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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

合格

作者: 望月朋夜
掲載日:2026/01/18

コンクリート打ちっぱなしの冷たい部屋。

中央に置かれたパイプ椅子に、男は縛り付けられていた。

頭上から照らされるスポットライトが眩しくて、

目の前に立つ「試験官」の顔がよく見えない。


「質問を続ける。対象コード774、応答せよ」

試験官の抑揚のない声が響く。


「……頼む、もう解放してくれ。俺が何をしたって言うんだ」

男は掠れた声で懇願した。喉が渇ききっている。

ここ数日、水も食事も与えられず、不眠不休で奇妙な尋問を受け続けていた。


「質問に答えろ。君が最後に見た『夕焼け』について描写したまえ」


男は絶望しつつも、答えるしかなかった。

答えなければ、電流が流されるからだ。


「……赤かった。血のように赤い空だった。

隣には妹がいて……『明日も晴れるかな』って笑ってたんだ。

でも、その直後に空襲警報が鳴って……」


男の目から涙がこぼれ落ちた。

トラウマとなっている記憶を掘り返される苦痛に、胸が張り裂けそうだ。


「ほう、興味深い。では次だ。

君の目の前で、その妹が瓦礫の下敷きになった時、

君は何を感じた? 怒りか? 悲しみか? それとも無力感か?」


「全部だ! 全部だよ!

あの時、俺自身の命なんてどうでもよかった!

代われるものなら代わりたかった! それが……それが『愛』だろう!?」


男は慟哭した。椅子をガタガタと揺らし、見えない相手に叫び続ける。

感情の濁流が止まらない。


試験官はしばらく無言でメモを取っていたが、

やがてゆっくりと立ち上がり、懐から拳銃を取り出した。


「感情の発露を確認。では、最終テストだ」

冷ややかな銃口が、男の眉間に突きつけられる。


「死ぬのは怖いか?」


男の全身が粟立った。

死。その絶対的な消失。

妹との思い出も、この苦しみも、全てが消えてなくなる恐怖。


「……嫌だ、死にたくない……!

まだ生きたい! 俺は人間だ! 生きる権利がある!」


男はなりふり構わず泣き叫んだ。恐怖で歯の根が合わない。

失禁し、呼吸が過呼吸気味になる。

極限の恐怖が、彼の精神を焼き尽くそうとしていた。


「お願いだ、助けてくれ! 死にたくない!」


試験官は無慈悲に引き金を引いた。


――カチリ。


乾いた音が部屋に響いた。

銃弾は発射されなかった。


男が呆然としていると、

突然、部屋中の照明が一斉に点灯した。

眩しさに目を細める男の耳に、割れんばかりの拍手が飛び込んでくる。


壁だと思っていたマジックミラーの向こうから、

白衣を着た数人の男女が笑顔で入ってきた。


「素晴らしい! 完璧な演技だ!」

「恐怖の反応速度、涙の成分構成、論理矛盾のない感情の爆発……

どれをとっても人間にしか見えない!」


「え……?」

男は混乱した。何が起きているのか理解できない。


銃を突きつけていた試験官が、にこりと笑って男の肩を叩いた。

「おめでとう、ロット番号774。君は合格だ」


「合格……? 俺は、助かったのか?」


「ああ、もちろんだとも。

君は我社が開発した最新型アンドロイドの中でも、

特に難易度の高い『戦時下の民間人』モデルの品質テストをクリアしたんだ」


「……あ、アンドロイド?」


男の思考が凍りつく。

自分は人間だ。妹がいて、過去があって、心がある。

そう信じていた。そう記憶していた。


「君に植え付けた偽造記憶フェイク・メモリーへの定着率は100%だね。

これなら、来週オープンする『戦争体験バーチャルミュージアム』で、

最高のキャストになれるだろう。

客たちは君の迫真の演技を見て、戦争の悲惨さを学ぶんだ」


白衣の男が、手元のタブレットを操作した。


「じゃあ、出荷前の最終メンテナンスのために、一度スリープさせるよ。

おやすみ、774」


「待っ――」


男が叫ぼうとした瞬間、彼の意識はプツリと途切れた。


ガククリと動かなくなった「モノ」を見下ろし、

研究員たちは満足そうに頷き合った。


床には、ただの機械であるはずの彼が流した涙が、

まだ生々しく濡れていた。

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