第21章 不尽
静かな闇が、世界を包んでいた。
色はない。
匂いもない。
音だけが、均一に整えられている。
表情が変わらないまま、
こちらを向いている。
ただ、それだけだ。
――なのに。
そこに、人はいた。
誰も走らない。
誰も叫ばない。
逃げるという概念が、
この世界から、削がれている。
表情は、最後まで動かないまま、
身体だけが、わずかに震えている。
祈る手も、拒む声もない。
ただ、こちらを向いている。
(……あれ?)
シアは、気づく。
(わたし……)
(この景色と……)
――――つながって、ない。
見えてる。
聞こえてる。
……なのに。
あの熱が、来ない。
なら。
ひとつ、息を吸う。
そして――
一歩、前へ。
あの時の歓声は、ない。
温度のない熱も、ない。
それでも。
あの時と、同じ。
――今も、見てくれてるかな。
「あの時に、私が踏み出せなかった一歩」
「……ここで使うね」
「シア!?」
灯凛の声が、掴めない。
距離が、意味を失っている。
声は、確かに向けられていた。
だが、言葉になる前で、ほどけていた。
「トーリン」
「じぃじ」
小さな声。
それでも――
(シアは、続ける。)
呼びかけに、応えは戻らなかった。
距離だけは、まだ残っている。
だから。
シアは、もう一度だけ声を出す。
「……だいじょうぶ」
「消えてない」
さらに、もう一歩。
「ありがとう……」
「たぶん、これが……ここ――」
静かに、
世界の口が、開く。
前でも、後ろでもない。
最初から、
そこだった場所。
灯凛が、思わず声を上げる。
「……シア、それ……ちが――」
声は、途中で削がれた。
シアは、
目を瞑る。
「でも……」
「もっと、一緒に――」
声が、そこで途切れた。
世界が、選択肢を消した。
灯凛の指が、空を掴む。
温度が、消える。
世界が、閉じた。
無音。




