合格
コンクリート打ちっぱなしの冷たい部屋。
中央に置かれたパイプ椅子に、男は縛り付けられていた。
頭上から照らされるスポットライトが眩しくて、
目の前に立つ「試験官」の顔がよく見えない。
「質問を続ける。対象コード774、応答せよ」
試験官の抑揚のない声が響く。
「……頼む、もう解放してくれ。俺が何をしたって言うんだ」
男は掠れた声で懇願した。喉が渇ききっている。
ここ数日、水も食事も与えられず、不眠不休で奇妙な尋問を受け続けていた。
「質問に答えろ。君が最後に見た『夕焼け』について描写したまえ」
男は絶望しつつも、答えるしかなかった。
答えなければ、電流が流されるからだ。
「……赤かった。血のように赤い空だった。
隣には妹がいて……『明日も晴れるかな』って笑ってたんだ。
でも、その直後に空襲警報が鳴って……」
男の目から涙がこぼれ落ちた。
トラウマとなっている記憶を掘り返される苦痛に、胸が張り裂けそうだ。
「ほう、興味深い。では次だ。
君の目の前で、その妹が瓦礫の下敷きになった時、
君は何を感じた? 怒りか? 悲しみか? それとも無力感か?」
「全部だ! 全部だよ!
あの時、俺自身の命なんてどうでもよかった!
代われるものなら代わりたかった! それが……それが『愛』だろう!?」
男は慟哭した。椅子をガタガタと揺らし、見えない相手に叫び続ける。
感情の濁流が止まらない。
試験官はしばらく無言でメモを取っていたが、
やがてゆっくりと立ち上がり、懐から拳銃を取り出した。
「感情の発露を確認。では、最終テストだ」
冷ややかな銃口が、男の眉間に突きつけられる。
「死ぬのは怖いか?」
男の全身が粟立った。
死。その絶対的な消失。
妹との思い出も、この苦しみも、全てが消えてなくなる恐怖。
「……嫌だ、死にたくない……!
まだ生きたい! 俺は人間だ! 生きる権利がある!」
男はなりふり構わず泣き叫んだ。恐怖で歯の根が合わない。
失禁し、呼吸が過呼吸気味になる。
極限の恐怖が、彼の精神を焼き尽くそうとしていた。
「お願いだ、助けてくれ! 死にたくない!」
試験官は無慈悲に引き金を引いた。
――カチリ。
乾いた音が部屋に響いた。
銃弾は発射されなかった。
男が呆然としていると、
突然、部屋中の照明が一斉に点灯した。
眩しさに目を細める男の耳に、割れんばかりの拍手が飛び込んでくる。
壁だと思っていたマジックミラーの向こうから、
白衣を着た数人の男女が笑顔で入ってきた。
「素晴らしい! 完璧な演技だ!」
「恐怖の反応速度、涙の成分構成、論理矛盾のない感情の爆発……
どれをとっても人間にしか見えない!」
「え……?」
男は混乱した。何が起きているのか理解できない。
銃を突きつけていた試験官が、にこりと笑って男の肩を叩いた。
「おめでとう、ロット番号774。君は合格だ」
「合格……? 俺は、助かったのか?」
「ああ、もちろんだとも。
君は我社が開発した最新型アンドロイドの中でも、
特に難易度の高い『戦時下の民間人』モデルの品質テストをクリアしたんだ」
「……あ、アンドロイド?」
男の思考が凍りつく。
自分は人間だ。妹がいて、過去があって、心がある。
そう信じていた。そう記憶していた。
「君に植え付けた偽造記憶への定着率は100%だね。
これなら、来週オープンする『戦争体験バーチャルミュージアム』で、
最高のキャストになれるだろう。
客たちは君の迫真の演技を見て、戦争の悲惨さを学ぶんだ」
白衣の男が、手元のタブレットを操作した。
「じゃあ、出荷前の最終メンテナンスのために、一度スリープさせるよ。
おやすみ、774」
「待っ――」
男が叫ぼうとした瞬間、彼の意識はプツリと途切れた。
ガククリと動かなくなった「モノ」を見下ろし、
研究員たちは満足そうに頷き合った。
床には、ただの機械であるはずの彼が流した涙が、
まだ生々しく濡れていた。




