第二話 魔法使い
白洲緋色はローブを纏った怪しい集団に召喚され、この地ゼノグラシアへと降り立った。
「つまり、この世界では魔法が使えると?」
「ええ……。しかし誰もが使えるわけではありません。生まれながらに魔力を持つ、選ばれし者のみが魔術を繰り出せるのです」
目を擦り、眠たそうにしながら尋ねるヒイロにロブ爺こと、キケル=エーテルローは真剣な表情で答える。
キケルは肩まで伸びた長い白髪が特徴的な、背の曲がった老人で、左右で大きさの違う目を隠すためか左目にモノクルを嵌めている。
そして左の手で杖をついているのを見るに、左利きなのだろう。
杖には鷲の意匠が施されており、どことなく高貴な雰囲気を漂わせていた。
「しかし残念ながら私どもは、選ばれなかった。この世界に──」
「いや、神にですかな……」
「だから、オレの力を使って復讐を果たそうと、そういう事か?」
このローブを纏った集団ことロブ集は、魔力を持たない人間たちの集まりであり、魔法使いたちへの悪意を日頃から募らせていた。
そのため、魔法使い一人の命と睾丸を十個、乳房をさらに十個といった多大な犠牲を払い、わざわざヒイロを異世界から召喚したのである。
ただただ、魔法使いへの復讐の為に。
「言い方は悪いですが、まぁ、そういう事です。先も言いました通り、貴方は別の世界では無気力だったはず。それは、要らぬ力を持ち合わせ、邪魔をしていたからに他なりません」
「しかし、こちらの世界では違う。貴方は縛られていた鎖から解き放たれ、強大な魔力を持ってして世界を自分のモノに出来るのです」
「どうです、悪い話ではありますまい」
ロブ集たちが膝を付き服従の意思を示す中、ヒイロは大きな石の上で肘を付いて寝転び、鼻くそを飛ばしながら聞いている。
※これが、この物語の主人公です。
「確かに……。コッチの世界に来てからというもの、すこぶる気分がいい。オレの力がこの世界に呼応しているようだ!」
※思い込みの力、プラシーボ効果です。
「タハハッ……」
これにはキケルも苦笑い。
「このメロニアという国は階級制度で、魔法使い以外は頭脳職に就く事を禁じられています。そのため我々の様な魔法を使えぬ者たちは、産まれ落ちたその瞬間から、貧困に喘ぐこととなるのです」
「私どもだけでは無い。我らの子も、その孫も、末代までそれは変わらないのです!」
初めは冷静だったキケルの口調にも、次第に熱がこもっていく。
これが、アカデミー助演男優賞を取った男の実力か……。
「ちくしょう! お前の話を聞いてたら、コッチまでムシャクシャしてきたぜ。
握った拳を左手に打ち付け、憤ってみせるヒイロ。
なんて単純な男なのでしょう……。
「よし、決めた! お前たちに力を貸してやる。このヒイロ=フォン=エンドルフィンにかかれば、魔法使い共を一掃するなんて、もうチョチョイのチョイよ。どうせ主人公補正がかかるしなぁ!」
そう言って石の上に立ち上がり、満点の夜空に向かって拳を突き立てる。
「よくぞ言ってくれました、ヒイロ。早速ですが、貴方にやってもらいたい事があるのです」
キケルはそう言って振り返り、配下の者たちへ「アレをココへ」と指示を飛ばす。
そうしてヒイロの前に持ってこられたのは、白衣を着た男の死体だった。
「何だ、コレは?」
その死体の背にはナイフが刺さっており、正面には幾重もの大きな傷跡が見てとれた。
白衣は血で赤く染まり、男が掛ける眼鏡のレンズにはヒビが入っている。
家に引きこもっていたヒイロにとって、その光景はあまりにも衝撃的で、創作物と違ってその血は暗く、何より吐き気を催す程の腐乱臭がした。
「この男はアルデバラン=ユーキース。貴方を召喚する為に我々が殺害した、魔法使いの名です」
──────────
彼は、毎日欠かさず礼拝堂で祈りを捧げる。
信奉する神の為ではなく、病気や貧困で喘ぐ非魔法使いの為だ。
そして一日に使える魔力の殆どを人々の治療の為に使い、医師免許を持っていない彼は二度捕まった事がある。
治療できる範囲にも限界があり、何より自分一人がこんな事をした所で、救えない命の方が多かった。
それでもアルデバランは治療を止めなかった。
力を持つ者が持たない者へ施すのは慰めではなく、持つべき者の義務であると、彼自身がそう信じて疑わなかったからだ。
そんな男のある一日。
午後の診療を終え、早々に隠れ家を後にしようとしたアルデバランの元に、一人の少女が雨足と共にやって来た。
「助けて、殺される!」
少女は酷く怯えており、服は破れ、その体にはいくつものアザがあった。
「どうした、一体何があったんだ?」
「お父さんが、お父さんが魔法使いに殺される!」
少女の瞳孔が開き、唾を飲み込むその仕草からそれがウソだと分かった。
何より魔力の揺らぎが、それをウソだと証明している。
アルデバランは治療をする際、患者が症状を隠す事が多い為、心拍数に変動があると振動する様に部屋中に魔力を撒いていた。
そして、それが反応した。
「大丈夫。私も魔法使いの端くれ、きっと君のお父さんを救ってみせよう」
それでもアルデバランは少女のウソに目を瞑った。
曇天に加え遠雷が響く中、裏山にあるというロッジを目指す。
勢いよく扉を開けると、そこにはローブを纏った男たちが、剣や斧など武具を持って待ち構えていた。
「キミたちは──」
口を開いたその瞬間、背後から衝撃が走る。
少女は目を瞑り、震える両手を抑えつける様に、ナイフでアルデバランの背を刺した。
アルデバランが視線を小屋の中へと戻すと、男たちが手に持つ獲物を振りかざし襲いかかって来た。
小屋の中を血の匂いが包み込み、膝から崩れ落ちる様にして倒れ伏す。
「お前たち、の……。目的は、何、だ……」
アルデバランは意識が遠のく中、消え入る様なか細い声で男たちへと問いかけた。
部屋の奥で控えていた男が、杖を付きながら近づいてくる。
そしてフードを取り、ニヤッと不敵な笑みを浮かべてその問いに答えた。
「我々は魔法使いへの復讐を果たす。その為に君の死体が必要なのだ、アルデバラン君」
そこにはアルデバランの患者であり、学生時代の恩師でもあるキケル=エーテルローが立っていた。
「今日この日より我ら万華教団は、魔法使いの殲滅を開始する!」
北神暦千四百十二年六月十四日、アルデバラン=ユーキースは第六区万華教団の手によりこの世を去った。