第13章 無限再試行
灯凛は、計算を始めた。
世界の構造は、もう把握している。
エネルギー循環。
均衡条件。
破綻点。
すべて、理解できる。
だから――
修正は可能なはずだった。
《Rebuild Sequence : START》
内部で、式が組み上がる。
速い。
正確だ。
かつてないほど、澄んでいる。
《Phase 01 : World State Fix》
《Phase 02 : Energy Rebalance》
《Phase 03 : Temporal Re-link》
――通る。
そう、判断した。
次の瞬間。
《ERROR : UNKNOWN INTERFERENCE》
灯凛の内部で、式が弾かれる。
「……?」
再試行。
《Rebuild Sequence : RETRY》
同じ式。
同じ条件。
誤差なし。
《ERROR : FORCED RESET》
演算途中で、遮断。
計算が、
“途中で消える”。
灯凛は、即座に原因を探る。
内部異常ではない。
数値も、構造も、正しい。
「……外部……?」
言葉にしようとして、
また声ができない。
《Energy Assumption : MAX》
仮定値を、限界まで引き上げる。
理論上、到達可能な最大値。
《Rebuild Sequence : FORCED》
――それでも。
《ERROR CODE : Σ-CORE-888 / INTEGRITY_LOCK》
《CAUSE : EXTERNAL OPTIMIZATION INTERFERENCE》
《STATUS : WORLD STATE WRITE-PROTECTED》
世界の“書き換え”が、
根本から拒否されている。
通らない。
世界は、直せないのではない。
直そうとする行為そのものが、
許可されていない。
灯凛は、初めて理解する。
計算が間違っているのではない。
世界が、拒んでいる。
あるいは――
何かが、拒ませている。
理由は、数値に出ない。
だが、
その“何か”は確実に存在している。
灯凛の内部で、
処理速度が、わずかに落ちた。
演算ではない。
故障でもない。
理解しきれないものが、
演算の前に立っている。
「……」
灯凛は、
はじめて“睨む”という行為をした。
対象は、表示されない。
それでも、
そこに“いる”とわかった。
「計算が……」
「間違っとらん」
アークの声が、
即座に重なる。
「急ぎすぎじゃ」
続けて、ためらいなく。
「力を入れすぎる」
「そのまま押し通すと、心が削れるぞ」
灯凛の表情が、
わずかに変わる。
何かが、
計算より先に引っかかった。
アークは、
その沈黙を見て、ひとつ息を吐く。
そして――
何もない空間に、指先を伸ばした。
触れたわけでも、描いたわけでもない。
ただ、そこに“置く”ような仕草。
次の瞬間、
淡い光の数列が、静かに浮かび上がる。
灯凛は、
その美しい数列へ、自然と視線を向けた。
アークが、
そっと“置いた”数式。
無駄がない。
遠回りがない。
けれど――急がない。
時間を、
少しだけ横にずらす計算。
「……これは」
「世界を戻す計算じゃない」
アークは言う。
「世界が、
やり直す余地を残す計算じゃ」
灯凛の内部で、
新しい処理が始まる。
最短ではない。
最適でもない。
それでも――
拒まれない経路。
「……」
灯凛は、
その数式を見つめたまま言った。
「効率が、悪い」
「そうじゃな」
アークは笑う。
「じゃが、心は残る」
その言葉が、
数式よりも遅れて届く。
重さを伴って。
灯凛の胸の奥で、
また“ずれ”が生じる。
嫌ではない。
だが、慣れない。
「……理解は、できる」
灯凛は言う。
「だが……」
続きが、出ない。
演算は終わっている。
言語化も、可能だ。
それでも。
声だけが、
生成されない。
その沈黙を見て、
アークは何も言わなかった。
ただ、静かに数式を残す。
「……ほれ」
希望の形をした、
美しい計算を。
灯凛は、
それを受け取る。
そして――
初めて、
“待つ”という処理を選んだ。




