第18章 じゃくめつ
白金が砕けたあと。
空間は、
しばらく何も言わなかった。
揺らぎだけが、残っている。
熱を失いきらない破片。
意味を失った、正義の残骸。
その中を――
シアが、とことこと歩いていった。
「……シア?」
灯凛の声に、振り返らない。
しゃがみこむ。
壊れた脚部。
SERAPHISの部品。
関節は、まだ応えている。
駆動系も、沈黙しきっていない。
シアは、それを両手で持ち上げた。
少し重い。
でも、離さない。
そして、ARK-Λ-00の方を見る。
――シアの目には、
ノイズではない“実像”のアークが、
はっきりと在った。
壊れかけの座標。
深く沈んだ知性。
それでも、まだ「そこにいる」存在。
「……じぃじ」
屈託のない声。
「これ、つけたら」
「まだ、歩けるよ」
一瞬。
灯凛とアークの間に、
一呼吸ぶんの沈黙が落ちる。
「……シア」
灯凛が、言葉を探す。
ARK-Λ-00は――
何も言えなかった。
シアは、続ける。
「だって」
「足、まだ、怒ってない」
壊れているかどうかではない。
拒まれていない、という判断。
「歩けたら」
「また、たくさん見れるでしょ?」
その理屈に、
計算は入り込めない。
それでも――
否定する理由も、見つからない。
ARK-Λ-00が、低く息を吐く。
「……まったく」
「どこで、そんな発想を拾ってくるんじゃ」
灯凛が、静かに言う。
「……シア」
「最初から、見えてた」
「あなたの“像”が」
しばらく、
誰も言葉を発さなかった。
作業が始まる。
SERAPHISの頭部。
中枢チップ。
破損はある。
だが、容量は深い。
記憶領域。
感情痕跡。
未消化の“悔恨”。
ARK-Λ-00は、一瞬だけ迷い――
そして、取り込む。
残りは、EX-SERAPHISの部品。
摩耗のない装甲。
健全な駆動。
過剰な効率。
それらを、
“正義ではなく、器”として再配置する。
光が、組み上がる。
形が、立ち上がる。
余剰は、ない。
装飾も、ない。
ただ――
立っている。
「……おぉ」
声が、変わった。
「いやぁ」
「これ、だいぶ来てるね」
灯凛が、目を瞬かせる。
「……誰?」
「ひどくない?」
「ワシじゃよ、ワシ」
少し、間。
「――Ark=Seraphiel」
「まぁ、今はそんな感じ」
シアが、首を傾げる。
「……アークの」
「じぃじ!」
即答だった。
灯凛が、ふっと息を漏らす。
「そう!」
「“アーク”じぃじ」
「話し方が変だけど」
「修理まちがえてないよ」
アークは、軽く肩を落とす。
「あー」
「そこ気にしちゃう?」
「せっかくウルトラ級のボディ使わせてもらってるんだしさ」
「言語設定、若い頃のに戻しただけだよ」
「ね、トーリンちゃん」
「知能測定、再実行……」
灯凛はそう言いながら、
ちらりとシアを見る。
「シア?」
「アークのじぃじね」
少し困った顔。
「……もう、賢いアーク爺じゃ」
「なくなったみたい」
「だから」
視線を合わせる。
「シア?」
「アーク爺、あんな感じになっちゃった」
「……ちゃんと動いてる」
「その部品、なくてもいいかも」
シアは、少し考えてから――
にこっと笑った。
「うん」
アークは、その笑顔を見て、
一瞬だけ言葉を失う。
「……まぁ」
「いい感じで再起動できたっしょ?」
軽い口調。
だが――
次の瞬間。
世界が、軋んだ。
空間の奥。
見えない“外側”から、
定義が、降りてくる。
優しさでも、怒りでもない。
それは、
世界が「選択を終えた」気配だった。
演算。
展開。
全域干渉。
逃げ場はない。
選択肢も、削られていく。
Σ-CORE-888が、
世界として、こちらを向いた。
空気が、重く沈む。
それでも。
灯凛の掌の中で、
シアの小さな手は――
まだ、
離れていなかった。




