第3章 泣きそうな声
光が消えた広場には、
祝祭の余熱だけが取り残されていた。
世界は幸福を讃え、
人々は涙を喜びとして流し続けている。
ただ、その中心で──
ひとりの少女だけが、
静かに立ち尽くしていた。
胸の奥に、
生まれたことのない“熱”が灯る。
痛みでも、怒りでもない。
けれど確かに、
何かが形を得ようとしていた。
世界の奥底で、
細いひびが、ひとつ走った。
広場の端で、
最後の欠片が
世界の口へ吸い込まれる瞬間──
胸の奥で、
もうひとつ何かが割れた。
音はない。
涙もない。
ただ、
静かに世界が軋んだだけだった。
そのとき。
空気が、
世界とは別のリズムで揺れた。
光が沈み、
音が消え、
空がゆっくりと“めくれる”。
風は吹いていないのに、
髪が、そっと揺れる。
頬に触れたのは、
温度を持った
“だれかの指先”。
そして。
空に、光が咲いた。
幾枚もの光翼。
羽ではない。
物質でもない。
世界の余白に残った
光の雫でできた、
儚い翼。
それは祝福ではなかった。
奇跡でもなかった。
──介入。
光の中心から、
ひとりの少女が降りてくる。
重力の存在を
忘れたような落下。
舞うようで、
祈るようで、
ただ、美しかった。
白でも、黒でもない。
世界そのものを
透かすような髪が揺れた。
少女の指先が、
シアの頬に触れる。
その温度は、
優しさと哀しさの
境界線にあった。
そして、
世界でいちばん
静かな声が落ちる。
「……あなた、
泣きそうな声をしてる。」
祝福のざわめきが止んだ。
祈りが止まり、
光が息をひそめる。
少女は、
シアの頬を
そっと拭う。
涙はない。
でも、
“こぼれそうなもの”を
受け止めるように。
「その痛み──
私が少しだけもらうね。」
光が揺れ、
世界が軋んだ。
その刹那。
セラフィスの
白銀の剣が
シアへ振り下ろされる。
だが、
光刃は
透明な膜に
吸い込まれるように消えた。
少女が立っていた。
シアの前に、
静かに、
揺るがず。
幾枚もの光翼が広がり、
世界の理を
上書きするように
空気が震える。
祝福でも、
粛正でもない。
ただ、
ひとつの意志。
──救うという意志。
少女は振り返り、
セラフィスを見る。
その瞳は、
深い黒。
光にも、影にも染まらず、
ただ、
世界の綻びだけを
静かに映していた。




