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005 未空お姉ちゃん

 未空が言っているのは、寿哉が小学校に入学して間もない頃のことを指していた。同学年なので当然と言っては何だが同じ年齢である。


「……あの時の事、いっぱい覚えてるよ……。私のこと、『みく姉ちゃん』ってよくよんでたよねー」

「……人前であんまり言って欲しくはないけど……」


 精神の発達というものは、同時期に生まれた子供たちでも大きく異なるものだ。根拠となる学術データなど無いが、幼少期の二人を見ればそのことは一目でわかる。


 多少、と言っても一か月差で未空が早く生まれたのは事実であり、健康手帳に今でも記載が残っている。もちろん記録に残してくれたのは親であり、親が居なければこのスタートラインにも立てていなかった。


 野山に勇んで入って行っていたのはもっぱら未空で、寿哉は買い物で母親に連れられて行く子供のようにはしゃいでいた。身長で見ても彼女の方が僅かに高く、関係を知らない周囲からの第一感は姉と弟になるだろう。まさか一か月違いとは夢にも思わないはずだ。


 『外側から観察していれば未空は姉に見える』と前置きしたが、当時の寿哉の目からでも未空は『近所のお姉ちゃん』的存在だった。通学路で付き添ってもらったり、迷子のときに気を遣ってくれたり……。だだっこの赤ちゃんになっていた。


「……寿哉は、私がお姉ちゃんだって、そう思ってた?」


 自信無さ気に、いささかうつむいていた。活気で爆発しそうなオーラを纏ってばっかりだった未空も一人の人間であってアンドロイドではないのだと、つくづく思い知らされる。


「俺の中で、未空は本当に姉だった。……おんなじ学年だったけど、同級生と言うよりかは兄弟姉妹だと思ってた」


 住む家からして違うのだから家族が同一ということは無いのだが、寿哉としてはなぜ家が別々になっているのかが不思議で仕方なかった。この謎が解明されるのは、一般教養が身に付いたころになってからである。


 そして中学校に入っても尚、未空は姉であった。しっかり者で、面倒見がよく、芯が強いお手本のような人だった。見習いたい人をインタビューで尋ねられた時は、世界の偉人や有名人などではなく『近所に住んでるお姉ちゃん』と答えようと今でも心に決めている。


 ほっと、胸をなで下ろしていた。幾分か、自信を取り戻したのだろうか。


「……寿哉に見られてる、っていう意識があって、頑張らなくちゃ、ってね」


 悪ノリして立ち入り禁止区域に足を踏み入れてはいなかったし、日が暮れてから家を抜け出しもしていなかった。学校のよその子が平気でそういったルール違反をしていた環境だったが、寿哉は未空に合わせて規律に前ならえをしていた。


 ……それも、そういうことだったのかな……。


 未空にも女友達はいたわけだが、どうしてか一緒になってつるんでいる回数というのが少なかった。学校の中心役としての仕事が忙しかったのは認めるが、それにしても友達作りにおいてのコミュニケーションがやや希薄だと感じていた。


 ……これは、考えすぎかな……?


 憶測が事実を逸脱してきたので、ここで一旦終える事とする。


「お手本は、百パーセントあってなくちゃいけないでしょ? テストの模範解答が間違ってたら、使い物にならなくなっちゃうし……」


 背筋が、また一段と伸びきったのではないだろうか。『お手本』という自らの発言に呼応して、体育で褒められるような規律の取れたものになった。


 見本は、常に完璧でなくてはならない。一度のミスも許されないのだ。お手本動画を作っている人たちも、編集で一個一個がつなげられるとは言え製作するのにかなりの時間を要していることだろう。


「……でもね、それは理由があって。……『寿哉は、私が見守ってあげなくちゃダメなんだ』っていう気持ちが、何処かにあったんだと思う」


 申し訳なさそうに、未空が下唇をやんわりと噛んだ。視線も、右に左に泳いでいる。


 つまり、寿哉は自立していないように思われていたということだ。もう巣から旅立って一人前になったつもりだったのだが、不安要素が残っていたらしい。


 ちょっとだけ、ショックを受けた。


 ……どこかに、俺がそう未空に思わせちゃってたってことだよな……。


 金銭の授受など一度も行われたことが無く、日常生活も頼りっきりだったということはない。無論、身の回りの準備を手伝ってもらっていたこともだ。


 そうなると、つまりは。


「よく、相談してくれることがあったでしょ? たぶん、それでスイッチが入ってたと思うんだ……」


 背中についているのか隠れて見えないのか、どちらにせよやる気スイッチがオンになっていたのは寿哉お頻繁な相談が原因であったようだ。


 ……そんなに甘えた相談、したこと……。


 ひとまず、直近のものだけを思い出してみる。


『ここにいるの、いつまでにしたらいいと思う?』

『……寿哉が決めてる日はないの?』

『いや、未空に合わせようと思って。一番信頼できるの、未空だから』


 ……これは気負ってもおかしくないな……。


 これでは、いい訳も通用しない。証拠を裁判長に提出され、求刑通りの判決を食らうまでがオチだ。


「……悪いことじゃないよ!? 人を信頼するのはよっぽど心を許してないと出来ないことだし、それに私も嬉しかったし……」


 未空への依存が重荷になっていたことに対するナーバスな気持ちを察して、フォローが入った。今にも泣きそうであるのに、必死にこらえているようだ。


「……まさか、あれだけ甘えてきてたとしくん……いや、寿哉が……」

「……親みたいだな……」


 我が子かのように扱ってくれる未空。本当に同じ年に生まれているのか後日戸籍を確認しに行きたい。


 感慨にふけっていて、もう目の前が鮮明に見えていなさそうだ。光が屈折して、網膜に着くころには滅茶苦茶な経路をたどってきている。


「……すっかり変わってるのは分かってたけど。小学校の頃じゃなくて、男らしいところも増えてきて……」


 思考の練度が上がるにしたがって、流石の寿哉も自身で情報処理する回数が増えていった。姉がいる感覚は相変わらずだったが、べったりと寄りかかることはしなくなった。


「……寿哉……」


 フラフラと足取りが不明瞭になったのを見逃さず、肩を貸しにいった。ぼやけた視界の中に現れた手すりのようなものに、未空は捕まってくれた。


 ……なんで、こんなに手が温かいんだろう……?


 もう四月に突入しているとは言え、山奥の避暑地になりそうなここ一帯はまだポカポカ陽気とは程遠い。南からの順番待ちで、呼び出されるのは短くとも五月に入ってからではないだろうか。


 まだ寒気の残る風に吹かれると、ふつう末梢部から冷えていく。手袋を付けるのは指の先端が冷却されるのを緩和するためであり、凍傷になりやすいのもそこだ。


 それなのに、未空の手のひらは熱に覆われている。衣服越しでも伝わってくるのだから、熱源はもっと体温が高いのだろう。その血流を送り出すポンプは、本人そっくりで仕事をサボらない性格のようだ。


 今にも溢れんばかりの涙を咄嗟にうずめる……とドラマではなるのだろうが、未空はそんなことをしなかった。人の衣服で拭いてはいけないと、自らの腕をガードにしていた。


「……疲れたなぁー……。今日は、久しぶりにぐっすり寝れるかもなぁー……」


 精神的な悲しみと嬉しさは、体にも訴えるものがあるのだろう。激しい運動をするどころか軽い散策だけなのだが、疲労がたまってしまったようだ。


 ……この後、どうする……?


 いつもなら未空に意見を仰いでしまうが、そのような余裕は微塵も感じられない。そもそも、答えをまだもらっていない。


 雰囲気で分かってよと理不尽な子にはカンカンに叱られそうだが、野暮なツッコミしか能の無い寿哉だから許して欲しいのだ。


「ところで……」

「……うん、やめる。背伸びをするの、おしまい」


 切り返しに遭い、持っていた仮初めの剣は脆くも砕け散ってしまった。


「……ずっと心の片隅によどんでた霧が、今日やっと晴れた。……寿哉、ありがと」

「……」


 寿哉が感謝を言われる理由は何処にもない。慕っている人を苦しめる原因になっていたかもしれない自分のことをありがたがられても、いまいち嬉しさが湧いてこない。


 ……未空も、一人の女の子なんだよな……。


 忘れてはならない。未空は、寿哉のお姉さんロボットなどではない。肉体があり、能力の限界もある、一人の女の子なのだ。奴隷のようにこき使われることなど彼女が一番嫌がるであろうし、人工知能のように思われれば不快なはずだ。


 未空がいうように、人を頼ることが直接悪にはつながらない。道の進み方を知らずに独学で突き進んでしまうと、落とし穴にはまってしまうかもしれない。仮に出口を見つけられたとしても、正攻法の何倍もの時間を浪費するかもしれない。時は金なり、取り返しは付かない。


 しかしながら、過度な期待は時として他者を苦しめてしまう。今回で言えば、何かと未空ばかりに頼ってしまっていたがために、未空はそれに応えようと実体を大きく見せようとしていた。


 ……あと二日で付き合いが終わるわけじゃない。高校に入っても、未空は近くにいるんだ。


 地方大会で出会った他校の子なら、その日限りの付き合いになる。大して会話を交わすことも無く、一生接点が無いことだって多い。


 未空は、同一の地域で生まれた幼馴染かつ共に登校していく仲だ。一日で結ばれた太いロープが切れるわけが無く、この先もしばらくは続いていく。


 ……なんなら、今日の夜だって一緒にいるわけだし。


 親しき中にも礼儀あり。距離感を分かっているからこそ、やらなければならないことがある。


「……何か、勘違いしてない? 寿哉が、救ってくれたんだよ?」


 決壊寸前でいつまでも押し戻している。長くは持たなそうだ。


 ……どういうこと?


 『寿哉が、未空を救った』。今までのどこに、そのような要素があったのか。


「……私が、勝手に作り出した呪縛の中でもがいてた。それだけの話だよ? 寿哉が落ち込むことなんてない」


 滝のように落ちてくる涙腺からの分泌液に、貯蔵池が耐えきれなくなって……。


「……このままだったら、あとちょっとで体調崩してたと思うんだ。だから、助けてくれたのは寿哉」


 積もりに積もった想いが、防波堤を乗り越えて流れ出た。


 ……出来ることが、何もない。


 何を言っても水を差してしまいそうで。どれだけオブラートに包んでも積み上げられてきた未空が崩壊してしまいそうで。一切、身動きが取れなかった。


「……お姉ちゃんがこんなのでも、いい……?」


 記憶が昔に戻っている。閑古鳥が鳴いているはずの商店街に、出て行った人たちが声を張り上げて商品を売っていた。


 背中には、泣き崩れそうな幼き日の未空。そんな彼女に抱きつかれている、さらに一回り小柄な寿哉。まるで、十年ほど前にタイムスリップしたようだ。


「……お手本になってあげられなかったけど、いい……?」


 再び、涙と不安が入り混じった元気のない声が後ろから聞こえた。


 ……こんなの、決まってるだろ……。


 未空が、どれだけ努力してきたのか。寿哉が見えている分だけでも、人の一生分くらいあるのではないだろうか。真面目で、クラスの統率を取っていて……。幼馴染で親友なのが奇跡だ。


 ……頑張ってるのは、俺がよく知ってる。だから……。


 今日からしばらくは、選手交代だ。


「いいよ。未空は、休んでて。これから、俺が代わりになるから」


 休憩があってこそ、活動にキレが生まれる。ブラック企業よろしくぶっ続けで働いていても、生産性は上がらない。そんな過酷な場所で、人が輝けるはずがない。


「……としく……ん……」


 力尽きたしっかり者の幼馴染は、静かに背中へと落ちていった。

※毎日連載です。内部進行完結済みです。


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