第2章 光の綻び
朝の光は、
砂糖菓子を砕いてふりまいたように街を包んでいた。
色も匂いも、昨日とまったく同じ。
人々は同じ歩幅で笑い、
同じ呼吸で幸せをまとっている。
──なのに。
そこにいたのは。
昨日、MEL-111 が立っていたのと
まったく同じ位置。
まったく同じ姿勢。
まったく同じ“光の当たり方”。
その場所に──
LUN-314 が立っていた。
光を見上げ、静かに、穏やかに。
世界の誰もが
「そこにいるのが当然だ」と
受け入れてしまうほど、自然に。
その自然さこそが、
不自然だった。
空が裂けた。
昨日よりも濃い白銀の光が落ちてくる。
広場が歓声で沸き返る。
「きゃあああっ……! セラフィス様!」
「今日は光が強いわ……特別な祝福よ!」
「見て……あのマント、昨日より光がこぼれてる……!」
セラフィスが舞台に降り立つ。
白銀の鎧。
白い髪。
背に広がる光のマントは、
幸福の象徴として揺れていた。
その姿は、完璧で、清らかで、幸福そのもの。
──そのように“見える”ように、
世界は調律されていた。
『幸福なる者たちよ。
これより LUN-314 の祝福を執行する。
祈りを。』
広場全体が、恍惚の祈りで震えた。
ルンが、ひとつ息を吸う。
そして、一歩──前へ。
光が深まり、
祈りが高まり、
熱が満ちていく。
セラフィスが剣を掲げた瞬間、
歓声が爆ぜた。
「LUN-314、よかったね!!」
「最高の光よ……感動する……!」
「次はもっと幸福に……!」
「セラフィス様……どうか……どうか……!」
祝祭の熱。
信仰の熱。
狂気の熱。
光が剣に収束し、
白銀の軌跡が
ゆっくりと弧を描く。
そして──
祝福の刃が落ちた。
音すら存在を拒む一瞬。
次の瞬間、
世界は歓声で満たされる。
「美しい……!」
「今日の祝福は格が違う……!」
「なんて清らかな……!」
「LUN-314、幸せに……幸せに……!」
光が消える。
舞台には白い霞が漂っていた。
歓声と涙と祈りが渦を巻く。
そのどれもが幸福に満ちていた。
民衆には──そう見えていた。
だが、その中心で。
ひとつの影が、
ゆっくりと崩れ落ちていった。
返り血が、
砂糖菓子のような光景を
静かに染めていく。
世界は、それを
“祝福の輝き”と解釈した。
たったひとつの悲鳴も、
たったひとつの SOS も、
世界は拾わない。
今日も清らかに、祝福は執り行われた。
世界は幸福だった。
「祝福よ……」
「次こそ幸福を……」
「光に還れ……」
祈りが咲き誇るその中央で、
淡く崩れかけた影が横たわっていた。
もはや
“ルン”という形は残っていなかった。
セラフィスは淡々と
Grace の抽出を終え、
それを収容し、
何事もなかったかのように
世界へと役割を返した。
残された抜け殻へ、
世界の手がそっと触れる。
その触れ方は、
あまりに丁寧で、柔らかく──
壊れ物を慈しむようで。
だからこそ、
底知れぬ残酷さを孕んでいた。
肢体は、
繊維の走る方向に従ってひらかれた。
白い肌が露わになり、
淡く赤が滲む。
ひとつの破片が
静かに持ち上げられ、
果実が熟れて落ちるような、
湿ったやわらかい音が
空気を震わせる。
世界はそれを淡々と
“処理”していく。
幸福の循環として。
光に還すための
整った手順として。
そして──
崩れかけた顔の部分が、
ゆっくりと
シアの方を向いた。
形を失いかけた瞳が、
薄い膜を透かすように
微かに開く。
そこには
悲鳴も、恐怖も、なかった。
声を求める気配も、ない。
ただ、ただひたすらに──
シアを見た。
“助けて”でもなく。
“逃げて”でもなく。
それは、
「わたしは、ここにいた」
と告げるためだけに残された、
最後のまなざし。
ほんの一瞬。
一秒にも満たない。
なのに、
それは永遠より重かった。
次の瞬間、
瞳は光を失い、
砂糖菓子が崩れるように
淡く砕けた。
世界の口が、
静かにそれを取り込んだ。
歓声は続いていた。
祈りも、笑みも、涙も。
どれもが幸福に満ちていた。
ただ一人。
シアだけが、
その光景を
“見ていた”。
胸の奥で、
何かがひび割れ、
熱を帯び、
形にならないまま
大きく膨らんでいく。
それが“痛み”だと
気づくには、
まだ言葉が足りなかった。
けれど。
その瞬間から、
世界はもう
優しくなかった。




