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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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婚約破棄からはじまる物語

僕はずっと仮面を着け続ける

作者: 弍口 いく

 数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。

「エリーゼ・ビリアーズ公爵令嬢、君との婚約を破棄する」

 やらかしたのはデュランダル王国の王太子コーネリアス殿下だった。


 現在、王立学園の新入生を祝うパーティーの最中、ほとんどの貴族令息令嬢が十六歳になる年から三年間を王立学園で過ごす。新入生はもちろん在校生もドレスアップして会場に集っている。その最中、音楽に負けない声で高らかに宣言した。


 その声を耳にした僕がステップを踏む足を止めたのは無理もないことだ。

 僕はバートレット侯爵家嫡男のカミーユ、今年入学した新入生だ。


 僕とダンスしていた双子の妹シエナも同様に固まった。彼女は第二王子ステファン殿下の婚約者だが、まだ婚約者がいない兄を気遣って相手をしてくれていた。本当は大きなお世話なんだけどな、会場には婚約者のいな同級生も来ているし、幼い頃から懇意にしている親友、ユースタスやアンソニー、テッドだって集まって喋っているじゃないか、あっちのお仲間に入ったほうが楽しいし。


 しかし、そんな彼らも、ダンスを楽しんでいた生徒たちも一斉に、声を上げた王太子コーネリアス殿下に注目した。

 殿下の腕にはピンクブロンドの可愛らしい少女がぶら下っている。


「そして新たな婚約者となるのは、ここにいるカンナ・フロンターレ男爵令嬢だ」

 コーネリアスはカンナの腰を抱き寄せる。あらまあ、なんて破廉恥な、一国の王太子のすることとは思えない。シエナもなんとも複雑な顔をしていた。そこへステファンが来てシエナを気遣いながら手を握った。


 そうなのだ、彼女たちには無関係でない事件が勃発しているのだ。

「とうとうやりやがった、バカ兄が」

 ステファンが憎々し気に漏らす。


 コーネリアスは筋金入りの問題児、学園での愚行は国王陛下の耳にも届いており、頭を抱えているらしい。


「私とコーネリアス殿下の婚約は王家と我がビリアーズ公爵家との取り決め、それを覆すほどの瑕疵が私にありましたでしょうか?」

 エリーゼ様は表情一つ変えずに毅然と尋ねた。


 プラチナブロンドの見事な縦ロール、エメラルドに輝く瞳に真珠の肌の、男なら誰もが見惚れてしまうすこぶる付きの美女だ。その上、品行方正で成績優秀、完璧なご令嬢、どこに瑕疵があろうものか。


 エリーゼ嬢は現在二年生、入学時はまだ良好な関係だったらしいが、いつの間にかカンナ嬢とコーネリアス殿下が接近して、このような事態に発展した。誰が見てもコーネリアス殿下の浮気だ。


「そう言うところだよ、君からは感情、心と言うものが全く感じられない、人形を相手に話をしているようで気味が悪い、優しく温かい心の持ち主のカンナとは大違いだ。慈愛に満ちたカンナこそ国母となるに相応しい」


 コーネリアスは芝居がかった口調で述べる。しかし、それには周囲の誰一人頷かない。頭の中お花畑に見えるカンナ嬢より、淑女の鑑と誉れ高いエリーゼ嬢の方が将来の国母に相応しい。


「わかりました。単に私のことがお気に召さないのですね、婚約破棄の意向は承りましたが、私がここで勝手に返事をするわけには参りませんので、父と相談させていただきます」


 エリーゼ嬢は美しい淑女の礼をして去っていった。


「国王陛下が決めた婚約を独断で破棄するって、王命に背くことになるってわからないのか? ほんとあそこまでバカだったとは」

 ステファンはため息交じりに漏らす。


 いやあ、凄いものを見た、これからどうなるのだろう?

 成り行きによっては、シエナとステファンにも多大な影響が出る。……なんか嫌な予感がする。



   *   *   *



「兄上は廃太子になるだろう」

 数日後、我が家を訪れたステファンが神妙な面持ちで言った。

「えっ……」

 シエナの顔から血の気が引いた。


「と言うことは、ステファンが王太子に繰り上がるのか?」

 僕は確認した。そうなのだ、当然第二王子である彼が繰り上がる。

「そうなるだろうな」


「い、嫌ぁぁぁ!」

 シエナはパニックになって叫んだ。そうなればシエナが王太子妃、ひいては王妃になるのだ。気を失いそうになったシエナを僕は支えた。


 そんな彼女を見てステファンは頭を抱えた。

「やはりこの反応か……先に知らせておいて正解だ、父上の前で取り乱されては、婚約者から降ろされかねないからな」

「王族たるもの感情を表してはいけない、動揺するなど以ての外、と王子妃教育で習ってるんだろ?」

「私の性格知ってるくせに、私には無理」


 僕たちは双子で、顔は似ているが性格は正反対だ。父上曰く『シエナとカミーユ、性別が逆ならよかったのに』だそうだ。

 二人とも銀髪にアイスブルーの瞳で端正な顔立ちの美男美女、しかし、感情豊かで行動的なシエナに対して、僕は物静かで動じない温厚な性格、女装すればきっと立派な淑女だろう。僕は昔から思っていた、間違って男に生まれてしまったのだと。


「近いうちに正式な発表があるが、心構えだけはしておいてくれ」

「心構えしても無理なものは無理、私に王太子妃が務まるわけないわ」

「じゃあ、俺と別れるのか?」

 突き放すようなステファンの言葉にシエナの目からブワッと涙が溢れた。


「ゴメン、ゴメン」

 ステファンはすぐシエナの横に来て肩を抱いた。


 二人は幼馴染でもある、僕も一緒に子供のころからよく遊んでいた。お転婆なシエナは俺たち男子に後れを取らない行動力で、よくドレスをダメにして母上に叱られていた。そんな子が王妃になるなんて、俺も首を傾げてしまう。


「でも、覚悟してもらわなきゃならないんだ、厄介なことになりそうだから」

「厄介なことって?」

 鼻を啜っている情けないシエナの代わりに僕が尋ねた。


「まずは兄上の処分についてだけど、学園はすぐに退学する、そして臣籍降下、兄上は不服だろうが、伯爵位を賜り、小さな領地を与えられて、そこであの男爵令嬢と結婚して暮らすことになる。勝手なことをしないように生涯監視付きだ。そして、これは本人たちに告げられるかどうかは知らないけど、断種されるだろう。おそらく二度と王都には出て来れないだろうな」


「幽閉とかじゃなくて良かったじゃないか、陛下にしては甘い処分だな」

「兄上の母親は友好国マゼランの元王女、兄上は現マゼラン国王の甥に当たる、まあ、あんな事をやらかしたから処分されるのはやむを得ないとマゼラン国王は理解してくれているが、あれ以上身分を落とすことは出来なかったようだ」


「本来なら王命に背いた上、筆頭公爵家を蔑ろにしたんだ、王族から除籍されて平民に落とされても文句は言えない愚行だけどな」


「それでも兄上は納得していない、婚約破棄してもビリアーズ公爵家の後ろ盾は変わらないと思っていたようっだ」

「どういう思考回路なんだ? 娘を愚弄された公爵が怒らないはずないのに」


「王子は何をやってもイイと思ってるんだろうな、自分に気に入られなかったエリーゼ嬢が悪いんだと……。その上、今回の処分は全て彼女のせいだと逆恨みしているようだ」

「エリーゼ嬢も気の毒に」


「兄上は納得できずに暴れてたけど、無理やり連れていかれたよ」

「これ以上バカなことしなきゃいいけど」


「そもそも、こんな事件がなくても父上は兄上を廃太子にする予定だったんだよ。『コーネリアスは王も器ではない、いずれお前を王太子に挿げ替えようと機会を窺っていたのだ。今回のことは渡りに船だった』と言っておられた」


 国王陛下がそう考えていたのも理解できる。コーネリアス殿下は前王妃の一人息子で、甘やかされて育ったものだから我儘、傲慢を絵にかいたような人物だった。おまけに勉強嫌いで頭も良くない。母親がマゼラン王国の王女だったために、当時は王太子だった国王陛下も強く口出しできずに苦慮している間に、あんな男が出来上がってしまったのだ。もう手遅れだった。五年前に前王妃が亡くなり、後ろ盾は婚約者のビリアーズ公爵家だけだったのに、それを自ら手放すほどの愚か者だ。


 ステファンは側妃の子供だった。故に、前王妃が存命の時はかなり酷い扱いを母子共々受けていた。毒を盛られることも度々で、離宮で警戒しながらひっそり暮らしていた。前王妃が亡くなり、やっと太陽の下で暮らせるとステファンは喜んでいた。

 病死と発表されているが真偽は定かでない。ステファンは当時十一歳とは思えないくらい大人びた子供だった。


 ステファンの母上が側妃から王妃へと昇格した。彼女こそ王妃に相応しい女性だと誰もが陰で言っていた。前王妃が友好国の元王女だから公には口にできないが、元々面倒な執務を前王妃から押し付けられていたことは、側近なら誰もが知っていた。


「そんなの聞いてないわ」

 シエナは、ステファンは第二王子だから将来は臣籍降下して公爵になるんだろうと思っていた。シエナも侯爵令嬢として厳しい教育は受けてきたし成績も悪くない、公爵夫人なら務まるだろうと油断していたのだ。


「まあ、兄上が浮気した気持ちもわからないでもないけどな、エリーゼ嬢って人形のように感情が見えないだろ、擦り寄ってくれるカンナ嬢が可愛かったんじゃないかな」

 ステファンは同情的に言うが、感情が見えないからと言って無いわけではない、あんな場所で公言されて、わざと恥をかかされたようなものだ、きっと傷ついたはずだ。


「苦手だからとあんな形で婚約破棄しなくても、他にやりようはいくらでもあるじゃないか、貴族の政略結婚なんて恋愛感情などないのは珍しくないだろ。王太子は側妃を持つことが出来る、エリーゼ嬢だってそのくらい覚悟しているはず、カンナ嬢を側妃として迎えればよかったじゃないか」


「そうだな、俺ならそうするけどな」

「嫌よ! 側妃を迎えるなら私は別れるわ!」

「いやいや、俺が兄上の立場だったらって話だよ、俺の婚約者はシエナだし、君以外を愛するつもりはないよ」

 ステファンはなぜかシエナにベタ惚れなんだよな。

「ステファン」

 しっかり抱き合う二人は僕の存在を忘れているようだ。


「後はお前が未来に王妃になる覚悟を決めるだけだな」

 咳払いしながら〝僕はここにいるよ、兄の前で何を見せているの?〟と存在を主張した。


「それが、そうすんなりいかないのが問題なんだ。ビリアーズ公爵は娘を王家に嫁がせることに執着しているんだ。シエナとの婚約を白紙にして、エリーゼ嬢と婚約し直せと迫られている」

「勝手なことを! きっぱり断ったんだろうな」

「もちろんだ。でも、ゴリ押しするのがビリアーズ公爵だ」


「エリーゼ嬢はどう思ってるんだろ? 数日前までコーネリアス殿下の婚約者で、ダメになったら即、弟にスライドするって、嫌じゃないのかな。シエナとステファンがラブラブなのは有名だろ」

「そうなのか?」

「知らないのか? ステファンはシエナを溺愛して片時も離さないって有名だぞ」

「それは大袈裟だろ」


「そんなカップルを引き裂くなんて、世間体も良くないだろ」

「でも、父上がきっぱり断れない理由は、兄上のしでかしの負い目だけじゃなくて、エリーゼ嬢が優秀だからだ。非の打ち所がないってのは彼女のことを言うんだろうな。正直、未来の王妃に相応しいご令嬢だろ」

「それは否定しない」


「えーっと、じゃあ私はどうなるの?」

「大丈夫、どうにもならないよ、俺が妃にしたいのはシエナだけだかから」

「ステファン……」


 また抱き合う二人をうんざりしながら見た。そして妹の行く末に不安を感じた。ステファンはきっと全力でシエナを護ってくれる。でも、ビリアーズ公爵の黒い噂も聞いたことがある。目的のためには手段を選ばない人だと……。シエナの身が心配だ。


 でも、それならなぜカンナ嬢を消さなかったのだろう? 彼女さえいなければ、エリーゼ嬢が婚約破棄の憂き目にあうことはなかったのに。

 もしかしたら、国王陛下が王太子の交代をお考えだったことに気付いていたのだろうか? いずれこうなることがわかっていて、コーネリアス殿下を野放しにした。それなら納得できるが、益々シエナの身が心配だ。



   *   *   *



 入学以来、科は違うもののステファンとシエナはランチを共にしていた。二人きりの時もあれば、幼馴染の面々と大勢でテーブルを囲むこともあった。その日は大事件の後で、野次馬根性の幼馴染たちが勢揃いしていた。


 兄である僕はもちろん、公爵令息のユースタス、伯爵令息のテッドとアンソニー、そしてシエナと仲がいい侯爵令嬢のジュディスに伯爵令嬢のレベッカだ。僕たちは親たちの繋がりもあって、子供のころからの友達だ。そんな中に入ってくる強者はいないのだが……。


「ステファン殿下にご挨拶を、今後のこともございますので、交流を深めたく思っております」

 一歳年上で学年が違う彼女との接点は今までなかったが、僕たちのテーブルの横にエリーゼ様が立った。そしてステファンに淑女の笑みを向けた。


「今後のこととは?」

 ステファンの口調は冷たい。しかし、エリーゼ嬢は顔色一つ変えずに、

「私を新しい婚約者に指名してくださる予定と聞いております」

 と言う。


「そのような予定はありません」

「あら、違いましたでしょうか? コーネリアス殿下と違って懸命なステファン殿下なら、どうするのが政治的に最良か弁えてらっしゃるはずだと父は申しておりましたのに」


「お言葉ですがビリアーズ様、シエナとステファン殿下は十年前から婚約していて、お互いに想い合っておられるのですよ、それを引き裂こうとされるのですか?」

 怒りにワナワナと奮えているシエナに代わって、ジュディスが口を挟んだ。助かった、シエナが爆発したら収拾がつかなくなる。


「それなら、シエナ嬢は側妃でよろしいのでは? 側妃を許さないほど狭量ではありません。コーネリアス殿下もそのように提案してくださっていれば受け入れましたのに、そうすれば伯爵などに身を落とさなくて済みましたのに残念ですわ」


 いやいや、残念なのはあなたの性格です。いくら淑女の鑑と誉れ高くても、人の気持ちがわからないようじゃ、未来の国母に相応しくないと思うのですが……。

 僕も他の面々も言葉を失っていた。爆発寸前のシエナはジュディスが抑えてくれている。ステファンは眉間にしわを寄せたままだ。


 大きな声ではなかったが、耳を澄ませている他の生徒たちにも聞こえているようで、食堂内は騒然となっている。それに気づいたエリーゼ嬢は、

「このような場所でするお話ではありませんでしたね、申し訳ございません」

 深々と頭を下げ、流れる動作で踵を返した。


 その一瞬、僕と目がった。

 しかし彼女の瞳は何も映していなかった。人形にはめ込まれたガラス玉のようで、ゾッと背筋が冷たくなった。



   *   *   *



「ステファンが困っているようなら、父上に相談してみようかな」

 昼休みの件を経て、ユースタスが神妙な顔つきで言った。ユースタスのペラン公爵家は王家の血を引く由緒正しい家柄だが、常に中立の立場で貴族間の派閥の均衡に睨みを利かせている。


「ペラン公爵家とバートレット侯爵家が懇意にしているのは周知に事実、うちがステファンを支持すると公言すれば、シエナの立場は揺るぎないものになるだろ」

「それが必要なら、ステファンが直接おじ様に頼むはずだ」


 ユースタスが言ったことはステファンなら真っ先に思いつくことだ。しかし、それを口にしないのは、あの腹黒王子のことだ、何か他に考えがあるのではないかと思っていた。


「余計なことはしないほうがいいかな」

「ああ、まだ何も正式には発表されていないし」

「そうだな……。ところでお前、この後どうするんだ? 俺は鍛錬に行くけど、相手をしてもらえないかな」


 放課後、ユースタスは毎日残って剣の鍛錬に励んでいる。ペラン家は代々近衛騎士団総司令の役職に就く家柄だ。現在はユースタスの父上が総司令官で、彼も将来はその地位を目指している。


 しかし神様は意地悪だ。努力を重ねるユースタスより、剣術がさほど好きではない僕に才能を与えてしまった。僕は入学前の早い段階から、百年に一人の天才剣士と注目される存在だった。彼は一度も僕に勝ったことがない。手心を加えるなんて出来ない、ユースタスの真っ直ぐな目がそれを許さない。


 僕はいつだって複雑な気持ちでユースタスと手合わせする。鍛え抜かれた彼の美しく男らしい体、額に煌めく汗、真剣な眼差し、どれもが僕の心を揺さぶる。いつの頃からなのだろう、僕は自覚していた、彼に恋しているのだと……。


 父はそんなつもりで言ったのではないだろう『シエナとカミーユ、性別が逆ならよかったのに』と。シエナはお転婆だけど完全に女の子だ、でも僕は男の姿をしていても中身は男じゃない、僕たちはきっと双子の姉妹として生まれるべきだったんだ。


 幼い頃からずっとそう思っていた。ドレスを着るシエナが羨ましい。髪を伸ばしているシエナが羨ましい。ステファンのような男性に愛されるシエナが羨ましかった。もちろん口にしたことはないが、勘のいいシエナは薄々気付いているようだ。


 彼にこの想いを告げることはない。ユースタスはジュディスと婚約しているし、彼女を大切に思っているのは見ていてわかる。でも、少しでも傍にいたかった。たとえ一生報われることがない想いだとしても。


 もちろん今日もユースタスの鍛錬に付き合いたかったが、

「ゴメン、今日は父上に頼まれた調べものがあって、図書館へ寄らなきゃならないんだ」

「そうか、じゃあ仕方ないな」

「明日は付き合うよ」


 屈託ない笑みを浮かべながら去っていくユースタスを見送る。その笑顔を向けてくれるだけで十分だ。この先もずっと彼の親友として傍に居させてもらえるだけで、僕は満足するしかないのだ。





 もしも僕が女に生まれていたなら、ジュディスではなく、僕を選んでくれただろうか? ユースタスは僕を愛してくれていただろうか? 

 そんな叶いもしないことを悶々と考えながら、図書館で書籍を探している時、エリーゼ嬢を見かけた。


 僕は目を疑った。彼女の瞳に光が宿っていたからだ。昼休みに食堂で見た人形のような彼女とは別人、その表情は生きた人間だった。彼女の視線の先は、向かいに座っている護衛騎士だった。


 基本的に護衛は登下校のみで園内に入ることはない、図書館で主人の向かいに座っているのは不自然だったが、二人の雰囲気はそれを感じさせない和やかなものだった。そしてエリーゼ嬢の瞳の中に熱い炎を見たような気がした。


「そんな顔もなさるのですね」

 僕は思わず声をかけてしまった。


 僕を認識した彼女の目から、瞬時に光が消え、いつものガラス玉になった。そして、淑女の笑みを貼り付けた顔で僕を見上げた。


「そんな顔とは?」

 言葉に少し怒気がこもっていた。

「あっ失礼しました、僕は」

「存じておりますわ、バートレット侯爵家のカミーユ様ですわね、お噂は兼ね兼ね」

「噂?ですか」


 エリーゼ嬢は向かいに座る護衛騎士に視線を流した。

「専属護衛騎士の二コル・クライスは騎士科の卒業生ですから、今も顔見知りの学園関係者はいますのよ。あなたは百年に一人の天才剣士と評判だとお聞きしていますわ。そんなに凄いのなら、手合わせしてみたいと二コルが言っていましたから」


 卒業生か、だから学園内に立ち入るのを大目に見られているのか。

「よくそう言われますけど、あまりお勧めしませんよ」

「あら、なぜですの?」

「一瞬で決着がつきますから、自信喪失者続出で教官に止められたんです」


 それは嘘でも自信過剰でも誇大表現でもない。自分で言うのも憚るが、僕はそれほど強い。幼い頃からユースタスと一緒に剣豪ペラン公爵の手ほどきを受け、鍛錬に励んだ結果、ユースタスより体格に恵まれていない僕の方が、誰もが目を見張る成長を遂げ、とんでもなく上達した。ペラン公爵も僕の才能に驚いている。


「ふふっ、二コルが益々闘志を燃やしていますわ」

「女性でも手加減はしませんよ」

「えっ?」

 エリーゼ嬢の目が驚きに見開いた。

「二コルを女性と見抜く人は珍しいですわ」

「そうなんですか」

 僕はすぐにわかったけどな。


「二コルとは幼馴染ですのよ、彼女の家は代々我が家の私設騎士団長を務めてくれているので、子供の頃からの仲なのです」

「幼馴染ですか、だから彼女の前では仮面をはずすのですね」

「仮面?」


「ビリアーズ公爵令嬢はいつも仮面をつけているように無表情ですから」

「無表情ですか……だからコーネリアス殿下に疎まれたのですよね」

「あ、申し訳ありません、失礼なことを」


「いいのです、本当のことですから」

「自覚はあるんですね」

「もちろんですわ、そのように心掛けていますもの。そうでないと」

 エリーゼ嬢は言葉に詰まった。


 言えないのだろう、彼女もまた自分を隠して生きてきた人なんだ。彼女も仮面の下に本当の心を秘めている同類だと直感した。


「あら、つい余計な話をしてしまいましたわ。淑女たる者、親しくもない殿方と気軽の言葉を交わすものではないと、父に注意されていますのに」

「では、お近づきになればいいじゃないですか」

 なぜが彼女に興味が湧いた。


「バートレット様は不思議ですわね、つい女性同士のお喋りと錯覚してしまいましたわ」

 うーん、この人鋭いかもしれない。

「それで構いませんよ、女友達の感覚で、名前も中性っぽいし、カミーユとお呼びください」

「それでは私はエリーゼと」



   *   *   *



 翌日は約束通り、ユースタスの鍛錬に付き合った。

 ふと、目に端にエリーゼの姿が見えた。二コルを伴って見学に来ていたようだ。僕と目が合ったが声をかけることもなく、そのまま去っていった。


「あれ、ビリアーズ公爵令嬢じゃなかったか? 珍しいな、こんなところに来るなんて、なんかお前を見てたようだけど」

「僕の天才ぶりに興味を持ったんじゃないか? あの護衛騎士は僕たちの先輩らしくて、僕の噂を知ってるんだって言ってたから」


「言ってたって? 話をしたのか?」

「昨日、図書館で少し」

「なんで?」

「なんでって、偶々だよ」

 ユースタスはあからさまに怪訝な顔をした。


「気をつけろよ、何を企んでいるかわからない女だからな」

「企むって」

「ステファンと直接話すのは無理そうだから、周囲から触手を伸ばそうとしているとか」

「考えすぎだよ」

「でも、彼女はまだ諦めていないだろ」

「諦めていないのは彼女じゃなくて、父親のビリアーズ公爵だろ」


「ビリアーズ公爵の指示だとしたら余計に厄介だぞ、お前まで巻き込まれるんじゃないかと」

「もう巻き込まれてるさ、シエナの兄だからな」

「そうだけど、お前は政治とか権力に興味ないのに」

「心配してくれるのか?」

「当たり前だろ、親友なんだから」


「ありがとう」

 僕のことを気にかけてくれるだけで嬉しいよ。



   *   *   *



 ユースタスが言ったような意図がエリーゼにあるとは思えなかったが、彼女とはよく会うようになった。きっと以前からすれ違ったり、偶然出会うことはあったのだろうが、意識していなかったので挨拶もしなかった。


 しかし、図書館で言葉を交わしたことがきっかけで、挨拶をするようになり、立ち話をするようになり、放課後は長話するようになっていった。


 意外にも僕たちは馬が合った。

 そしていろいろな話をするようになった。





「本当のところはどうなのです? ステファン殿下と結婚して王太子妃になりたいのですか? ステファン殿下とシエナの関係はご存じなのでしょ? 無理強いすればあなたの評判に傷がつきますよ。コーネリアス殿下の時とは違いますから」

 突っ込んだ話も出来る程、打ち解けるのに時間がかからなかった。


 コーネリアス殿下との婚約が破棄となった彼女は――結果はコーネリアス殿下の有責で王家が慰謝料を払った――その後のことはまだ何も決まっていない状態だ。


 本来ならすぐに新しい婚約相手を捜すはずだが、ビリアーズ公爵家と釣り合う家格の令息はすでに婚約者がいる。他国に嫁ぐ選択肢もあるが、ビリアーズ公爵は国内での権力拡大を目論んでいるから、シエナを押し退けて、ステファンと婚約させることに執着しているようだ。


「そうですね、既に、愛し合う二人の仲を裂こうとする悪役にされているのは知っています。でも、貴族の婚姻、特に王族の婚姻に愛は必要なのでしょうか? ステファン殿下はもう第二王子ではなく王太子、将来の国王なのですよ、横に立つ者は王妃となる資質を備えた者でなければなりません」


「シエナでは無理だと?」

「シエナ様のことは関係なく、私は王太子妃になるべく努力してきましたから」

「シエナも努力していますよ」


「シエナ様がご心配なんですね」

「妹ですから」


「私の兄はそんな心配はしてくれません。お互いに自分の事で精一杯ですから」

 エリーゼ嬢には二歳上の兄上がいる。現在は隣国へ留学中だ。

「兄も私も父に認められようと幼い頃から必死でした。父は厳しく、恐ろしい人です、価値がないと容赦なく切り捨てられますから」


「切り捨てるって、親子なのに」

「そういう人です、私は父の操り人形です。思うように動かされる」

「この先もずっとそれでいいのですか?」

「仕方ありません、ビリアーズ公爵家に生まれた者の宿命です」


「自分から糸を切ろうとは思わないのですか?」

「簡単に言わないでください、殿方と違って、一人では生きていけないのですから」

「十八になれば成人です、学園を卒業すれば公爵家を出ることも可能だし、他の誰かと結婚することも出来る、あなたなら引く手数多でしょ」


「求められるのはビリアーズ公爵令嬢としての私です、後ろ盾のない私は必要とされませんわ」

「そうかなぁ、あなたほど美しく聡明な方なら」

「じゃあ、カミーユ様が貰ってくれます?」


「おや、もう自棄になってませんか?」

「そうかもしれません、どうせ想い人とは添い遂げられませんから、だから、もう誰でも同じなのです」


「それはちょっと、僕に対して失礼では?」

「ほんとですわね、つい、あなたには本音が漏れてしまいましたわ」

 エリーゼは悪戯っぽく笑った。


 彼女が僕に恋愛感情を持っていないことはわかっている。彼女の心に他の人がいることには気付いていた。でもその相手は決して結ばれることがない人だと言うことも……僕と同じなのだ。


 僕たちの急接近に、周囲は眉をひそめていた。ユースタスはことのほか心配しているようだった。いいさ、少しはヤキモキすればいい。僕のことで頭が一杯になればいいんだ。



   *   *   *



 その夜は、ビリアーズ公爵家主催の舞踏会に出席していた。


 ステファンと娘エリーゼを婚約させることをまだ諦めていない公爵は、もちろん王太子となったステファンを招待した。シエナをエスコートして来ることはわかっていても、自分の娘の方が優れているという自負があるのだろう。エリーゼはいつも以上に美しく着飾されていた、まさに豪華に装飾された人形だ。


 シエナも美人だが、客観的に見ればエリーゼには敵わない。それでもステファンの気持ちは一ミリも動かないから有難いことだ。


 公爵令息のユースタスも招待されており、ジュディスを伴っていた。まだ婚約者がいない僕とアンソニーは少々肩身が狭い。


「今日は妹と踊らないのか?」

 アンソニーに聞かれた。人のことを気にしていないで、誰かを誘えばいいのに。

「ステファンがシエナを放さない」

「かなり警戒してるよな」

「警戒と言うより見せつけてるんだよ、自分の婚約者はシエナだって」


 ビリアーズ公爵は事あるごとにエリーゼとステファンの婚約話を国王陛下に打診しているようだが、いくらコーネリアス殿下の件で負い目があるからと言っても、我がバートレット侯爵家だって、それなりに地位はあるから無茶は出来ない。表立っては動いていないが、何か企んでいそうで不気味だとステファンも警戒していた。


 そんなことをボーっと考えていると、いつの間にかエリーゼが横に立っていた。

「そんなに見つめたら周囲に気付かれてしまいますよ」

「えっ?」

 どうやら無意識に、踊っているユースタスに釘付けになっていたようだ。


「ペラン公爵子息とは踊れないでしょ、役不足かも知れませんが私と踊ってくださる?」

「喜んで」

 僕たちはダンスホールに躍り出た。


「やはり見抜かれていましたか」

「ええ、初めて騎士修練場であの方と立ち合いをされている時に気付きました。道ならぬ恋に心を痛めているのだと」

「参りました、鋭い観察眼をお持ちなのですね」

「私と同じだからですよ」


「二コル嬢ですね」

「あら、あなただって見抜いているじゃありませんか」

 エリーゼは悪戯っぽく微笑んだ。それがいつもの貼り付けたような淑女の笑みではなかったことに周囲の人たちも目敏く気付いて騒めいた。


 きっと、僕たちの仲を誤解しているのだろうな。


 その夜、一番の注目は王太子殿下と婚約者シエナではなく、僕とエリーゼだった。ビッグカップルの誕生か? と言う囁きが聞こえた。


 ダンスが終わったエリーゼをビリアーズ公爵は苦い笑みで迎えた。おそらく僕なんかにかまっている暇あれば、ステファンを篭絡しろとでも言っているのだろう。





「本当のところはどうなんだ? エリーゼ嬢との仲は」

 一人になった僕の元へステファンが寄ってきた。


「友達になったんだ」

「俺から彼女を遠ざけようとして近付いたんじゃないだろうな」

「それはないよ、純粋に彼女に興味を持ったんだ、美しくて聡明な人だろ」

「惚れてるのか?」

「そういうんじゃない、恋愛感情はない」

 強いて言えば同志のような存在だ。


「それを聞いて安心したよ」

「どういう意味だ?」

 ステファンは答えずに、口角を少し上げた。彼がこんな顔をするときは何か企んでいる時だ。なんか嫌な予感がする。


「ユースタスも心配していたぞ、今まで、どんな令嬢に言い寄られても見向きもしなかったお前が初めて興味を示したんだ。エリーゼ嬢のことはあまり好ましく思っていないようだけど、お前が気に入っているのなら応援したいと」


「応援か……」

 残酷な言葉だけど、彼の本心だろう。純粋に俺の幸せを願ってくれているのだと思う。


 その時、場内が騒然とした。


 武装した賊がなだれ込んだのだ。

 女性の悲鳴が響き、場内はたちまちパニックに陥った。





「よくも俺を陥れてくれたな!」

 叫んだのはコーネリアス、堂々と顔を晒してさらしている。

 彼に従っている賊は傭兵か? いや、それだけではなくこの国の貴族の子息や騎士もいる。どういう集団なんだ? それにコーネリアスには監視が付いていてんじゃないのか? なんてなんて考ええている暇はなかった。


 僕は倒された騎士の剣を拾い上げて応戦した。ステファンは近衛騎士にしっかりガードされているから大丈夫。シエナは!? 彼女も近衛騎士に守られている。王家の影も付いているはずだ。


 ユースタスは?


 彼はなぜかエリーゼの傍にいた。

 コーネリアスの狙いは逆恨みしている彼女だ。それがわかって護ろうとしているのだろう、正義感の強い奴だから。


 でも、数が多い、確実にエリーゼの命を狙っている。

 僕は真っ直ぐそちらへ向かった。

 エリーゼの護衛はあえなく倒されて、ユースタス一人が応戦していた。


 危ない!

 間一髪、ユースタスに斬りかかろうとしていた賊を倒した。初めて人を斬った感触に震えながらも、彼の額から血が流れているのを見て頭に血が上った。


 よくもユースタスを!!!





 それからのことはよく覚えていないが、数分の出来事だったと後から聞かされた。


 僕の周りには切り捨てられた賊の遺体が横たわっていた。足元は血の海だ。エリーゼは気を失い、二コルに抱きかかえられていた。

 ユースタスは茫然と立ち尽くしていたが、僕の横に来て剣を持つ僕の手に、そっと自分の手を重ねた。


「もう、終わった」

 剣を固く握りしめた手を優しく解いてくれる。そして震える僕の肩を抱き寄せてくれた。


「ありがとう、君が来てくれなければ俺はられてた」

「なんで、なんで向こうで大人しくしていなかったんだ、君には関係ないだろ」

「賊の狙いがエリーゼ嬢だとわかったから、だって、彼女はお前の大切な人だろ、護らなきゃって思ったんだ」


 二コルに横抱きにされて運ばれていくエリーゼに視線を流した。彼女にケガはないはずだ、きっと僕の凶行が見るに堪えなかったのだろう。


「バカっ、君の方が大事だよ」

 僕はユースタスの肩に顔をうずめた。


「カミーユ!」

 シエナが駆け寄った。

「凄いわ! 本当に天才だったのね!」

 初めての実戦で、まだ体の震えが止まらない僕の背中を、シエナはハイテンションでバシバシ叩いた。この死体の山を見て怯えないなんて、どれだけ図太いんだ? ジュディスは青ざめているじゃないか。


「見た? カミーユの大活躍」

「見たよ、さすがだ」

 近衛騎士から解放されたステファンも目を丸くしていた。


 騎士たちはさっそく事後処理に取り掛かっていた。


「それにしても、ここまで愚かだとは思わなかったよ」

「ああ、降爵ではすまないな」

「いや、もうどんな処分も受けないよ」


 そう言ったステファンも視線の先には、コーネリアスが横たわっていた。


 混乱の中、誰かに斬られたのか?

 僕じゃないぞ。



   *   *   *



 事件の後、僕は情けなくも寝込んでしまった。あの時は無我夢中だったけど何人もの人の命を奪ったんだ、平気でいられるわけはない。


 そんな僕の気持ちとは裏腹に、噂が尾ひれをつけて広がっているらしい。

「百年に一人の天才が、百人の賊を切り捨てた、なんてもっぱらの評判だぞ」

「押し入ったのは多くても五十人くらいだったろ、百人もいなかったのに、誰が言い出したんだろ」


 見舞いに来てくれたユースタスとステファンはケラケラと笑った。勘弁してくれよ、人の気も知らないで。

「お前が寝込んでいることは秘密だ。ヒーローがこんなんじゃ格好つかないからな」


「でも凄かったよ、あっという間に何人も倒しちゃうんだもんな、どうやったらあんな動きができるのかわからないよ、普段はおっとりしているのに」

 自分でもわからない、あの時はユースタスが血を流しているのを見て、頭が真っ白になって……勝手に体が動いていたんだ。


 王族や高位貴族が出席していた舞踏会が襲撃を受けたことは大問題になった。招待客に被害は出なかったものの、護衛騎士の何人かは命を落とした。ビリアーズ公爵家の警備体制も問題になった。


 そして、その場所で元王太子のコーネリアスが命を落とした。

 誰がコーネリアスを斬ったのか、あの状況で特定は難しいだろう。


 捕縛された者たちはコーネリアスが雇ったマゼラン国王の傭兵だけではなく、我が国の貴族も混じっていた。彼らはビリアーズ公爵家に恨みを持つ家の者たちだった。詐欺まがいの投資話で借金を抱え、領地を奪い取られて没落した貴族が何軒もあるらしい。


 ビリアーズ公爵に恨みを持つ者たちの情報をどうやって掴んだかは知らないが、彼らと徒党を組んで、コーネリアスはビリアーズ公爵家に押し入ったのだ。


 目的は二つ。

 一つ目は人を騙して私腹を肥やすビリアーズ公爵の悪事を暴くためという大義名分の基。二つ目は婚約破棄を根に持って陥れた、エリーゼへの復讐。こちらは完全な逆恨みだけど。


「なんて馬鹿なことをしたんだろうね」

「力を示したかったんだよ、自分は二つの王家の血を引く王子だと……ビリアーズ公爵家の悪事を暴けば、認められてまた返り咲けると信じていたんだろうな」


 ステファンがコーネリアスの動きを把握していなかったとは思えない。こうなることは予想していたか、それともこうなるように仕向けたのかもしれない。


 本来なら、王族が起こした公爵への暴挙に対して、ビリアーズ公爵は損害賠償を請求できる立場だが、そうはいかなかった。


「結局、あの騒動がきっかけで、どさくさに紛れて王宮調査室が家宅捜索したところ、今までは掴めなかった詐欺や横領の証拠が出てきた、ビリアーズ公爵は裁かれる」

「ビリアーズ公爵家はどうなるんだ?」

「まだ決まっていない。公爵の息子は恐れをなして隣国で姿をくらましたし、爵位と領地は剥奪されることになるんじゃないかな」


 王太子の座をあきらめきれなかったコーネリアスと、娘を王太子妃にすることに執着したビリアーズ公爵、都合よく二人とも潰れた。


「エリーゼ嬢は?」

「彼女に罪はないと言っても、未来は暗いだろうな。親戚筋に身を寄せるにしても肩身は狭いだろうし、冷遇される恐れもある、今まで公爵令嬢として何不自由なく暮らしてきた彼女にとっては辛いものになるだろう」


 いいや、今までだって十分辛い目に遭っている。それ以上に過酷な運命を受け入れなければならないのか。


「お前がその気なら、お膳立てしてやることは出来るぞ」

「俺がその気って?」

「エリーゼ嬢のことだよ、婚約するなら彼女の養子先を探して」

 ああ、そうか、そうすれば彼女を護ることが出来る。でも……。


「そうだな、彼女がそう望むなら」



 ちなみに、カンナ嬢はフロンターレ男爵家ごと行方知れずらしい。うまく逃げおおせたのか、人知れず消されたかはわからない。



   *   *   *



 エリーゼは望まなかった。


「カミーユ様のお申し出は本当にありがたいです。きっとあなたは私を大切にして下さるでしょう。でも、それは周囲を欺く偽りの関係、二人して偽りの人生を送るなんて、空しいとは思いませんか? あなたはいい方です、だからこそ、傷を舐めあうような関係にはなりたくないのです」


 僕は自分の狡さを認識した。そうなんだ、僕の気持ちを知っているエリーゼと婚約すれば楽だろうと考えたんだ。


「貴族の婚姻は政略が多いです、愛のない婚姻は多くあります。私も覚悟はしていました。しかし、今の私は自由なのです、もう囚われるモノはないのです」

「自由……ですか」


「修道院へ行くことにしました。陛下のご温情で婚約破棄の慰謝料は私の手元に残るようにしてくださいました。一生、不自由なく暮らせる額です。修道院へ行くと言ってもずっと居るわけではなく、ほとぼりが冷めるまでです」

「そうですか」


「二コルに……告白したんです。一緒に来てくれないかと」

「えっ?」

 エリーゼは寂しそうに目を伏せた。

「きっぱり断られました。私の想いに応えられないと……当然ですよね、あのような姿をしていても彼女は紛れもない女性なのですから。でも、スッキリしました、これで前に進めます。せっかく自由になれたのですもの、これからは自分を包み隠さずに、好きなように生きてみたいと思っておりますのよ」


「好きなようにって言っても、貴族令嬢一人では」

「もう平民です。ですがただの平民ではありません、王立学園主席の成績を誇る知識豊富な平民ですのよ。そして、図太い神経の持ち主でもあります。私にも出来ることはあるはずです、思うままに生きてみます」

 エリーゼは肩を竦めて悪戯っぽく笑った。彼女もまだ十七歳、淑女の仮面を外せば、こんなお茶目な表情が出来る少女だったんだな。


「あなたもいつか仮面を外せる日が来るといいですね」



   *   *   *



 僕たちは通常の生活に戻り、放課後はいつものように剣術練習場に来ていた。ユースタスはあの事件以来、一層鍛錬に力を入れていた。


「修道院へ行ったんだって?」

 休憩中、ユースタスは僕の肩を抱き寄せた。

「そう気を落とすな、彼女じゃなかったんだよ、お前もいつか運命の人と巡り逢えるさ」

「君、なんか嬉しそうじゃない? 僕がフラれたこと面白がってる?」


「そんなことはない、決して! ただ、……彼女のことはどうも苦手だったから。お前とはこの先もずっと付き合っていくだろ、将来家族ぐるみの付き合いをするのなら、馴染み易い人がいいじゃないか」


 ずっと付き合っていく……か。そうだな、僕が彼を困らせるようなことを口にしなければ、このまま友人としてずっと一緒に居られるのだろう。僕にはエリーゼのような度胸はない。拒絶されるのが何より怖いから。


 僕はずっと仮面を着け続ける。

 そして、ずっとユースタス、君の傍にいるよ。


   おしまい


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 婚約破棄からはじまる物語をシリーズにしましたので、他の作品も読んでいただければ幸いです。

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