第16章 白銀
白銀は、そこに立っていた。
――いや。
立っているように、
見えていただけだった。
灯凛の背で、
脈打つ光と振動が、静かに回転する。
解析。
分解。
再定義。
世界のどこかから流れ込んでいた
“幸福の形”が、
数式に触れた瞬間――
白銀の輪郭が、
粒子単位で剥がれ始める。
ドットが欠け、
面が崩れ、
均整という虚像が、音もなく落ちていく。
美しく描かれた理想が、
実体を失っていく過程。
その下から現れたのは――
血に濡れ、
傷だらけの鎧。
白銀ではない。
磨かれもしない、現実の色。
赤黒く乾いた痕が、
幾重にも刻まれている。
裂けた外装。
欠けた刃。
修復されない関節。
そして――
鎧の隙間に絡みついたままの、
他者の痕跡。
引きちぎられたままの髪。
血に染まり、乾いて固まった束。
粛正された存在が、
最後に掴もうとした“何か”だけが、
そこに残っていた。
セラフィス。
均衡は、
とっくに崩れている。
それでも剣は振るわれる。
正確。
速い。
無駄がない。
――誤差を消すための動作。
だが。
その軌道に、
ほんの一瞬の揺らぎが生じた。
数式が、
強制的に演算領域へ侵入する。
拒絶。
ノイズ。
遮断。
しかし、拒否は続かない。
式が、
あまりにも正しかった。
剣が、
灯凛の頭上で止まる。
深い瞬き。
「……私の、正義……は……」
演算。
再構築。
再定義。
「……まちが……え……」
――須臾。
白金の閃光が、
セラフィスの胸を突き破った。
EX-SERAPHIS。
代替。
美しく輝く白金の装甲。
摩耗のない機構。
使われた痕跡のない力。
動きは、滑らかだった。
力が満ちているのではない。
最初から、欠けていない。
補完中枢。
音もなく、
正確に、
致命点だけを穿つ。
セラフィスは、声を失う。
「護るべき民を……」
「この手で……」
言葉は、
完結する前に断ち切られた。
白金の刃が、
頭部を貫く。
懺悔は、許されない。
揺らぎの根は、即座に断つ。
正義は、
沈黙した。
剣が止まり、
世界が遷移の手前で静止した。
灯凛は、シアの前に立っている。
背中で庇う距離。
それ以上、近づけさせない位置。
シアは、そこにいる。
呼吸も、体温も、確かにある。
――そして。
少し離れた場所で、
白金の存在が、動きを止めていた。
視線だけが、
次の一点を測るように、わずかに揺れる。
赤黒い眼光が、
次の対象を捉える。
――シア。
その瞬間。
灯凛は、低く呟いた。
「……正義、ね」
そのすべてが、
誤差を消すための動作だった。




