初めまして、お母さん
愛し方が、分からない。愛を真っ直ぐに伝えられる人間になりたかった。親、元恋人らと一緒になんてならない。そう決めていた。でも、怖かった。自分が化け物になってしまう気がして、よくある教育の中の鬼じゃなくて、化け物になるのが怖かった。鬼は愛がある。危険だから、本当に叱らないといけないからツノを出し、愛を持って教える。でも、私が恐れていたのは、私がなってしまったのは、化け物だ。自分の気分で家のルールが日々変わる。自分の機嫌を理由に相手が悪くなくても怒鳴りつける。心を、あの子を、壊していることに気づいているのに止められなかった。止めてくれる人がいなかった。だいぶ若かった頃、SNSで見た。「人は自分が愛された方法でしか人を愛せない。」その言葉を見た時たしか、(まぁ、そうだよな)って納得と、(いや、絶対に親、元恋人らみたいにはならない。私は私なりの正しい愛し方をしたい。する。)そう覚悟したような気がする。今は(どうすれば、その理屈を抜け出せるんだろうか、)と悩んでいる。
私が28歳の夏。私の中に命が宿った。自分の中に自分じゃない命があるのは、少し気味が悪くて、少し愛おしかった。今度こそ愛してもらえるかもしれない。そう思った。そう思ったのに私をまた苦しめる。今まで好きだったものが不味く感じる。体はいつも何処か痛くて、視界はぼんやり鏡に映る私は、腹が出てあちこちにヒビワレのような痕があって髪はボサボサ肌はボロボロ。中学の化粧もお洒落も知らなかった黒歴史姿を更新するほど醜い姿をしていた。中学の頃、言われた。「珠澪って本当に不細工だよね。どんな化学変化が起きるとここまでのブスが出来上がるの?」その言葉が私を何度も苦しめてきた。どれだけの時間が経ったとしても私はその一言に傷つき続けた。私は必死になってメイクを覚えた。何度も泣いた。練習中のメイクが落ちようと何度でも挑戦をして、鏡を見て自然と笑顔になれるまでにした。でも今の私は、その子のいう通りだ。もう名前も顔も覚えていないけれど。昔のことを掘り出してしまうのは悪い癖だと自覚しているのに辞められない。辞められないというより、生活の中に当時の記憶に紐付けれる些細なことが散らばり過ぎている。きっとあの頃から生活は変えられてないんだと思う。変わりたい、変えたい、この場所から遠くへ、ほんの少しでも遠くへ行きたい。そう真冬の深夜、ベランダで空を見上げながら通話相手にボヤいていたのに、私はその場所からすぐ近くの場所にいる。そう、全部私の悪い癖。言い訳するのも、口だけなのも、行動する度胸や勇気がないのも、全て私が悪い。誰に責められる訳でもないのに責めてしまう。こんな時に大丈夫だよって抱きしめてくれる存在が欲しいなって思いながら生きてるけど、もちろんいない。この命もきっとこの世に生まれ落ちて、一人の人間として成長しても、きっと私のことを抱きしめてはくれないと思う。それでも私は愛してしまうんだと思う。幾度となくそうしてきたように。思いに耽る時間は好きだった。誰にも邪魔されないたった一人の時間。でも今はこの命宿った時からの受け付けれないものが込み上がって邪魔をしてくる。トイレに駆け込む。駆け込んで覗き込む。別に覗きたい訳じゃないし、綺麗なものがある訳じゃない。アニメとかでキラキラ加工されてるものも現実じゃきつい。本当になんで私はこんなに苦しまなきゃいけないの。なんで私なんかのところに命は宿ったの。世界中に願ってる人は沢山いたはず。なんで私なの。どうして、私は母親になんてなりたくない。私はただ、愛されたかった。愛してる人に愛されたかった。愛してる人に嫌われたくなかった。だから、頷いたの。ただそれだけだったのに。もう全部が嫌になった。苦しくなった。個室の中ただ嗚咽した。自分が嫌い。自分を自分で愛せない自分が嫌い。責任も取れないのに母親の肩書きを手に入れてしまった自分が嫌い。ネガティブなことしか言えない自分が嫌い。もういっそ、このまま、ふたりで亡くなりたい。もういっそ、あなたの元に逝きたい。
「僕たちに子供が出来たらどんな子になって欲しいと思う?」
「どんな子だろうね。」
「僕は愛されることを知ってる子になってほしい」
「愛される子って言わない辺り、燈弥らしいよね」
「言葉の綾を取るあたりは珠澪らしいね。僕は珠澪のそういうところも受け継いでる子がいいなぁ」
「私は、大切なものを大切にできる子になって欲しいかな」
「それも大事だなぁ。だけど珠澪との子ならとっても素敵な子になるのは確定だね」
「そうかな。私はあんまり。」
「え〜?僕の遺伝子が入ってしまったら半減するって?僕そんな魅力ない??」
「ねぇ!違うよ!そうじゃなくて、私は私に自信がない。だから私と誰かの間に子供が出来たとしても多分、幸せになれない気がする。私は幸せにしてあげれない気がする。」
「珠澪は多分、僕は確定だから。僕の勝ちだね!それに自信がないのは僕も一緒。僕は珠澪に出逢うまで愛されることを知らなかった。愛されるを勘違いしてた。愛を珠澪が教えてくれた。珠澪は教えることが出来る素敵な人だし、僕も一緒に幸せを作ってくから!」
白い光が今日はやけに眩しい。眩しさと腐敗臭で意識を取り戻す。水だけ流して早々に個室を後にする。ソファに深めに腰を掛けてさっきのことを思い出す。付き合った時から子供が欲しいと言っていた。付き合っていく中で何度も子供の話をしてきた。私は子供を特別望んでいなかった。望みはしなかったけど、彼が望んでいたから。彼とこれからも一緒にいるための手段として取った。思えば結婚もそうだった。結婚願望は幼い時からなかった。結婚式に対する憧れはあったものの、結婚そのものに対しての興味は言うほどなくて、周りの友達が結婚していっても早いな。くらいにしか思わなかった。焦る気持ちはどこにもなかった。あったのは、ただただ私のことを大切に愛してくれる人と一緒にいたかった。その願望だけだった。その人というのが燈弥だった。婚姻届なんて契約書も、婚約指輪なんて高いだけの装飾品も、結婚指輪なんて存在証明も、どれひとつとして要らなかった。だけど彼とこれからも一緒にいるための手段として選んだ。病院で友人と書かなきゃいけないのは嫌だった。本当にただそれだけで結婚した。結婚したことに後悔はなかった。むしろ、どこに行っても彼と同じ苗字で呼んでもらえるのが幸せだってことに気づいた。いい事しかない。だから子供も幸せになるためのものだと思った。妊娠期間の知識が何も無かったわけじゃなかった。だいぶだいぶ辛い十月十日を過ごすというのはSNSでも、友達の話でも、職場の主婦たちの話から知っていた。だけど、今までの人生振り返って見て辛いことなど嫌というほど体験した。彼と出会ったことを除けば全て嫌なことな気がする。物心ついた頃から恐怖で支配をされて、何をやっても返ってくるのは暴力だけだった。それが当たり前だと中学まで思っていた。気づいた時にはものすごく落胆した。知らなくていいこともあると言うのが、私にとってはこの事実だった。知ってしまったからと言って特別変わることはなかったんだけど、それでもとにかくしんどかった。どうして自分だけなんだ。と。まぁでも、幼い頃からそういう不幸に見舞われてきた。恋人として選んだ奴は彼を除いて、暴力、暴言、atm扱い、モラハラ、浮気はマストだった。苦痛に耐えることは慣れていた。その苦痛らを乗り越えた先で彼と結ばれた。それならこの妊娠期間がどれだけ辛くとも最後には幸せになれると思った。なのに、違った。
燈弥は死んだ。
警察は不幸な事故だった。と言っていた。多分、それで間違いはないと思う。自殺をするような人ではなかったし、家を出た時も夕飯の話ばかりをしていた。帰ってくるつもりはあったはず。だから帰ってこなかったのではなくて、帰って来れなかったんだと思う。




