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水の幽霊

作者: 目262

 夏休み期間。キャンプにはまっている大学の友人達から誘われて、最近は男三人であちこちに行っている。その日も地方のキャンプ場で楽しく一夜を過ごしての帰り、山道を走る車中の後部座席で何気なくスマホを眺めていると、隣で同じ事をしていた友人が声を上げた。

「おい、この近くで幽霊が出るってよ」

「幽霊?どんなやつだ?」

 運転席でハンドルを握るリーダー格の友人がそう問い返す。

「水の幽霊って書いてあるな。廃村の中に古い井戸があって、そこから出るらしい」

 俺は大笑いした。

「今どき、そのテンプレかよ?」

 スマホを俺に見せながら隣席の友人が言う。

「人気のある場所じゃないし、ここでもキャンプ出来そうだぜ。どうせお前らは今日もヒマなんだろう?ネタ作りに見に行こうぜ」

 腹の立つ言い方だが、その通りだ。運転席の方から呑気な返事が来た。

「俺は構わないぜ。食い物も酒も余ってるしな。そこでもう一泊しよう」

 車の持ち主がそう言うならば俺も異存はない。スマホにある住所に向かう。そう遠くない山間にある廃村に到着した。

 車を降りて人が住めない程に壊れた家屋を幾つか抜けると、ちょっとした広場があり、そこの中央に件の井戸が口を開けていた。

「これだ!相当古い井戸だ。まさか本当にあるなんて……」

 言い出しっぺの友人が井戸の前で足を止めて驚きを露にする。俺は呆れて彼に声をかけた。

「誘った本人がビビってんのかよ」

「お、俺は単なるデマだと……」

 友人の予想外の反応に俺は爆笑した。

「幽霊なんている訳ないだろう?こんな田舎じゃ廃村なんて珍しくもないし、そこには当然井戸だってある。井戸なんて古いのが当たり前だ。今の日本に新しい井戸なんてあると思うか?」

 少し遅れて広場に来たリーダー格も、辺りを見渡しながら俺に賛同する。

「いかにもな雰囲気だし、幽霊の噂が出ても不思議じゃない。そんなの関係ないよ。テントを張ろうぜ。こういう場所で酒盛りすれば度胸もつくってもんだ」

 俺達は三人でキャンプの準備をすると火を起こし、酒とちょっとした料理を並べた。

「夜まで時間がある。幽霊が出るとしてもそれからだろう。今から飲んでひと眠りすれば、明日の朝には抜けている。それから帰ろう。俺ばかり運転させないで、山を抜けるまではお前らが代わってくれよ?」

 リーダー格の言葉に従い、俺達は缶ビールを飲み始めた。そこでようやく、持ってきた水が残り少ない事に気付く。

「まいったな。昨日使いすぎた」

「水割りはやめておくか」

 二人の会話を聞いて、俺は井戸を指差した。

「水なら、あそこにあるじゃないか」

 リーダー格がなる程と頷く。

「確かに。まだ水が出るかも」

 ビビりの友人は唖然とするが、俺とリーダー格は井戸に向かうと縁に引っかけてある釣瓶を穴の暗闇に落とした。数秒後に水の跳ねる音が返ってくる。

「水があるぞ!」

 二人で釣瓶を引き上げると、中には信じられない程に透き通った水が並々と入っていた。リーダー格が両手ですくって一口飲み込む。彼は唸った。

「美味い!それに冷たくていいぞ!」

 続いて俺も口にするが、確かに美味い。金で買えるミネラルウォーターにはない豊醇な、深みのある味わいだ。地下水特有の冷たさが夏場の身体を芯から冷やしてくれるのもありがたい。

 思わぬ掘り出し物に俺達は歓喜した。ウイスキーをこいつで割ったら、さぞやいけるだろう。距離を置いて俺達を見守っていた残る一人も加わって、井戸の水をキャンプ用のバケツに移し、酒盛りを再開した。思った通りにこいつで作った水割りは格別の美味さで、俺達はビールをそっち抜けにして水割りを飲みまくった。その内に気分が良くなって、歌い騒いで夜を明かし、いつの間にか眠っていた。水の幽霊の事はすっかり忘れていた。


 明くる朝、猛烈な頭痛と吐き気で目を覚ますと、白い部屋にある鉄製のベッドに横たわっていた。どうやら病院の一室らしい。上半身を起こそうとするが、めまいとだるさですぐに伏せってしまう。左の手首には点滴が打たれている。

 何が起きたのか分からずに、うめき声を上げるだけの俺に気付いたのか、中年の看護師が廊下から顔を覗かせた。俺と視線を合わせた彼女は一旦姿を消すと、白衣を着た医師を連れて戻って来た。初老の医師は安堵と憤慨を混ぜ合わせた表情で俺に話しかけた。

「君、気分はどうかね?」

「……最悪です……」

 どうにか答える俺へ、医師は不快そうに鼻を鳴らした。今どきの若者が嫌いらしい。

「当然だ。熱中症にかかっているんだからな」

「……熱中……症?」

「加えて二日酔いだ。若いからと言って過信してはいかんよ。どうせ水もろくに飲まずに酒ばかりやっていたんだろう。今の季節にそんな事したら、下手すりゃ命取りだよ。近くの農家さんが明け方、地面に伸びている君達を偶然発見して救急車を呼んでくれたから助かったけど、そうじゃなかったら今頃死んでいたぞ。幸い三人とも命に別状はないが、今日一日は入院だからな。それからあそこは廃村だが、れっきとした私有地なんだ。後で警察から事情を聴かれる事になるから覚悟しとけよ。大体今の若いやつは……」

「ま……、待ってください……」

 早口で説教を続ける医師へ、俺は掠れた声で訴えた。

「不法侵入だったなら、謝ります……。でも、水はちゃんと飲んでいたんです。あの村の井戸水をそれこそ沢山飲んでいたんですよ……。それで熱中症になるなんて……」

 俺の言葉を聞いた医師は顔をしかめた。

「井戸の水を……飲んだ?」

「はい……。とっても冷たくて……美味しかったんです。だからバケツに何杯分も……」

 医師は看護師と顔を見合わせた後、眉をひそめて言った。

「夢でも見たんだろう。あの井戸はとうに枯れているよ」

「か、枯れている?」

 思わず甲高い声を上げる俺に、医師は不機嫌そうに言い放つ。

「私はこの土地の出身だ。子供の頃には確かにあそこの井戸水は冷たくて美味かったが、程なくして水源が枯れてしまって、それが原因であそこは廃村になったんだ。だからあの井戸の水を飲んだなんて、あり得ないんだよ!」

 それからしばらく医師の小言は続いたが、俺の耳には入っていなかった。

 水の幽霊って、そういう事かよ……。

 頭痛と怠さ、吐き気に苛まれながら俺は天井を見上げてため息を吐いた。


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