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第1話 熱い風呂に入りたい



 

 この世界には馬の骨がいない。



 この世界のステータスカードには、「戸籍」が記録されているというよりも、「戸籍」のためにステータスカードが存在する。


 どんな人間であっても、その氏神を嘲るような人間はいない。


 創造神による天地創造後、創造神に連なる八百万の神が、さまざまな生き物、知恵のある生き物達を眷属として生み出した。

 知恵のある生き物たちは、皆、ステータスカードを持つ。


 人間も知恵のある生き物の一つだが、人間を眷属とする神にも八百万の神がいる。


 ステータスカードには、氏神の神名から連綿と続く一族の名前が記録された。


 ステータスカードは、よく磨かれた銅板のような、縦五センチ、横十センチ、厚みが5ミリの長方形で、暗闇でも見えるように書かれた文字が黒文字で発光する。


 ステータスカードの表の上には、氏神の神名が。その下には、持ち主の名前と生年月日が記載された。


 ステータスカードの裏には、両親、父方の祖父母、母方の祖父母の名前と生年月日が記載された。


 氏神の不興を買えば、氏神の神名の色が黒から白へと変わり、最後にはその神名がステータスカードから消える。


 氏神によって不興の原因が異なるのだが、特殊な氏神以外は、ステータスカードに神の名前のない「神ナシ」は忌避されていた。




   商業都市ミツマッタ



「なんだい、あんた神ナシかい?」


 愛想よく迎えてくれた宿の女将が眉を顰めた。

 タロウの袖をひいた呼び込みの娘も顔を顰めている。タロウのステータスカードを初めて見た者の反応としては、いつものことではあったが、今日は疲れていた。


 三週間ぶりにミツマッタへ帰ってきたからだ。



 隊商の往路の護衛で通った城塞都市タカイド行きの白の大街道が、オーク同士の小競り合いで封鎖されていたので、大回りで九十九折りの難所のある旧道で帰ってきた。


 タロウは、商業都市ミツマッタで隊商の護衛をして食っている。


 ここ二年も続いている白嶺南のオーク嶺颪(ねおろし)氏族会議の議長争いで生じた混乱で、護衛の期間が延長した一旬(10日)分の日当は出たはいいが、気楽なはずの大街道での日当にされては引きあうものではない。


 タロウが使っている定宿も、オーク同士の内輪揉めの影響で満室だった。


 旧道は、根颪氏族会議領の真ん中を通っているので、盗賊や山賊や食い詰め者の追い剥ぎがでるようなことはないが、道が険しいうえに、大型馬車がすれ違うのが難しいほど細い道が続く。野営する場所もなく、道沿いに馬車を停めたまま夜を明かした。


 山から流れだす清水のおかげで、水に苦労しないことだけが取り柄だ。


 百台ほどの荷馬車からなる中規模の隊商は、ミツマッタに五台づつ馬車を分散して送りだした。積荷の契約上から、復路は旧道を使ったほうがよいと判断したのだ。

 タロウは、最後から三番目の組に分けられた。


 旧道を使おうとする零細の商人や、他の商会もある。最初の組の出発からは二日遅れだ。


 白の大街道を使えば、ミツマッタからタカイドまでは、往復で八日、余裕をみて九日、荷下ろしと休みの二日をくわえて一旬(10日)と一日の十一日。ミツマッタとタカイドの間には、高い城壁に囲まれた宿場町も整備されている。


 旧道を使うと、道が空いていても片道だけで倍の八日、余裕をみて十日。道が細いので、輸送量に限界もある。何よりも山道の上り下りがきつい。場所によっては、護衛というより、きつい坂の下で荷車を押す手伝いをして小遣い稼ぎをしている坂屋になった気がしたものだ。


 夜の見張りも、二人だけの護衛では、一人三刻(6時間)は眠れない。隊商から一刻(2時間)ごとに一人をだしてもらっていたが、二日に一回ほどの見張りも不満そうだった。白の大街道を使う中規模以上の隊商になると、こんなものなのだろう。


 野宿が当たり前な隊商や、一人、家族でやっている零細の行商をしたらすぐに音をあげるに違いない。


 今回の騒動で、白の大街道を封鎖してしまった負い目からだろう。嶺颪氏族会議からオークとゴブリンの見回りが、夜だけではなく昼間も出ていて、よくすれ違った。その度に足を止めて、見回りの詮議を受けるのは、痛し痒しではあったが、やむを得ない。



「俺は転生者ですだよ。ほら、親の名前もないです。よく間違われるです」


 タロウは、ステータスカードをひっくり返して女将に見せた。

 ステータスカードの表には、氏神の神名と持ち主の名前と生年月日が記載され、その裏には、両親、父方の祖父母、母方の祖父母の名前と生年月日が記載されるからだ。

 話しかたがおかしいのは、外国語で理解するにはその国の文化を知るだけでは足りないからだ。仕様というやつだ。


 「口のまわり」だけでも、日本語と英語ではその範囲が異なる。単語だけでもそうだ。


 転移したときに、このピエモンテ州一帯で使われている西共通語を翻訳する能力を得たが、発音がおかしいことで外国人であることを伝えて、正確な発音や正しい話しかたによる「誤解」を防ぐためだった。


 この世界に転移して三年になるが、翻訳の能力と一緒に、一般常識や単語の違いとか全部教えろよ、タロウはいつもそう思う。


 いまの元副帝都ローマでは、神ナシ、親ナシの転生者は疎まれているが、ここミツマッタは三十年前に死んだ転生者ヒカル・ワタナベのおかげで、転生者であるタロウへの扱いはそう悪いものではない。白の大街道も、城塞都市タカイドも、ここ商業都市ミツマッタも、その間にある城壁の高い宿場町も、全部ヒカルが建てたようなものだからだ。


 大魔法使いのヒカルが敷いたミツマッタからタカイドを経由して、ドワーフ国のリヨンへと続く白の大街道が、わずか五十年で三叉路にあった寒村を交易によって百万人も住む商業都市へと引きあげた。貧しい土侯(どこう)が寄り添うように成立していたピエモンテ州が、ミツマッタに改名された商業都市のおかげで、元副帝都だったローマのあるローマ州をこえる繁栄をみせていた。


「ほんとだよ。裏には何も書いていない。それで変わった名前なんだねえ」


「タロウ・ニッタ」と呟いたあと、見た目も少し変わっているよと女将はつけくわえた。


「おいおい。ちゃんと親からもらった名前ですだよ。それよりも泊めてくれるなら早くしてくれです。タカイドから帰ってきたんですが、旧道回りで疲れてるんです。夕飯はいらないです」

「そいつはすまなかったねえ。いま大街道にまでオークが出てきていることは聞いているよ。ベール。こちらのお客さんを部屋へ案内しておくれ」


 女将は、ステータスカードとタロウの名前と生年月日が記されたミツマッタ万屋(よろずや)組合証を返しながら、呼び込みの娘に声をかけた。普通の組合証には、両親の名前と生年月日も記載されている。

 本人だけでなく、両親の名前と生年月日も同じことはありえないからだ。


 両親の名前がないステータスカードは、それ以上にありえないだろうが。


 神からの証明書であるステータスカードは任意に出し入れできる。

 タロウは、紐のついた組合証は首にかけたうえで、下着につけた胸ポケットの組合証入れに収めた。人が作った組合証は、もしも無くしたら、転生者のタロウの場合、再発行の煩雑な手続きで大変なことになる。

 

 普通の組合人と違って罰金が痛いだけではすまない。


 宿屋に泊まったりするには、ステータスカード以外の身分証が必要な場合がある。ステータスカードだけでいい宿になると、雑魚寝の酷い宿になることが多い。


 ステータスカードもいらないような宿は、文字通りの盗賊宿だ。誰が盗賊なのかがわからない。

 逆に、極悪人専用の宿になると、ステータスカードと極悪人の組合証がいるらしい。


 本当か嘘かわからない笑い話だ。



「じゃあ、世話になるです」


 木造平屋建ての宿は、建物正面の扉を潜るとすぐ左側に女将のいる受付があり、右側に厠があり、正面の長い通路の突き当たりが台所。廊下を挟むように部屋が並んでいるウナギの寝床のような作りになっている。


 疲れていたタロウは、案内された一人部屋に入ってすぐに寝た。

 不定期連載になると思いますが、投稿時間は18時を予定しています。


 よろしくお願いします。



 追伸


 「中鬼」を「オーク」に、「小鬼」を「ゴブリン」へ変更しました。

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