2部 8~13
8話 知ろう!赤の父と両親の関係、興味津々!甘々な話
解散後、私は奢ってもらった飲み物を飲み切り空のペットボトルを帰り道の公園のリサイクルボックスに捨て、数分帰路を歩いた。
「お父さんが聞いたら何て言うかなぁ」
そう小さく呟き歩き慣れた背の低い植木の続く道の白線の上をバランスを取りながら歩いた。九蘭君曰くクラスメイトだったらしいし、懐かしい話とか聞けるかも。ワクワクを押さえながら家に帰った。
「ただいま~」
「「おかえり~」」
2人の声がいつものように重なって響いた。この声聞いたらやっぱり落ち着くなぁ、さすが家族。私は乱雑にならない程度に靴を脱ぎリビングへと向かった。
「ねぇ、お父さん、赤坂颯汰さんって知ってる?」
「あれ?父さんざらめに颯汰の話したっけな」
「あなた、颯ちゃんの息子さんってざらめの先輩じゃなかった?」
どうやらお母さんの方も赤坂颯汰さんを知っているらしい。どんな関係か知らないが、気になる。
「ざらめが小さい頃会わせたっきりだったから、忘れてたな」
「えっ、私九蘭君に小さい頃会ったことあるの?」
「すごく小さな頃だったからざらめは覚えてないでしょ」
相当仲が良かったのだろう、お互いに子供ができたら会わせるほどに。九蘭君には申し訳ないが本当にその頃の記憶がない。
「お母さんも赤坂颯汰さんと仲良かったの?」
「えぇ、颯ちゃんはお父さんとお母さんのキューピッドみたいな感じだったからね、懐かしいなぁ」
「志菜、その話はいいだろ…」
「気になる!聞かせて!!」
話してほしくなさそうに目でも訴えかけていたお父さんを認知しながら私は躊躇なく甘酸っぱそうな話に興味を持った。
「お父さんね、小さな頃いじめられてたのよ」
「何が理由で?」
「……名前だよ」
お母さんに暴露される前にと、お父さん自ら自白した。その気持ちは娘ながらよく分かった。私も同じ立場になったならきっと自白する。
「名前、今と違ったの?」
「名字がね」
「父さんの名字、結婚する前は佐藤だったんだ……」
お父さんの名前は黒斗、佐藤黒斗、普通の名字と名前の気がするがいついじめられていたかが鍵になりそうだ。
「小学生の時かな、学年だけじゃなく頭も低能なガキ共が父さんをいじめていたのは」
「あなた、言葉が汚い。気持ちは分かる、でも落ち着いて」
小学生の時ということ以外何も説明されてないが、全て分かった。お父さんの名前をフルネームで平仮名で書いたとき小学生の脳内変換ではただの甘いものの塊のような名前になってしまうのではないか。佐藤黒斗が砂糖、黒糖に。小学生のいじめって本当にくだらない。
「ちょっと待って、私の名字ってお母さんのだったの?!」
「そうよ、お母さんのフルネームは甘犬志菜」
「でも、それと赤坂颯汰さんがどう関係するの?」
どうしてお父さん側の名字じゃなかったのか、その理由にも繋がるのだろうか。私は絵本に存在しないむかしむかしに聞き入った。
「小学生の頃はね、お母さんが、お父さんをいじめっ子から守っていたの」
「はは、カッコ悪い話だ…」
お父さんは苦笑していた。ここからどうなるんだろう、私は桃太郎より胸を高鳴らせた。
「そこからかな、お父さんと仲良くしだしたのは」
「まぁ、結局仲良くしててもいじめはなくならなかったんだけどね」
「両親の馴れ初めだから、ハッピーエンドなのは知ってるんだけど、展開的に不安になってきたよ……」
不安になったと言いつつも、お父さんが付け加える言葉がもっと先が知りたいという欲を加速させる。
「ねぇ、赤坂颯汰さんはいつ出てくるの?」
「颯汰と僕ら2人が会ったのは、中学時代だったかな」
「お母さんね、お父さんが心配で同じ中学に入ったの」
やっと主要人物が全員揃った。必ずここからいい展開になると、私は確信していた。
「中学時代になると小学生だった時の噂や実際に見えているフルネームがあったからかより鋭いいじめが増えたんだ」
「そんな……」
「でも、そんなときに、ざらめお待ちかね颯ちゃんが現れたの」
来た、待ってました!赤坂颯汰さんはどんな行動をして2人のキューピッドになったのだろうか。
「一部始終を見てたんだろうね、颯汰は思い切り教卓を叩いて言ったんだ」
「「こいつの名前は佐藤黒斗だ、砂糖野郎じゃねぇ。よく覚えておけ、俺のダチの名だ!って」」
「カッコいい……」
聞けば聞くほど漫画のような話だ。あとは2人が交際するだけ。どんな感じて交際に繋がるのだろう。ただ、お母さん目線だとお父さんには申し訳ないが赤坂颯汰さんの方がカッコよく見えそうなのだがどうしてお父さんを選んだのだろう。
「そして、3人でよく話すようになって、颯汰の覇気のお陰でいじめはなくなったよ」
「あと、何の相談もしてないのに高校が一緒だったのよね」
「ここまで長かったぁ、早く付き合った時の話して!!」
恋愛花咲く高校生、付き合うでしょ、この時代しかないでしょタイミング!!
「分かったよ、高校生になっても3人は時間があるときはいつも一緒だった」
「体育祭とか敵同士でも応援してたよね、懐かしいねぇ」
「お・つ・き・あ・いの話!!」
高校生まで飛ばしたところまではよかったが、危うく体育祭の話が入ってくるところだった。聞きたいよ!聞きたいけど、今は馴れ初めが気になるの!!
「分かったから、そうだな、その瞬間はいつものように他愛もない会話をしながら3人で一緒に帰ってるときにやってきたんだ」
「颯ちゃんのクラス、宿題どのくらい出た?」
「土日挟むから普段より多いかもな」
「また、3人で集まって宿題会でもしようか」
「お!いいこというじゃねぇのよ、ちょうど数学の課題で手を貸して欲しいと思ってたとこなのよ」
「ちょっと、ちょっと颯ちゃんだけずるい!私だって地理の問題教えてもらいたいんだから!!」
「待ってくれよ、僕だけ課題が増えてるじゃないか!」
「仕方ないでしょ、この中で一番頭いいの黒ちゃんだもん」
「頼むって、お礼つったらなんだけどいいデートスポット教えてやっからさぁ」
「へ?」
「ん?」
「あら?俺はぁてっきり甘いもん同士、付き合ってるもんかと」
「いやいやいや、僕は分かるよ黒糖って、でも志菜は」
「そそそそそうよ、私は何になるのよ」
「シナモンじゃねぇの?」
かくして、互いを意識してしまうようになってしまった僕らは無事付き合いました。
名字はね、産まれてくる子供の名前を開き直って甘い何かにしようって決めたときに、自分のようないじめを避けるためにって黒ちゃんが頼んできたのよ。だからざらめを颯ちゃんに会わせて名前教えたときに爆笑されちゃって、甘党家族って言われたの。
「「これで、この昔ばなしはおしまい!」」
9話 気づく危機、赤への密かな好意
「ざらめはどうして颯汰の名前を知っているんだい?」
「九蘭君に話してもらったの」
九蘭君との一連の会話を振り返り、そう話した。まさか赤坂颯汰さんからこんな話に発展するとは思ってもみなかった。
「そうだ!それとね海外研修も九蘭君に誘われたの!」
「海外研修?颯ちゃんって海外移住とかしてたっけ?」
「移住はしてないと思うけど、確か高校の海外研修で中国に行ってたな」
どこかで聞いた国名だ。親子間の時を超えて全てが繋がりそうな気がする。多分、両親と私は同時に各々の謎が解けるだろう。
「九蘭君の出身が中国だったの」
「颯ちゃんの研修先と同じ…」
「颯汰のやつ、中国で一体何が…」
暗い、暗くなってる。空気感も、話題も全部。とても楽しげな話題に切り替えれそうもない。ただ……
「私が話、聞いてくるよ」
「ちょっと待って、流れ的に危険すぎるよ。ねぇ、あなた」
「危険なのは分かる、一旦ざらめの考えを聞こう。志菜。」
「私ね、九蘭君のことが知りたいって思ってるの。もちろん颯汰さんのことも、だから行きたい」
慌てて増やしたこの一文。隠すつもりもなければ、深い意味もないはずの前一文。なぜだろう発した自分が少しずつ恥ずかしくなっていく。
「志菜、ざらめを行かせてやろう」
「そうね。止めたって勝手に飛び出してっちゃうだろうし」
「ねぇ、何そのイメージ!」
微笑し、私は言い返した。そうだね、止められても勝手に飛び出していくよ。友達と比べ、細かいところを理解しすぎている家族は時にストレスだが、私が笑顔になる理由の7割くらいを占めているのは事実だ。
「ありがとう。気を付けて行ってくるね」
「おう、行くからには楽しんでくるんだぞ」
「お土産話期待してるからね」
「重すぎて何個か忘れてきちゃうかも?」
「何でよ、全部持って帰ってきなさい」
笑顔が咲いた。色々な景色を見てきた私でも、この他愛もない会話で笑い合う家族の景色が大好きだ。お母さんにしっかり髪を揉みくちゃにされながら明るさを噛み締めた。
「ねぇ、あと1つ訊きたいことあるんだけどいい?」
「なぁに?」
「小さい頃の私と九蘭君ってどんな子供だったの?」
もっと他の文字で訊きたかったが押さえた。大体返答は変わらないだろうと思ったから、それに率直すぎるし。
「そうねぇ、なんかお互いの匂いが好きみたいだったかな」
「に?!す?!」
「写真あるけど見るか?」
「絶対見ないし、何で見つけてるの?!」
「え~、どっちもすごい可愛いのに」
「とにかく見ない!準備してくる!!」
私はキャリーケースを抱え自室に続く階段をいそいそと駆け上がった。出来心で訊いたらえらい仕打ちだ。初めてだ、想像力の豊かな自分を恨んだのは。
「色々あったが立派になったなぁ」
「この写真撮るの大変だったよね?」
「大人が消えたときにしかやらなかったからな」
「黒ちゃんが隠れるのは簡単だったけど、颯ちゃん隠すの難しかったよね」
「颯汰たくましかったからなぁ」
「九蘭君、覚えてるかな?」
「いやぁ、難しいんじゃないか?」
どうであれ楽しんできて欲しいと思っていた両親なのでした。
10話 赤と青と企業秘密
月曜の早朝、いつもの空き教室にとある被害者を呼んだ。
俺なりの謝罪のために。
「悪いね、こんな早く来てもらって」
「そりゃあ、お前の口から謝罪が聞けるってんだから飛んでくるだろ」
後輩のくせして失礼な奴だ。まぁ、こいつとは中学から謎に考えが合い互いに別の獲物を狙い合った仲だ。時々意見交換とかしてたっけなぁ。
「突然、襲っちゃって悪かったね」
「やったのお前じゃないけど、誰だったんだよ、あのデカイの」
「企業秘密、かな」
「またその類いかよ…」
青未には中学の時からよく俺の企業秘密に振り回されてもらっていたし、時に力を貸すという名目で得体の知れない物を貸したこともある。
「俺とお前が同じ獲物を狙う日が来るなんて、思いもしなかったぜ」
「それはそうだな」
と、軽く笑い合った。翔が同じ高校に入学したのを知ったときは俺だけエイプリルフール先取ったんじゃないかと少し驚いた。とはいえ翔は組分けのテストやら部活やらで大忙しだったわけで、容易に話しかけられる訳じゃなかった。だから翔も俺が先輩だと知ったのは半年も先のことになった。
「変わったな、九蘭」
「何だよ、突然」
「いや、昔は手荒だったのになって」
「それは……」
確かにな、と思ってしまう自分がいた。翔の発言だからという理由もあるのだろう。その気になればこの学校でのやり取りのように慎重に距離を縮めなくとも、手荒に連れ去ることも十分に出来たはずだ、それをしなかったのは…
「ざらめとは、初めて会った気がしない。だから手荒にできなかった」
「俺には手荒だったけどな」
「それに、もう最後にするって決めてたからな」
「色々言ってっけど、結局好きなんだろ、ざらめのこと」
これだから付き合いの長い後輩は嫌なんだよ。感の鋭い奴め。そういえば、萊赭からも気絶させる際、初手の死角からの手刀を回避されたと言っていた。俺でさえ正面からのを見切るのに年単位の月日が流れた代物を。
「否定はしない」
「お手上げだねぇ、遊び上手の九蘭様がガチ恋とはねぇ」
「企業秘密にタコ殴りにされるか、謝るか、選ばせてやるよ」
「やめろって、悪かったよ」
いい意味で何も変わらない翔に俺は嬉しくなった。同時に校門付近からの声が大きくなり始める。
「そんじゃ、ざらめのこと頼んだぞ」
「あれ?翔にしてはあっさり引くんだね」
「お前んとこの企業秘密怖ぇからな」
「ざらめへの熱はそんなもんか?遊び屋」
「お前だけには言われたくない!!」
そんなこんなで各々の教室へと解散した。
11話 赤の役割、惚れる横顔
両親や自分の過去を知ったあの日から約2週間が経過し、いよいよ海外研修の日がやってきた。パースポートは入学時に既にもう作っていたので海外旅行で役立つ日用品の買い出しのみで自分でも驚くほど早くパッキングができたのを覚えている。私は今、空港内で九蘭君を待っている。
「ごめん、待たせたかな」
「いや、ぴったり。私が早すぎたぐらい」
「そっか、体調とか大丈夫?」
「大丈夫!元気だよ!」
色々楽しみすぎて寝れない日もあったが、体調を崩すことは無かった。むしろ毎日やる気が沸くくらいだった。
「みたいだね、そろそろ飛行機来るから移動しようか」
「分かった、とりあえずついてく」
そこから特に問題なく足が進み乗客の列の先頭で飛行機に搭乗することができた。席のチケットは九蘭君が既に取っており、少々疑問を抱きながらも誘導に従い着席した。
「何から何までありがとね」
「お礼言われるほど大したことしてないよ、まだエスコートの範疇みたいな?」
エスコートの範疇で飛行機のチケットを取ってくれる人材なんて私は見たことがない。そして息をするように粋な台詞を放つ九蘭君に離陸前から驚かされている。ふと九蘭君が背負っていたリュックが目に止まった。
「ねぇ、そのリュック何が入ってるの?トランプとか?ドーナツだったら負けないよ!」
「トランプもあるけど、大半は仕事道具なんだな…っと」
「仕事?」
不思議そうな私を楽しみながらリュックから取り出したのは、ノートPCだった。しかもかなり高価な。
「へ?」
「俺、あっちでは会社の取締役みたいな感じなんだよね」
「だ、大丈夫?!何か書類系のも何枚か出てるけど!」
「大丈夫、母国語だもん。読めないでしょ?」
「そうだけど、ほら。日本語のやつ一枚あるし」
「あぁ、これね。支援してる企業の決算報告書だね、大きくなってきたし、自立プロセスへの移行を考えてみようかな」
なんて難しい話だろうか。こんな凄い人と私が小さな時に会っていると思うと人生って面白いなと感じた。
「離陸するまで、悪いけど仕事させてね」
「……!うん、全然、大丈夫!!」
会話が終ると、一呼吸し、九蘭君は書類製作を始めた。静かな機内に響くタイピング音、恐ろしく早く打ち終える一文、見ていると時折吸い込まれそうになる横顔。私はありもしない日常を想像してしまった。研修中、私の心臓はもつのだろうか。
12話 楽しいトランプ
離陸してからは、約束通りトランプで遊んだ。
私が得意だと言っていたドーナツの勝率だが、5回中2回と胸を張れる結果ではなかった。本気で自信があったからこそ悔しい。
続けて挑んだ神経衰弱は全敗という結果に終ってしまった。
会話があったから家族旅行みたいな感じで楽しかった。
「九蘭君神経衰弱強い!でも、全勝は何か不正疑っちゃうなぁ」
「何もしてないよ、ただ覚えるのが得意なだけ」
「数字の話だよね?そうだよね?」
「そのはず…かな!」
この何か、隠してる笑顔に私は弱かった。元気で無邪気などこか影を感じる笑い方が大人という生き物を体現していた。
「ねぇ、ババ抜きで勝負しない?」
「いいけど、長くなるよ?」
「特殊なババ抜きの話、気にならない?勝負してくれるなら話すけど」
気づいたら私はカードの束を繰っていた。たとえ九蘭君だけの話であっても損はしないだろう。子供の頃の私のヒントにならなくとも、九蘭君の一部を知ることができる。これだけでも私にとっては大きなメリットである。
「それでどんな話なの?」
「いや、色んな会社の取締役同士がが集まる会議でもババ抜きすることがあるんだよね」
「へぇ、そんな場所でもババ抜きするんだね。九蘭君強いの?」
「ん~、真ん中くらいかな」
会議だからこそ、という考え方があるのだろうか。固くなった雰囲気を和らげるためとか、そんな理由がある気がする。そんなことを話していたら配り終えた。
「雰囲気がまぁ~楽しくないのなんのって」
「へ?そうなの?てっきり配慮的な目的があるのかと」
「無いよ。全然、俺以外周囲皆年上のおじさんばっかりで子供扱いって感じかな」
「会話とかすごそう…」
「そうだね、社内状況とか訊かれたり、部門解体の取引始まったり、色々話すよ?」
「何それ、全然楽しくなさそう」
その通り、全然楽しくないさ。会話集中して聞いてなかったら部門解体されかねないババ抜きなんて。そんな話をしているうちに手札かお互いに少なくなった。ジョーカーは俺の手元にあった。慣れっこだ、なんせ取締役ババ抜きのとき分かりやすい小細工でジョーカーが俺の手元にあることが多かった。だがこの場には性格の悪い大人はいない、ジョーカーが手元にあることが丸分かりな困り笑顔を作ってみせた。
「ジョーカー、九蘭君からだね」
「そうだよ、俺からだ。さて何周するかな」
「ちょっと待って、その言い方だと九蘭君に帰っちゃうよ」
「そうだね、大丈夫。そうなったらまた返すから」
楽しいなぁ。これが普通のババ抜きなんだね。それに何だろう人の笑う顔を見て可愛いって、何らかの感情を抱いたのは久しぶりだ。いい思い出ができた。いい試合になるだろう。
13話 ババ抜きと催眠術
「さぁて、どれを引こうかな?」
「どれでもどうぞ」
「よし、これだっ!……揃ったぁ」
「2人だし、九蘭君ジョーカー持ってるからどこ引いても揃うよね」
「ねぇ、俺揃ったからジョーカー引く確率上がったよ?」
盲点、と言わんばかりに驚いた表情をみせるざらめをずっと見詰めていた。気付かれない程度に自然に。
「でも、こんな最初に引くわけないし。さっと引いちゃお」
「不思議だなぁ。手札からジョーカー消えたんだけど」
「嘘でしょ、こんな早く引くことあるの?」
「よしっ、ここから気楽だ」
「絶っっっ対引かせるから、油断しちゃダメだよ?」
手札を扇子のように広げ口元が隠れるように持ち、首をコクリと傾げるその仕草は顔の小さいざらめには良く似合った。ここに来てより一層翔の言ったガチ恋という言葉が刺さっていた。
「さぁ、九蘭君の番だよ!早く引いた引いた!」
「じゃあ、これだ!やぁった!揃った」
「ぐっ…いじわる!えいっ!」
といった感じでお互いに1ペアずつ揃えていった。このまま勝負するのも面白そうだけど、ババ抜きを利用した俺の特技をざらめに披露しようかな。しばらく使ってないけどできるかな。
「ねぇ、ざらめ。俺さ、ババ抜きで1個特技みたいなのがあるんだ。」
「気になるけど、なんで急に?」
「いいからいいから。まずはジョーカーを引く、次に魔法をかける、そしてそれを引かせる。これを3回繰り返すと相手側が寝ちゃうってやつ」
「よく分かんないけど、面白そう。やってみてよ」
「は~い。まずジョーカーを引いてっと」
「ちょっと待って、何で分かったの?」
「たまたまだよ。さてジョーカーに魔法をかけて、これ!引いて」
ざらめは正直にジョーカーを引いた。この作業で大事なのは、魔法はジョーカーがこちらの手札に入ってからかけること。そして、引かれる前の位置から2回、3回と少しずつずらしていくこと。そうすれば相手は簡単に眠りにつく。胡散臭い人達が5円玉とかを振り子っぽくして、テレビで出演者に披露しているあれとよく似た要領だ。揺れている間ずっと念をかけているあの人達とは違い、赤坂家特有の催眠術な上にONとOFFを切り替えなければならないためこっちの方が何倍も難しい。
「さぁ、2回目だね。次はここだよ」
「えいっ……あれ?何でだろ、眠気が」
「ジョーカーはこれだね、3回目。最後だよ、ここ引いて」
「う……ん…」
と、備え付けてある簡易テーブルに突っ伏してしまった。案外簡単にできるんだな、これ。ざらめがかかりやすかったのかもだけど。俺はそんなことを考えながら、ざらめの目にかかっている前髪を右手の人差し指ですくい耳にかけた。よく寝ている。




