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蝶の鍵と黒霧の王女  作者: 髙橋彼方
第二章『エマトブルバシア』
12/22

エマトブルバシア9

控室。

オルガナが数えていた。

(……4)

(……5)

扉が、開いた。

——ギィ。

ウェイトレスが転がり込むように入ってくる。

息が荒い。髪が乱れている。

でも手の中に、一本の鍵。

「……これ」

フーの目が見開かれる。

「本鍵……!」

ウェイトレスは頷く。

「地下にあった。見回りが——」

言い終える前に、遠くで足音。

——ドタドタ。

戻ってきている。

フーが低く言う。

「時間がない」

オルガナが扉の前に立つ。

「俺が止める」

フーが首を振る。

「君が出たら奥様が喜ぶ」

「……なら」

オルガナは義手のトリガーに指をかけた。

(閃光弾)

“殺さない”止め方。

「五秒だけ稼ぐ」

フーが頷く。

ウェイトレスがフィビーの首輪へ鍵を差し込む。

——カチャ。

一度、引っかかる。

「……お願い」

ウェイトレスの声が震える。

——カチャン!

開いた。

首輪の赤い光が、消える。

同時に——

フーの首輪の点滅が止まった。

——ピリッ。

痛みが消える。

フーが息を吐く。

「……やっと、呼吸できる」

フィビーが首輪に触れ、目を閉じた。

「……軽い」

九歳の声が、風みたいに細い。

その瞬間、控室の外でノック。

——コン、コン。

「開けろ!」

オルガナは義手のトリガーを引いた。

——パァァァンッ!

眩光。

外の兵が呻く。

「ぐっ……!」

その五秒で、フーがフィビーを抱え上げる。

「走るぞ」

オルガナは頷いた。

ウェイトレスが小さく言う。

「……私も行く」

オルガナが振り向く。

「危ない」

「……選んだ」

その言葉が、胸に刺さる。

命令じゃない。

自由意志。

控室の扉が蹴られる音。

——ドンッ!

フーが笑った。

「いいね。家族が増えた」

オルガナは蝶の剣を握る。

「ここからだ」

反乱は、静かに始まった。

閃光弾の白が、通路を焼いた。

「ぐっ……!」

「目が……!」

兵の呻き声。足音が乱れ、剣が床を引っ掻く音が響く。

オルガナは息を吐き、壁際を走った。剣は抜かない。抜けば終わる。

フーはフィビーを抱え、狐耳を伏せる。

「走るぞ」

フィビーは小さく頷く。

首輪の赤い光が消えた首元に指を当て、確かめるように息を吸う。

「……軽い」

ウェイトレスが震える手で扉を押さえた。

「こっち……裏階段」

オルガナが一瞬だけ彼女を見る。

「付いて来るな。危ない」

「……選んだ」

その言葉に、オルガナは何も言い返せなかった。

命令じゃない。選択だ。

足音が戻ってくる。

——ドタドタドタ!

「開けろ!」

「逃がすな!」

オルガナは義手のトリガーに指をかけた。

(もう一発で足りる)

——パァァンッ!

二発目の閃光。通路が昼になる。

兵がよろめく。その隙に、オルガナは“殺さず”動かす。

刃ではなく、柄で。

——ゴンッ!

脛を叩いて膝を落とす。

——ドンッ!

肩を押して壁にぶつける。

——カンッ!

手首を打って剣を落とさせる。

止める。倒す。壊さない。

「……通るぞ」

言葉は小さい。

でも、それは命令じゃなく宣言だった。

ウェイトレスが走りながら言う。

「この先、下へ!」

階段。鉄の扉。

空気が冷える。湿った匂いが鼻を刺す。

フーが眉をひそめた。

「……この匂い」

「知ってるの?」とフィビーが小さく聞く。

フーは一瞬だけ黙ってから言う。

「サーカスの地下だ」

ウェイトレスが息を切らしながら補足する。

「従業員用の搬入口に繋がってる……下水へ落とすための」

落とす。

捨てるための道。

オルガナは歯を食いしばる。

(誘導されてる)

でも行くしかない。背後は兵。前は闇。

選べる出口が一つでもあるなら——そこを掴むしかない。

鉄扉が開く。

——ゴォ……。

下から、下水の匂いと風が吹き上がった。

下水は、生き物みたいにうごめいていた。

壁は湿って黒い。水は膝ほど。

遠くで水滴が落ちる音がして、闇がそれを飲み込む。

ウェイトレスが先導する。

「ここ……曲芸町の外へ繋がる」

「誰が教えた」とフーが低く聞いた。

ウェイトレスは答えない。

答えられない顔だった。

その代わり、オルガナが言う。

「……お前、ここを通ったことがあるんだな」

ウェイトレスは唇を噛み、頷いた。

「逃げたかった。でも……逃げる勇気がなかった」

フィビーが、ぽつりと言う。

「今は?」

「……今は」

ウェイトレスの声が震える。

「逃げるんじゃない。助けに行く」

その一言で、空気が少しだけ変わった。

闇の中で、何かが灯る。

だが、灯りは狙われる。

——チャプ。

前方で水が揺れた。

誰かが“立っている”揺れだ。

フーが止まる。

「……待て」

オルガナも止まり、耳を澄ませる。

——キィ、キィ。

金属が擦れる音。

笑い声。

「やぁやぁやぁ」

声は明るい。

明るすぎて、不気味だった。

水路が開け、地下の広い空間へ出る。

そこは——サーカスの舞台裏みたいな場所だった。

天井は高く、照明が点々と灯る。

濡れた床に、色のついたペンキの跡。

壊れた仮面。破れた衣装。

そして、中央に——丸いステージ。

まるで地下に隠したコロッセオ。

そこに三人がいた。

赤いピエロ。細身で、目が笑っていない。

グレーのピエロ。手の中でナイフを弄ぶ。

黄色い太ったピエロ。腹が揺れ、口元が裂けるように笑う。

赤が一歩前に出る。

「おめでとう。檻から出られたね」

声は軽い。

でも言葉が重い。

「逃げられると思った?」

赤いピエロ——コッキンが、腕を広げた。

その腕と脚には、異様な金属の継ぎ目が入っている。

強化バネ。縮んで、伸びるための関節。

「僕たちはアクバ様の精鋭。

逃げ道に“ちゃんと”置かれてる」

グレーのピエロ——グリーがくすっと笑い、指先で小瓶を回した。

瓶の中で、黒い液体が光を吸う。

「蛇の子。懐かしいな」

フィビーの瞳が、わずかに揺れる。

オルガナがそれを見て、眉を寄せた。

黄色い太ったピエロ——トリノが腹を揺らして一歩踏み出す。

口を開けた瞬間、喉奥に金属の筒が見えた。

「逃がすわけねぇだろ。客が減る」

——ゴォン。

不気味な音。

トリノの口の中で、砲身が準備される音。

ウェイトレスが息を呑む。

「……ここ、下水の出口じゃない」

フーが笑った。

笑って、目を細める。

「誘導されたんだよ」

オルガナは蝶の羽剣に手をかける。

抜く。だが殺すためじゃない。

「通る」

赤いコッキンが首を傾げた。

「通れるさ」

そして笑う。

「死体になればね」

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