでもアンドロイドは前へ出ようとする。

もう一歩。もう一度。

アプリスは歯を食いしばる。

バリアを強めようとするが、魔力が追いつかない。

揺らぐ。薄くなる。

その瞬間だった。

「やめろ!!」

アクバが叫んだ。

初めて聞く、感情の声。

管理者の声じゃない。

焦りと恐怖が剥き出しの声。

アクバは必死に前へ出て、アプリスの前に割り込んだ。

そして——アプリスを引き寄せる。

——ガンッ!

アンドロイドの拳がアクバの肩に当たり、火花が散る。

鉄触手が反応し、空気を裂いた。

——ブンッ!

鞭がアンドロイドを裂こうとする。

だが、その動きが僅かに“鈍った”。

ギ…と噛み合いが一瞬遅れる。

オルガナの目が細まる。

アクバが前へ出た瞬間。

触手の反応が遅れる。

しかも——アクバとアプリスの距離が開くほど、触手の挙動が鈍る。

一定距離。

触手は“あの女”で動いている。

電池。

オルガナは息を吐いた。

声は出さない。命令しない。

ただ、仲間へ視線を走らせる。

(分かったな)

ウェイトレスが唇を噛み、頷く。

フーの耳が伏せられる。獣目の影が一瞬よぎるが、すぐ引く。

(怒るな)

(今は、壊す)

フィビーが小さく言う。

「……あの女、落ちたら、鉄が止まる」

「落とす」とオルガナが答えた。

アクバはアプリスを必死に近くへ置こうとする。

離すまいとする。

その動き自体が答えだ。

アプリスはバリアを張り直そうとするが、揺れる膜は薄い。

“電池”である以上、出力は守りに回しきれない。

オルガナは一歩だけ前へ出る。

敵意を殺す。表情を消す。

触手が反応する。

だが今はアクバがアプリスに張り付いている。

その“守り”が、触手の可動域を狭める。

——ブンッ!

触手が来る。

オルガナは剣の腹で逸らす。

——ガンッ!

火花。

触手が戻る前に、オルガナはもう次の位置にいる。

閃光イランプス

一歩。

次の一歩。

触手の間合いの外へ。

オルガナは“斬らない”。

狙うのは距離だ。

フーが動いた。

左手を狐化させ、床の配線を引き裂く。

——バチッ!

火花が散り、機械室の一部照明が落ちる。

暗がりが増える。触手の軌道が一瞬乱れる。

ウェイトレスが走る。

壁のレバーではない。床格子の開閉弁へ。

「ここ……搬送路の隔壁!」

レバーを引く。

——ゴゴゴゴ…!

床の一部がせり上がり、機械室の中央に鉄の隔壁が立つ。

アクバとアプリスの間に“障害物”ができた。

「なにっ……!」

アプリスが息を呑む。

アクバが焦って回り込もうとする。

その瞬間、距離が開いた。

触手が——止まりかける。

ギ…ギ…と痙攣するみたいに空を掻き、動きが鈍る。

(今だ)

オルガナは加速する。

閃光イランプス

隔壁を滑るように回り込み、アプリスの前へ。

アプリスがバリアを張る。

紫の膜。

薄いが硬い。

オルガナは刃を立てない。

峰で叩く。

——ドンッ!

膜が揺れる。

もう一撃。

——ゴンッ!

バリアが割れる。

アプリスの目が見開かれた。

「……来るな!」

三発目は——当てない。

オルガナは剣を止める。

代わりに、義手でアプリスの手首を掴み、ひねる。

「っ……!」

痛みで、再展開が遅れる。

オルガナは低く言う。

「終わりだ」

峰が額へ落ちる。

——ゴンッ。

アプリスの膝が折れ、そのまま崩れ落ちた。

気絶。

その瞬間だった。

背中の触手が——完全に沈黙した。

ギ……という音すら消える。

鉄が、ただの鉄になった。

アクバの顔から血の気が引く。

「……やめろ……!」

アクバは隔壁を叩く。

「起きろ、アプリス! 起きろ!!」

必死だ。

支配者の顔じゃない。

ウェイトレスが震える声で呟いた。

「……やっぱり」

「電池だ」とオルガナが言った。

短く、冷たく。

触手が動かない。

守りがない。

アクバは弱い。

本当に弱い。

だから——次の行動は一つしかない。

アクバは振り向き、導管に手を伸ばした。

黒いオーラが流れる“川”。

欲望の送電。

「……なら」

アクバの声が歪む。

「なら、俺が飲む」

オルガナが叫ぶ。

「やめろ!」

だが間に合わない。

アクバが導管へ義眼を向ける。

闇球が唸る。

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