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第6章 正鵠

街の音が、背後で薄くなっていく。


足音はまだ続いているのに、

誰かの気配が、少しずつ遠くなる。


――いや。

遠くなっているのは、世界のほうだった。


建物の並びが途切れ、

舗装の整った地面が、ざらついた素材に変わった。


シアは、無意識に足を止めかける。


「……ここ……」


見たことのない場所じゃない。

でも、来てはいけない場所として、

ずっと避けられてきた方角だった。


「うん」


灯凛は、当たり前みたいに答える。


「ママたちが言ってた通りだね」


責めるでもなく、怖がるでもなく。

ただ、事実として。


「……ほんとに……」

「こわーいの……いる……?」


シアの声は、少しだけ震えた。


灯凛は立ち止まり、

地面に落ちている欠けた石を、つま先で転がす。


「いるよ」


あっさり。


「でもね」

「あれ、強いだけ」


シアは目を瞬かせる。


「……え……?」


「パワーは反則級」

「でも、のろい」


石が、ころんと転がる。


「だから、当たらなければ平気」


あまりにも軽い言い方。


そのとき。


地面が、わずかに震えた。

地面が、わずかに鳴った。


一度だけ。

合図みたいに。


遠くで、

何かが“間違った重さ”で動いた。


空気が、低く鳴る。


シアの背中に、ぞわりとした感覚が走る。


反射的に息を止めていた。


灯凛は、ちらりとそちらを見る。


「ほら、あれ」


影の向こうで、

建物の残骸がゆっくりと傾いた。


姿はまだ見えない。

でも、大きすぎることだけは、はっきりわかる。


「ね?」


灯凛は、シアを見る。


「正面から行くと、めんどくさい」


「……め、めんどくさい……」


「うん」


当然の判断。


「だから――」


灯凛は、シアの手を引いた。


「隠れよ」


次の瞬間。


世界が、ほんの少しだけ“静かになる”。


音が消えたわけじゃない。

存在が薄くなっただけ。


巨大な影が、すぐ近くを通り過ぎる。


通り過ぎた――はずなのに、

地面の震えだけが、少し遅れて残った。


シアは、息を殺す。


灯凛は、欠伸を噛み殺すみたいに小さく言った。


「ほら」

「ね、のろいでしょ」


怪物は、

二人がいた場所を踏み潰しながら、

別の方向へ進んでいった。


完全に、気づかれていない。


シアは、やっと声を出す。


「……た、倒さなくて……いいの……?」


灯凛は、少し考えてから答えた。


「起きてないから」


「……え……?」


「起きてる時に叩くと」

「かわいそう」


その言葉は、

倫理でも正義でもなく、感覚だった。


灯凛は、歩き出す。


「行こ」

「次は……」


空を見上げる。


「もう少し、うるさいのが来る」


その言い方は、

予告というより、天気の話みたいだった。


シアの胸の奥で、

あの線が、また微かに鳴る。


一本じゃない。

重なっている。


——確信だった。


まだ、ここは入口だ。

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