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第9章 もつれ

その直後、

最初に失われたのは、音だった。


足音も、呼吸もある。

なのに、それらが世界に反映されない。


遅れているのではない。

届いていない。


「……あ」


声が、途中で薄くなる。


自分の口が動いた感覚だけが残り、

空気は、何も受け取らなかった。


「トーリン……?」


灯凛は、すぐに立ち止まる。

振り返り、シアを見る。


「……ね」


その声は、ちゃんと届いた。


「今から」

「シアの声、たまに落ちると思う」


落ちる、という言い方。


壊れるでもなく、

消えるでもない。


「世界がね」

「追いつくの、やめたみたい」


足元を見る。


舗装でも、土でもない。

“処理されていない地面”。


「ここから先」

「世界のほうが、あと」


「わたしたちが、先」


理解は追いつかない。

けれど、否定もできなかった。


風は吹いているのに、肌が揺れない。

影は伸びているのに、位置が定まらない。


世界が、遅れている。


「ね、シア」


灯凛の声は低い。


「怖くなったら」

「言って……ほしい……」


短い沈黙。


「……うん……」


その直後――


景色が、書き換わった。


建物の輪郭が荒れ、

色が、まとめて抜け落ちる。


世界が、

“簡易表示”に切り替わった。


シアの足が、無意識に止まる。

視界の情報が、追いつかない。


「……トーリン……これ……?」


「大丈夫」


灯凛は、迷いなく距離を詰める。


背中ごと包むように、

シアを引き寄せた。


「まだ、踏める」


進める、ではない。

踏める。


その瞬間。


空気が、裂けた。


音でも、振動でもない。

規則そのものが、破れる感覚。


灯凛は、腕の内側にシアを収めたまま、

囁く。


「目、閉じよっか」


白銀が、世界を貫いた。


セラフィスの剣圧。


姿は見えない。

距離もある。


それでも――

“到達している”。


地面が抉れる。

いや、抉れたという結果だけが残る。


視界が、白く弾けた。


灯凛は、動かない。


逃げない。

隠れない。


ただ、計算する。


「……うん」


小さく、独り言。


「予定通り……だよ」


「セラフィス」

「まだ、本気じゃない」


温度のない声。


「でも」

「もう、誤差はない」


誤差。

逃げ場の余白が、消えたという意味。


灯凛は、シアの手を強く握る。


その力に反して、

声はやさしい。


「大丈夫」

「ちゃんと、ついてきて」


問いではない。

確認でもない。

支えるための言葉だった。


意味を理解する前に、

身体が先に応えた。


灯凛は、言葉を探さない。


「行く」


白銀が、降りる。


正義が、

距離を無視して踏み込んでくる。


「異常介入体」


澄んだ声。


「これ以上の逸脱は」

「世界秩序への不可逆損失を招く」


灯凛は、じっと見た。


「……へえ」


シアを、背に庇う。


「正義って」

「そんなに説明、要るんだ」


白銀が、走る。


灯凛は、避けない。

ずらす。


世界の層を、

紙一枚分、滑らせる。


剣は、空を切る。


――切れたはずの“距離”が、

なぜか、残っていた。


次の瞬間、

白銀と光翼が、真正面からぶつかった。


正義と、

理由のわからない選択が。


そしてシアは、

胸の奥が、はっきりと痛むのを感じた。


それが何かは、まだ言えない。


けれど――


もう、戻れないことだけは、

確かだった。

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