12月27日 土曜日
12月27日、土曜日。朝から胸の奥が重かった。昨日の夜、縁側で「明日が来なければいい」と思ったけれど、時間は容赦なく流れていく。母が「そろそろ準備しなさい」と声をかけ、僕とエミリーは荷物をまとめた。彼女のスーツケースはすでに玄関に置かれていて、見慣れた家の風景の中で異質に見えた。
車に乗り込むと、冬の街並みが窓の外を流れていった。エミリーは窓に顔を近づけ、静かに景色を眺めていた。
「Jun… Tokyo is big. So many memories」
「うん…僕も忘れない」
短い言葉しか出てこなかった。言葉を重ねれば重ねるほど、別れが近づいてしまう気がしたからだ。
羽田空港に着くと、人の波とアナウンスの声が押し寄せてきた。広いロビーの天井を見上げると、冬の光がガラス越しに差し込んでいた。エミリーはスーツケースを引きながら、少し緊張した顔をしていた。
チェックインを済ませると、出発ロビーでクラスメイトたちが待っていた。昨日の学校での約束通り、何人かが見送りに来てくれていたのだ。
「エミリー!最後に会えてよかった」
「また日本に来てね!」
彼女は笑顔で「Yes, I’ll come back」と答えた。その声に、みんなが「絶対だぞ!」と返す。記念写真を撮るとき、僕は彼女の隣に立った。シャッターの音が響いた瞬間、胸が締め付けられるような気持ちになった。
やがて搭乗時間が近づき、アナウンスが流れた。友人たちは「じゃあな!」と手を振り、少しずつ人の波に消えていった。残されたのは僕と彼女、そして家族だけだった。
ゲートの前で、彼女は僕の方を振り返った。
「Jun… thank you. You made my days special」
「僕も。エミリーが来てくれて、本当に楽しかった」
言葉が途切れそうになりながら、必死に伝えた。彼女は少し笑って、でも目が潤んでいた。
「Don’t forget me」
「忘れるわけないよ」
彼女は小さく頷き、スーツケースを引いてゲートへ向かった。背中が人の波に紛れていく。最後に振り返って手を振る彼女の姿が、ガラスの向こうに消えていった。
その瞬間、胸の奥が空っぽになった。周囲のざわめきやアナウンスの声は聞こえているのに、僕の世界は静まり返っていた。
父が肩を叩いて「帰ろう」と言った。母も「いい思い出になったわね」と微笑んだ。僕は頷いたけれど、心の中では「思い出」なんて言葉で片付けられない気持ちが渦巻いていた。
車に戻ると、窓の外に広がる空港の景色が遠ざかっていった。飛行機の尾翼が並ぶ姿を見ながら、僕は心の奥で思った。
――彼女がいた二週間は、僕の人生で一番輝いた時間だった。
そして、その輝きは消えないまま、胸の奥に残り続けるだろう。




