3部 14~20
14話 天使達の降臨、魔女の誕生
ざらめを寝かしてから一時間ほどが経過し、目的地が近づいてきた。あと数十分もすれば空港に着陸となるとアナウンスがあった。母から街の観光も兼ねて、歩いて家まで帰ってこいとのことだ。数分歩いたらもう家で、離れたところにある商店街以外危険すぎて案内すらしたくない。それに俺の家以上にざらめは驚くこともないだろう。
「ざらめ、起きて。そろそろ着くよ」
「うん……もう…少し…」
優しく揺するうちに起きてくれない、ざらめが悪いんだからな。得意な奥の手使うとしますか。俺はざらめの耳元に近づいた。
「ざらめ…起きて…」
「耳元はっ…ダメっ…!」
即座に赤く火照る耳を手のひらで覆い隠しながらゆっくりと起き上がる。場所が飛行機の座席でなければ、俺はざらめをどうしていたか考えるだけで怖くなる。
「起こし方、もっと他になかったの?揺すって起こすとかさぁ」
「揺すって起きなかったのは誰だよ」
「だからって、耳元で起こす必要ないでしょ。しかも小声で」
「じゃあ、キスでもすればよかったの?」
「ちがっ…!もういい!」
そうこう話をしているうちに乗客か降機し始める。タイミングをみてその列にざらめと一緒についていく。そこからは大抵列の前の人がしたことを繰り返せば出られる。双方、パスポートを見せ、自分のキャリーケースを見つけ空港を後にした。
「ここから少し歩くよ、大丈夫?」
「うん!しっかりついてく!」
キャリーケースをコロコロと引き色んな道を左右に曲がりながら家に案内する。通り過ぎる家々を楽しそうに眺めていた。そういえばざらめにとっては異国だったな。
「ここが我が家だよ」
「大きい…周りの家より絶対大きい」
「まぁ…ほら、入って」
入って最初に俺達を迎えてくれたのは、妹達だった。
「「「よく、お越しくださいました!!」」」
「可愛いし、日本語!!」
「頑張って練習したんだ、な?」
「はい!あ、自己紹介しますね。三女の朱燐です」
「四女の雷狼だよ!」
「末の子の、藍陽なの」
ただ練習しろと言っただけなのに、自己紹介まで仕上げてくるとは大した妹達だ。各々の性格がよく出ている。
「さぁ、いっぱい話したいだろうが、長旅で疲れててるだろうからケースを置いておける部屋に案内してやってくれ。その間俺は部屋割りの母さんと相談をしてこようか」
「了解です」
「任せよ!」
「分かったの」
雷狼と藍陽に先導され、朱燐に背中を押されながら行ってしまった。数年と帰らなかったからか母の書斎室の場所が頭からすっぽ抜けている。これでは姉達の部屋を探した方が早いか。記憶の中の間取り図を頼りに家というより、屋敷を歩いた。
「別けとくのは、外出用のバックだけでいいかな」
私は案内された部屋で座り込み荷物を確認していた。外観だけじゃなく部屋も大きいのだろうか。振り返ると九蘭君の妹達は静かに姿を消していた。目線をキャリーケースに戻したその時、
「「「お前は九蘭に何をした」」」
キャリーケースの奥、私の頭より高い場所からその声は聞こえた。聞こえた場所へと顔を動かすと、お出迎えしてくれた時とは別人のように、こちらを睨む妹達がいた。
「九蘭にどんな魔法を掛けたのです」
「魔法なんて、別に私何もやってないよ!」
「こんなこと、今まで無かったぞ」
「我らの家に女を連れて来たことなど、無かった」
何て返すべきなのか、適切な返答を探していた。とりあえず繋がる会話をしてみるしか無いかも。変な隠し事も多分無駄だ、九蘭君の妹達だからこそ察することができてしまう。きっと見抜かれてしまう。確証はないけれど、魔法を使えないはずの人類が特定の人にのみ掛けられる特別な魔法。九蘭君に掛けたとすればきっと。
「そうだよ、私は魔女。だけど危ない魔法は掛けてない」
「どんな魔法を掛けたんだ?」
「恋をしてしまう魔法、かな」
「恋、なの?」
「…ふざけるな、ふざけるなぁ!あんな遊び屋が恋なんて」
九蘭君、朱燐ちゃん裏表すごいね。可愛いからいいけど。目元九蘭君にそっくり。妹だから当たり前か。けど、実のお兄ちゃんに向けて遊び屋って…。
「なら証明しろ、魔女。九蘭をお前の物にしてみせろ」
「朱燐、落ち着くの…!」
「じ、冗談だと思うから、本気にすんなよ?」
いつか懐かしい上から目線の挑発、九蘭君の声じゃなくても乗りたくなるなぁ。いや、乗るべきだよな魔法が確実に掛かってる保証なんてないけれど、私は負けず嫌いな魔女だから。
「魔女として、その挑戦受けて立つ」
15話 事前準備!デートに向けて
研修の行動日は決められている。1ヶ月で計6回ステイ先の家族と何らかの研修をしなければならない。そして帰国して元の学校生活が始まれば、研修をまとめたレポートを提出しなければならない。話し合わなければ、ちょうど夕食でみんな集まっている。妹達と、九蘭君。ご両親とお姉さん達は帰らないのだろうか。
「ねぇ九蘭君、ご両親やお姉さん達はどこにいるの?」
「あぁ、すまない。探してて思い出した。普段は夕方まで全員仕事だった。多分もうすぐ帰ってくる」
「九蘭のもうすぐは、もうすぐじゃないの」
「おう、いつも数時間かかるよな」
「言われてますよ、九蘭」
突っ込んだのに、何も言ってないかのように料理を大きく頬張る藍陽ちゃん可愛いなぁ。一人っ子だから多分なんでもキュンとくるよ。
「そっか、挨拶したかったな。あの、全然関係無いんだけど明日からの私の予定の事、相談しときたくて」
「そうか研修!いつなんだ?」
「それが急なんだけど、明日と明後日の2日続きで…どうすればいい?」
「2日続き、悪いな明日は俺も仕事で、溜まってて抜けれそうに無い。明後日は大丈夫きっと行ける。そうだ、商店街の露店巡りとかどうだ?」
「楽しそう!明後日はそれで決まりだね。」
自然な流れだったけど、デートのお誘いということか、それとも健全に研修内容としての提案なのかどっちなのだろうか。
「おい、明日どうすんだよ」
雷狼ちゃんの声が聞こえた刹那隙を与えること無くかえってきたのは、朱燐ちゃんの声だった。
「食べ終わった食器を長時間テーブルに出しておくのはなんだか行儀が悪いきがします。食器は女子で洗いますから、九蘭は今日開ける部屋の錠の解錠をしてきて下さい」
「お、おう」
「へ?あぁ、行こっかお皿洗い」
空の食器を積み上げ、朱燐ちゃんの先導のままに流しに到着した。
「なぁ、何で明日の予定決めずにバラけたんだよ」
「何故なの」
「誰にも止められず、予定を埋めることのできるチャンスかもと思っただけ」
そんな会話が濡れた食器を拭く私を挟んで行われていた。朱燐ちゃんが予定を埋めてまでやりたい事ってなんだろう。
「魔女、よく聞きなさい。九蘭という人間は基盤となる物事にプラスして同時に何か別の物事を完遂しようとする人間です」
「別のことつってもただ2人で出掛けるだけ、って…あ!」
「デートなの!」
どちらかだけかと思っていたが、まさか両方取ってくるとは。私が知るより赤坂九蘭は欲張りだったらしい。デート説は予想していたもののはっきりと言われてしまうと恥ずかしくなってくる。
「いくら魔女でも素敵なお洋服を出す魔法なんて使えないでしょう?」
「キャリーケースの中のお洋服はどうなの?」
「藍陽、どこの研修生が研修日の研修とデートが一緒になると予測して素敵な洋服を準備すると思うか?」
「雷狼の言う通りです。研修は研修、文字だけで見て当日計画ならデートになっていると気づくのも当日になってしまう」
「はい…皆さまご察しの通りで、私のキャリーケースに素敵な洋服などございません。私は今、非常に焦っています」
今さらだと思うが、妹ちゃん達の日本語の辞書のページ数の多さに驚かされている。妹ちゃん達はどんなスケジュールを考えてくれているのだろうか。
「魔女のお洋服を選べる機会なんて中々無いと思うの」
「同感だ、それに楽しそうだしな!」
「ということで、明日は私達と魔女のデート服を選びに行きましょう。そうだ、お金の事は心配なさらず、少々理不尽ですが九蘭に罪があるのでこちらで負担します」
「そんな!悪いよ!」
「誰も自分の金を使うとは言ってませんよ?」
「え?」
「さて、そうと決まれば魔女は早く寝てください。部屋は私達の部屋を使ってもらって大丈夫です。2人とも案内して」
食器に汚れがないか再度確認している、朱燐ちゃんはそう言って
雷狼ちゃん、藍陽ちゃんに指示した。部屋に向かおうとした時朱燐ちゃんは言った。
「魔女、研修中この呼び方では周囲の人に怪しまれるでしょう、遅くなってしまいましたが名前を教えてもらえますか?」
「私は、ざらめ。甘犬ざらめ」
「どっかで聞いたことあるぞ……、思い出した綿菓子の材料か!」
「ピッタリな名前なの」
まさか海外研修で名前の会話がここまで広がるとは思ってなかった今日の収穫は予定が決まっただけではなく、魔女以外の呼び方を手に入れたことも大きな収穫だ。だけど妹ちゃん達には家の中では魔女って呼んでもらいたい、なんて魔女呼びを気に入っている私がいる。
「とにかく、ざらめさんは早く部屋に」
「ざぁらめ!行くぞ!」
「ざらめ?早くついて来るの」
各々のあざとかったり、丁寧だったり、男の子っぽかったり可愛いよ、尊いよ。自分の名前にここまで追い詰められたのはじめてだよ。長い廊下を歩き、階段を上がりしばらく歩いた所にある扉を開けてくれた。
「この部屋はお風呂場が備え付けなので、それを使うといいの。動かし方とかは日本の物と変わらないの」
「着替えとかは、ざらめが風呂上がるかもって頃に風呂場にスッと置いといてやるよ!くしとか歯ブラシはこの化粧台の上から二番目の引き出しにいっぱい入ってるはずだから自由に使えな!」
足早に説明の場所に移動していき、テンポよく解説してくれた。
この調子で学校の授業も妹達でやってほしいと思ってしまった。
「んで、布団とかはそこの押し入れの中な」
「ざらめ、しっかり寝るの」
「じゃ、朱燐心配だから戻るぞ!藍陽!」
「分かったの!」
そう言って2人は行ってしまった。仲良くて微笑ましいなぁ。明日のために早く寝ないとな。
16話 異国での目覚め、末っ子の才能
初めての異国での目覚めは早く、肌に触れる空気は少し冷たく感じた。窓からの明かりが入っていることで昨日はよく見えなかった部屋の全容が視認できた。そうだ、ここは妹ちゃん達の部屋だ。妹ちゃん達はどこで寝ているのだろう、周囲を見渡した。すぐに見つけることができた、寝ている場所に各々の性格がしっかり出ていてクスッと笑ってしまった。朱燐ちゃんは綺麗好きだ、故に起きてすぐ乱れた髪を整えたいのだろう、だから化粧台のある浴室の入口付近。雷狼ちゃんはとにかく元気、目覚める前から朝日を浴び日中活発に動くため窓の近く。藍陽ちゃんは食いしん坊、台所に誰より早くたどり着けば朝食の準備をしながらのつまみ食いが可能だ、だから部屋の扉の前に。誰が最初に起きるか気になるから寝たふりでもしてようか。私は布団をかけ直した。
「ざらめ?起きてるのは、分かってるの」
「うわっ!藍陽ちゃん!」
「大きな声出さないの、静かになの…」
気づかれないようにしながら布団を畳んで背後に来ていたようだ。九蘭君の妹ちゃんは全員こういう特技的なのを持っているのだろうか。
「しかし、外がこうも寒いとは知らず布団を畳んでしまったの。ざらめ、少し詰めるの」
「え、ちょっ!藍陽ちゃん?!」
「ふわぁ~、暖かいの」
い、一番小さな天使が私と同じ布団の中にいる?!私は抱きつきたい気持ちをグッとこらえるように背中で両手を強く握った。
「……ただ暖かいだけじゃ、九蘭は落とせないの」
「藍陽ちゃん…、それ以上近づいたら私っ…!」
息の暖かさを感じることができるほど藍陽ちゃんは密着していた。私はあまりのこの子の可愛さに直視ができなくなりそうだった。
「ざらめは女の子だから大丈夫なの、なでなでぎゅーも許せるの」
「…じゃあ、撫でていい?」
「大丈夫なの」
宝石のような綺麗な眼を瞼で隠して、藍陽ちゃんは私のお腹にコツンと頭をつけてきた。どこか手慣れた感じのする流れだと思った。さすが末っ子だ。私の右手は素直に動いた。
「さらさら、お手入れ大変だろうなぁ」
「こうして、なでてもらうのもお手入れなの」
あぁ、なんて尊い戯れだろう。自室が決まっても藍陽ちゃんを定期的に招きたい、と強く思った。途端、掛け布団が思い切りめくられ朱燐ちゃんが姿を現した。
「女同士だからといって朝から何をしているのです、藍陽」
「これは違うの!ざらめの、魔女の魔法なの。今目が覚めたの」
「え?えぇっ!」
なんてこった、今私は言葉通りの手のひら返しを受けた。これほどまで忠実に再現された場面に出会うことになるとは思わなかったなぁ。
「朱燐、落ち着けって。藍陽自身に害がないならなんだっていいじゃんか」
「雷狼、藍陽の証言を聞いていm」
「んな事よりお腹空いた!朝ごはんだ!」
そうして昨夜同様2人で走って行ってしまった。起きたときから可愛いが押し寄せ過ぎて話題にするタイミングすらなかったが中国のパジャマは柄の刺繍が細かく、綺麗だった。
「今は2人の言う通り朝食にした方が良さそうですね、出掛けられる服装に着替えてからリビングに来てください」
「了解しました!」
私は足早に寝室を出る、朱燐ちゃんを見送るようにそう答えた。そしてキャリーケースを開き制服のブラウスとスカートを取り出し、充電器など細かな物が入れられた箇所から棒ネクタイを取り出した。やがて日本での私が完成した。
「とりあえずこれで大丈夫かな、早くリビング行かないと」
昨日の記憶を頼りにリビングに向かった。
「九蘭はもう行かれたようですね」
「朝得意なとこだけは羨ましいよなぁ」
「うとうとなの」
白に各々の名前の色の刺繍の入ったパジャマを着た妹ちゃんたちが食器やパン、フルーツの入ったバスケットを持ってテーブルに歩いてきていた。
「おぉ、日本の制服!」
「異国に来てまでそれを着るなんて、よほどお気に入りのようですね」
「しっくりくるの!」
制服にリアクションしてもらうのなんて何年振りだろうか。もともと好きだった制服を更に好きになった。
17話 異国の服、着せ替えドールの再来
私はこちらでの初めての朝食を妹ちゃんたちに言われるがまま手早く済ませ、雷狼ちゃんに手を引かれるままに呉服屋へと駆けていた。
「雷狼、そんなに急がなくとも服は逃げませんよ!」
「どんどん離れていってる気がするの!」
藍陽ちゃんの言う通りで、2組の距離は離されつつあった。そういえば私の服選びに一番興味を示していたのは雷狼ちゃんだった。強気な話し方でカモフラージュされていたが、妹ちゃんたちの中で一番服に興味があるのは雷狼ちゃんなのかもしれない。
「魔女の服選びなんて、今後できるか分からないだろ?だから楽しくて、分かるだろ?!」
「あれ、私魔女呼び脱却しなかったっけ?」
「魔女に、"買った"服を着せるのって最大の皮肉だろ?」
九蘭君の妹だから納得のいってしまうこの言葉。この発言が雷狼ちゃんの口から発し切られ、数秒たつまで思考回路の隅々まで停止状態だった。可愛い。
「私、服選びは服選びで楽しみだけど、本当は皮肉の方を楽しみにしてたんだぜ?」
「今度は雷狼ちゃんに魔女呼びされるのか…」
「なんだよ、怖くねぇのか?」
「もう、全然!納得しちゃった、九蘭君の妹だもんねって」
「ざらめの中で私達ってどんなイメージだったんだよ…」
色々と話すうちに、走るスピードが緩くなり目的の呉服屋が近くなったことを教えてくれた。後ろを振り返ると離された2人が遠くに確認できた。
「ここだぜ、私達がよく使う呉服屋は」
「えっ、海外の呉服屋って開放的なんだねぇ。カラフルで素敵…」
この呉服屋には自動ドアのようなものがなく、外からでも服が視界に入るような仕組みになっていた。日本では見る事のできない風景に驚いていると、後ろの2人が息を切らし追い付いていた。
「雷狼、また足が速くなりましたね……」
「へとへとなの……」
「悪い悪い、朝ごはん軽くて助かったろ?」
「ちょっと……、2人とも大丈夫?」
確かに、朱燐ちゃんの言う通り雷狼ちゃんはものすごい足が速かった。驚くべき事に一緒に走った私も息切れているというのに雷狼ちゃんはというと、息が乱れる様子すらなくなんともない顔をしていた。
「ざらめ、申し訳ありません。雷狼はこの通り、人一倍体力があるのです」
「2人とも、息整うの早いね……」
「慣れてるの」
体育の成績がもっと良ければ変わっていたのかも、なんて考えてしまう私がいた。できるだけ早く息を整えようと少しずつ深呼吸した。
「よし、もう大丈夫かな」
「だったら、服選らんじまおうぜ!」
「ここからはチーム戦です。全員で協力していきましょう」
「お~!なの」
妹ちゃんたちは各々の服を選びに別れて行った。中でもやはり雷狼ちゃんはすぐに見えなくなった。
「どんな服を選らんでくるんだろ、楽しみだなぁ」
呉服屋をただ歩く。この新品の服たちに囲まれる空間はやはりどこでも楽しいようだ。ほどなくして妹ちゃんたちが何着か衣類を抱えてやってきた。
「沢山あるけど、全部買うつもり?」
「何言ってんだよ、これから全部ざらめが試着していくんだぜ?」
「一着、一着ざらめの反応を基準にするの」
「らしいです」
3人が腕いっぱいに抱えている服をこれから私が試着することになっていたようだ。長期戦になるかもだが、選ばれた服を着るイベントが重要すぎるが故、覚悟を決めなければ。
「心の準備ができたら、試着室でこの服、お願いします」
「は~い!」
渡された服は黒のロングワンピースだった。こういう大人っぽい服を試着するのはなぜか緊張した。再度、カーテンを閉めたのを確認してブラウス等を脱衣後、袖を通した。鏡でその姿を確認した、刹那、私の頬は赤くなった。
「ねぇ、この服色んな所透けてない?」
「お、1着目からこの反応は、いいんじゃねぇか?」
「バラの刺繍が似合っていて素敵なの」
「存外大人っぽくなりましたね」
上から下まで全部見て、感想を言われるからなお恥ずかしくな頬って頬が熱くなる。このロングワンピースは、足元・胸元・肩にかけて部分的なグラデーションになり透けている。それを隠すかのように白薔薇の刺繍が施されている。それでも刺繍と刺繍の隙間から肌を確認できた。
「この服どうする?買うか!一旦ステイか!」
「恥ずかしいけど、綺麗だし買おうかな」
「九蘭もきっとメロメロなの」
「今から当日が楽しみですね」
その後セットアップも合わせた14着を試着し、最初に試着したロングワンピースを合計した7着に絞り混んだ。
「7着か、あと1着くらい大丈夫なんじゃねぇか?」
「ねぇ、こんなに買っちゃって大丈夫?」
「ざらめは気にしなくて大丈夫なの」
「事前に伝えなかった九蘭に全面的に問題がありますし、会社の方に払わせれば問題ないでしょう」
「なら、尚更だよ!」
この子達を敵に回さない方がいいと、この瞬間理解した。ただ、服の量で考えるとまだ容赦があるので私の目には可愛く見えている。
「デート服は無事選べましたね。ざらめ、最後にこれらを見てもらってもかまいませんか?」
「いいけど、ってこれキャミソールだよね」
「というのもですね、2人がホームステイの子とやりたいことリストにパジャマ女子会なるものを提案してきまして。参加してもらえませんか?」
可愛らしい提案、もちろんと大きく頷き承諾した。漫画の世界だけの空想イベントかと思っていたが、まさか実在したとは。
「それに……」
「ん?」
「さすがの九蘭にも効果抜群でしょうから」
朱燐ちゃんめやりおったな。この公衆の面前での赤面の恨みは高くつくぞ。なんて、九蘭君の顔を想像してしまった私には言う資格なんてなかった。キャミソールもある程度枚数が確保されているのは言うまでもない。
18話 始まるデート、触れる一面
この日がついに来てしまった、今日はいつもより心臓の音が大きかった。妹ちゃん達に選んでもらったあのロングワンピースをお守り代わりにしっかりと着込んだ。昼間になると賑わうからと、朝早くから商店街へ向かうこととなった。手荷物を準備するのに時間がかかってしまい九蘭君より数分後に家を出た。
「お待たせ、九蘭君!」
多分お互いの服を見た後だろう、同時に時間が止まった。黒を中心とした服に薔薇の刺繍、九蘭君の纏うその服に私は見覚えがあった。
「ざらめ、その服…」
「九蘭君も…」
男女別に製作された同じ色と刺繍の服、私と九蘭君は偶然か神様のいたずらか、ペアルックになってしまったらしい。仕組まれたことでないか確認する意味も含め彼の顔をチラリと見た。少し顔を赤くして何かを考えている様子だったので彼は多分関係ない。
「…とりあえず、歩こうか」
「うん、そうだね」
それ以降服についてはノータッチで、商店街に向かう道を歩いていった。当たり前だが色や刺繍が統一されていても男女で受け取れるイメージに明確な違いが存在した。服の製作に対し、適切な知識を持たない私には言葉にして表すのには難しかった。だがどうしても訊かなくてはならないことがあった。
「この服どうかな?」
「似合ってる、可愛いより、大人っぽいが適切かな」
九蘭君の素直な意見を受けて頭がどうにかなりそうだったが、今日は違う。服に合わせて少しでも大人っぽく振る舞うんだ。
「ありがとう、九蘭君も格好いい」
「え、あ、ありがとう…」
ちょっと待って、九蘭君が照れた?珍しい光景を見たことで私は気分がさらに良くなった。人々が動き出す時間になったのか通りにぼちぼち人影が増え始めた。すれ違う人の中には神聖なものを見るかのように澄んだ瞳で見詰めてくる人もいた。
「すごい見られてるね……」
「まぁ、一緒だからね」
そんな視線に気付きながらも、極力肩の力を抜いて商店街を目指し歩き続けた。楽しむ心を第一に、自然に会話しながら風に吹かれていた。
「足、大丈夫?だいぶ歩いたからね」
「全然平気!九蘭君は?」
「俺も全然大丈夫、慣れてるからさ」
歩きなこともあり、足に疲れは溜まっていなかった。しばらく歩くと今までの通りと異なり、独特な雰囲気を醸し出す屋根の伸びる商店街が見えてくる。
「商店街の入口から歩いてすぐのところに座れるところがあるからさ、そこで休憩しがてら話そうか」
特に深い意味もないであろうその発言に私は謎に緊張しつつも、いつも通り頷き隣を歩いた。
「賑やかでいい雰囲気だね」
「そうだね、どの露店にいる人も目がキラキラしてる」
賑わう商店街の人々を観察している九蘭君の目がその場の誰の目よりキラキラして見えたのは私だけの秘密だ。
「そうだ、帰ってからの予定なんだけど、母さんが昼まではいるらしいから挨拶しにいこうか」
「あ、挨拶かぁ。緊張するなぁ」
「大丈夫、俺も一緒だしさ」
九蘭君も一緒なら、と安心する私がいる。ただ、本人のお母さんを前に何を話してよいやら考えるだけで頭がいっぱいになった。おかげでデート自体は楽しんだものの要所、要所で撮った写真では上手に笑うことができなかった。
19話 母の力、子の想い
仮デート後、私たちは帰宅し諸々の準備をして九蘭君のお母さんに挨拶をしに行っていた。広い屋敷の中を九蘭君に案内され、お母さん専用の書斎にたどり着いた。
「九蘭君、すごいね。私毎回誰かに案内されないとどこの部屋にも行けないのに、頭の中に地図でもあるみたい」
「産まれ育った家だからね。でも、母さんの書斎だけは覚えるの時間かかるよ」
「場所が変わったりするの?」
「まぁね」
そんな会話を書斎のドアの前でヒソヒソとしていた。少し間を空け九蘭君が声のトーンを変えて重要そうなことを話し出した。
「書斎に入ったら、俺から離れちゃ駄目だよ?」
「どうして?」
「説明は入ってからだね」
その場で説明されないことに違和感を持ちつつも言う通り、ノックをして一緒に書斎に踏み入れた。その部屋には書斎という名に恥じない冊数の本が左右の本棚にすし詰めされていた。書斎の中央、前に視線を向けると目元が九蘭君によく似ているがより女性的で凛とした目をした、綺麗な人が何かの執筆作業を進めていた。
「母さん、ざらめが挨拶したいって」
九蘭君の声は届いているはずなのだが、万年筆は動きを止めない。隣でいいよと囁かれるものの、雰囲気か何かに圧倒されて話す内容を考えた瞬間頭が真っ白になる。言わなきゃいけないことだけ、簡単な内容で大丈夫だと自分を落ち着かせて話した。
「はじめまして、私、甘犬ざらめといいます。これから1ヶ月よろしくお願いします」
丁寧に一礼したは良いものの、とんでもないミスに気付いてしまった。日本語を使って自己紹介してしまった、というかこっちに来てから一度もこっちの言葉を使っていない。礼をしたまま頭を上げず反省中の私の耳に知らない声のよく知る言語が入ってきた。
「顔をあげなさい、ざらめさん」
日本語、まさか家族ぐるみで日本語を練習してくれていたのか、と考えていたがふと思い出した。九蘭君のお父さんが日本人だったことを。そう、練習も何も難しい言葉以外教えてもらっていてもおかしくはないこと。前を向くと万年筆を手放しこちらを向き話しかける姿があった。
「中々、書斎にいれなくて申し訳ありません」
「いえ!私こそ、挨拶も無しに2泊ほどしてしまったので」
「下の子達のやりたいことリストとやらに、お力添えしてもらっているのでその件は大丈夫ですよ?」
はて、呉服屋に行ったとき一緒にいただろうか。残念なことに記憶にある限り、同じ顔は見当たらない。ならばどうして妹ちゃん達のやりたいことリストのことを知っているのだろうか。私がこの家に来る前は、夜は家にいたのだろうか、可能性はゼロではないが考えにくい、なぜなら妹ちゃん達が大人っぽ過ぎる。朱燐ちゃんは妹ちゃん達の中で一番年上だからともかくとして、藍陽ちゃんの場合はもっと自由でもおかしくないはず。藍陽ちゃんの歳の私は家事の手伝いなんてまだしてなかった。お皿を洗うときも、朝ごはんのときも長期にわたりお母さんが不在だったことが理由で自然と身に付いたものだと私は思う。ただ、そこが分かったところでやりたいことリストの謎は解けないままだ。
「申し訳ありません、少し記憶を拝見させて頂きました」
「え?」
「母さん!」
九蘭君が叫んだ。怒っている、確かに私も驚いて言葉が上手く出てこなかった。まさか世の中にこんなことができる人がいようとは思いもしなかった。九蘭君はある種のお客さん相手に失礼をするな、という感じで怒りを露にしてるのだろう。やっとこれではっきりした、九蘭君も含め赤坂家は何かしらの能力を持っている。1人で挨拶に行くのを止めたのもきっとお母さんに他にも能力があることが理由なのだろう。
「一緒に入ってくるなんて、予想外でしたよ。九蘭」
「当たり前だろ、書斎何室目だと思ってるの?」
「そうね、5室目くらいかしら」
「9室目だろ…自分で壊した部屋数くらい覚えとけよ…」
どんどん九蘭君が怒っていく、それに比例して書斎の空気が軽くなっている気がする。不思議だ。九蘭君のお母さんは何故、書斎を8部屋も壊したのだろうか。会話の内容では母親自ら破壊した、と話していた。攻撃性のある力か何かあるのだろうか。
「何故、彼女と一緒にあなたが入ってきたのですか?彼女1人でもよかったはず」
「お前……」
怒りで掠れた声で九蘭君はそう呟いた。同時に彼がいる左側の腕がビリビリと痺れてきた。私に向けて何かの力が働いていること彼がそれを相殺しているのを確信した。何とかしないと、書斎ごと九蘭君が!私は腕の痺れが少しずつ強まるなかで発言した。
「緊張したてたから、頼んだんです。一緒に入って、って。気分を損ねてしまったのなら、ごめんなさい」
「…、どうして、ざらめが謝る?」
ダメだ、完全に火に油を注いでしまった。とうとう腕には締め付けられたような痛みが走った。はっきり発言するしか止める手段はなかったようだ。
「九蘭君…それ以上怒らないで、左腕痛いの……」
それだけ話して私は力無くその場にへたり込んだ。焦った様子で九蘭君も一緒に屈みこんだ。
「そんな…どうして…」
「非常に稀にですが、一般人が強い気に触れたとき感覚が開花する事があるのですよ。殆どの場合、痛みすら感じず亡くなりますがね」
痛みが痺れに戻り、徐々に楽になってきた。感覚の開花で私は助かった、非科学的ではあるものの、全てが一致していることもあり受け入れるしかないようだ。
「互いを守るために動いた結果、ですか」
「は?」
「え?」
また視られた。この力に関しては避けようがない。だからもう諦いめてる。
「軽い痺れであるうちに、医務室に連れていった方がいいでしょう。気で痛みを受けた箇所は処置が遅れれば最悪動かなくなりますからね」
「私、これからどうなるの?」
研修日初日で大変なことになった。恐怖より不安が勝り私はそう発言した。
「姉2人が作った医務室で薬等を処方してもらうだけです。2人とも道は異なれど腕は確かです」
「少し申し訳ないですけど、分かりました。お世話になってきます。案内お願い、九蘭君」
その言葉を合図に軽く会釈し九蘭君の手を引き書斎を出た。
「悪い、こんなことになると思ってなかった」
「ううん、全然大丈夫だよ。何か開花したみたいだし」
マイナスを悲しむより、プラスを喜ぶ。私に限らず多くの人の生き方の基本だと思う。それに九蘭君が明らかに自分を責めている状況で感傷的な返しをすれば余計に責めさせてしまう。
「ざらめは怖くないのか?開花したとはいえ痛みだって感じたんだろ?」
「怖くない。だって、守ってくれたんでしょ?」
九蘭君の母親が言っていた言葉が本当なら、彼の気は私を助けるために使われたものだ。私は理解している。
「自分で伝えるべき事まで勝手に喋られないうちに……」
「え?」
この会話が終わる頃、2人は医務室に辿り着いていた。2人の考えることが合致したのか、その発言について私が踏み込むことも九蘭君から話し出すこともなかった。
「少し1人になりたい、姉さんなら大丈夫だろうから」
「分かった、事情は自分で話すよ」
部屋の前で彼と別れ、私は医務室の戸をノックし返事を待った。
20話 恋の病、効くのは毒か薬か
「なるほど、そんなことが…」
私は医務室へ入り、つい先ほど起きた出来事を説明した。九蘭君の姉であろう2人は当然のことながら大人っぽくて、それぞれ異なった色気のようなものをまとっていた。
「あの、自己紹介とかしない感じですかね。し、診察までが速すぎませんか?」
「いやいや、貴女がそんな重症で飛び込んでくるからでしょうに」
部屋の後ろの方で薬品の棚から瓶を取っては戻すを繰り返している女性がそう声をあげた。これか重症なのか。何を基準に判断しているのか、それすら普通ではない様子だ。
「この進行具合なら少し強めの薬で大丈夫」
「この子の年齢だと調合少しいじらないとじゃん、めんど」
本当、聞けば聞くほど私が海外研修にここに来る前から毎日日本語で話していたかのような完成度だ。この2人に関しては中国に住む日本人のための病院を作れるレベルだと思う。
「お薬、1から作って貰っちゃってありがとうございます」
「まぁ、家族の不手際だし」
「謝罪の意味も込めて診察させて」
まるで自分達が悪いかのように振る舞う彼女達を見て大人を学んだ。
「まさか九蘭がこんな事をするなんてねぇ」
「腕でよかった、顔だったら強さが違えば形変わってた」
「怖い力なんですね」
私は軽く呟いた。九蘭君を知りたい、いつかしたこの発言の重みをよく理解できた。きっと彼は今1人で自分の力を責めていると思う。大丈夫って言ってあげないと、隠してないで想いを伝えないと。
「調合、できたよ~」
「薬草間違ってない?毒の量とか大丈夫?」
「毒入ってるんですか?!」
「心配しないで、薬の役割を補助する用途の毒だから、身体に悪影響は無い」
道が違うという母親の発言はこういうことだったのか。薬の専門と毒の専門、歩む道は真反対なものの調合や診察といった面では姉2人とも本当に腕がいいようだ。
「ちと苦いかもだけど、頑張って」
「まさか、液体で来るとは……」
「さぁ、ジュースだと思ってぐいっと」
言われるがまま独特な色合いの液体を口へ運んだ。途端に苦味が広がったが堪えて喉に押し流した。その後も注がれた容器の底が見えるまで止まること無く飲み進めた。
「うぉ、そんな速く飲み進めなくても大丈夫なのに」
「想像以上に苦かったので……」
「一般的な薬とは違って、1回で済むからその分苦くなってる」
言われてみれば確かに効果が出るのが非常に速く、痺れが消えたのが実感できた。
「そういえば、自己紹介。私、奏梁」
「私は彗羅」
「ざらめです。研修中お世話になります」
時間はかかってしまったが、名前を知ることができた。腕も回復したので、医務室を出ようと考えたものの私には九蘭君がこの屋敷のどこにいるか、残念ながら検討もつかない。
「お2人とも九蘭君の居場所について心当たりとかないですか?」
「あれ?さっき怖いって言ってなかったっけ」
「無理して会いに行かなくても、いいんじゃない?」
「いえ、伝えないと行けないことがあるので」
私がそう言うと2人は困った顔をしながらも、九蘭君の居場所への道順を教えてくれた。弟の事をよく理解しているのか候補の段階で既に1つの場所に絞られていた。道順を聞いて私は深く会釈し医務室を出た。
21話からは、5話ごとにまとめて投下していきます。
どうでもいいかもしれませんが把握の程よろしくお願いします!




