桜前線はすぐ近くまで
サクラサク
合格通知を受け取った安堵と興奮も冷めやらぬころのこと。
わたしは新入学の準備に追われていました。
「ミオ、早くしないさい。電車に遅れるわよ」
「はいはい、わかってるって」
卒業したら着ないと思っていたセーラー服の上にカーディガンとダッフルコートを羽織り、中学の校章が刻印された通学かばんに合格関係書類が入った角二封筒を無理矢理ねじ込みながら玄関を出ました。
途中、会社員の波間で忍耐力を試されたあと、似たり寄ったりの制服を着た黒や紺の群れに合流し、そのまま市役所そばにある総合体育館へ。
入り口に「市内公立高校新入学生合同学用品購買会場」とあるので間違いありません。
「着心地はどう? 苦しいところとかない?」
「だいじょうぶです。むしろ、ちょっとぶかぶかかも…」
「まだまだ成長期だから、大きいかなくらいでぴったりよ。――はい、次の子どうぞ」
最後のブースで試着用のブレザーを回収され、わたしの採寸は終了しました。
サイズを測った割には雑に決められたなぁと内心でもやもやしながらパーテーションの外へ一歩踏み出すと、壁際やテープで封鎖された階段の周囲がにぎわっていました。
「あれ? お前、ヨシダじゃね?」
「おー、コスギか。久しぶりだな。どこに受かったんだ?」
「第一商業。お前は?」
「いっしょ、いっしょ。イエーイ」
なんとなく耳を傾けていると、どうやら別の中学に行ってたかつての同級生と再会した人が多いらしいと判明しました。
高校進学と同じタイミングで転勤することが決まった親といっしょに引っ越してきたわたしには、ちょっとうらやましい光景に思えました。
社交的な人なら積極的に輪に入って友情をはぐくむところでしょうけど、内気で口下手なわたしは、遠巻きでながめていることしかできませんでした。
名前の刺繍が終わった制服やジャージ類などは後日自宅へ郵送されるので、このまま待っていてもすることは無いのですが、盛り上がっている人の群れを後ろに帰宅する気になれず、なんとなく出口近くの桜の下でうろうろしていると、声変わり期独特のかすれたボイスが耳に入りました。
「おや? もしかして、ミョーちゃん? ハナヤマミオさんでしょ?」
「えーっと…」
声がした方へ顔を向けると、詰襟を着たスポーティーな男子が立っていました。
運動部の部長でもしていそうな好青年に、まったく見覚えがありませんでした。
表情を曇らせたまま困惑していると、彼は短髪の後頭部に片手を当てて軽くかきながら続けました。
「あー、覚えてないか。ハルトだよ、サクライハルト」
「えっ、あのハルくんが、ええっ?」
「そうそう、あの泣き虫ハルくんは、九月にブラジルから帰ってまいりました」
「ふふっ」
後頭部に当てた手を敬礼のように変えて言った瞬間、彼の前髪に濃いピンク色の花びらが乗ったので、わたしは笑いをこらえきれませんでした。
ハルくんというのは幼稚園のころに同じ組だった男の子で、当時はわたしよりも小柄で、ちょっとしたことですぐ涙ぐんでしまう泣き虫さんでした。
しばらく見ない間に、ずいぶんと陽気でたくましくなったものです。
「それでミョ―ちゃんは、どこに受かったの? 東? 南? それとも第一女子?」
「県外から受けたから、市立国際しか日程が合わなくて…」
「おっ、いいね。オレも同じところ。高校でもよろしくな」
旧友に会えたという喜びだけでなく、だれも知らない状態で入学式を迎えずに済んだという安心も手伝って、合格が決まった日から張りつめていた緊張の糸が、すーっとほどけていきました。
このあと、わたしはハルくんといっしょに帰り、思い出話に花を咲かせたのですが、どういう内容だったかはご想像にお任せします。