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019 だいばくはつ

 ……俺は、今日を目一杯楽しんだつもりだ。


 勉強で忙しく、つい最近まで会う機会がめっきり減っていた寿哉と未空。出会ってしまっては邪魔になると、お互いに無視するようにしていたのだ。


 その制限も外れ、待ちに待った自由時間がやって来た。今日は何が何でも未空と一緒に居るぞと意気込んで、朝っぱらから清々しく冷たい空気を胸にため込んだ。


 未空は、いつもの未空のようでそうではなかった。過剰反応することが多く、かと思えばいじけて拗ねてしまうこともあった。声のかけ方が悪かったのか、無意識に気分を害するようなことをしたのか……。正直、原因は不明だ。


 それでも、未空のはつらつとした動きに勇気づけられた。おっかない手つきに冷や冷やさせられた。優雅であり上品な浴衣に感情を揺さぶられた。心も、お腹いっぱいにすることが出来た。


「……それで、もっと聞きたいことって?」


 更に距離が短くなり、もう同じ布団に二人が入っていた。迷子になった時に応対してくれるお姉さんのように、どのような質問や相談も受け付けてくれそうである。


「……未空は、今日一日どうだった?」


 三年間羽ばたかせていた翼を休められたかどうか。未空が、同じように楽しみを感じられたかどうか。寿哉にはいい思い出でも彼女からしてそうで無ければ、手放しで喜べない。


 未空には、考える時に人差し指を頬に添えてそっぽを向くクセがある。簡単な質問の時はすぐ向き直るが、複雑で言葉に出せないような難問だと頬を弄り出すのだ。


 共に過ごしてきた幼馴染の視線は一切ブレることなく、寿哉に注がれたままだった。


「とっても楽しくて、嬉しかったよ!」


 そう言うと上方に手を持っていき、うんと縦に体を伸ばした。朝方に固まっている時はよくする仕草だが、何故この寝る前なのかは聞いてみなければ分からない。


「……丁度いいから、今日あったことでも振り返ろっか、寿哉」


 欠伸をするのでもなく、今度は気持ちの高揚で肌が薄ピンクに透けて見える。まだ寝かしつけてはくれないらしい。


「……泣き崩れちゃったの、寿哉から見たら弱そうに見えちゃったかな……」

「そんなことない。感情に正直で、綺麗だったよ?」


 自分が号泣している姿を他人に見られるのは、その涙が恋愛映画でも離別でも恥ずかしいものだ。いつもとはまるで違う弱いところを見せているようで、人前で泣くのを我慢する人がいるほどだ。


 感情を我慢してやり過ごすのは、それが衝動の怒りで無ければ思わしくない行為だ。思ったことを表現できなかったという事実はストレスとなって襲い掛かってくる。気が重くなるだけでなく、胃潰瘍や頭痛などの肉体的な症状にまで発展することもある。


 人目など気にせずに自身の感情を丸出しに出来たら、どれほどいい事か。耐え忍んでストレスを溜めない生活が出来ればどれほど楽だろうか。ありのままの気持ちを出せる人間は、そう多くない。そういう人間は、うらやましがられる。


 幼馴染の仲ではあるが、未空にとって寿哉は異性だ。家族のようであると評されはするが、血のつながっていない他者だ。クシャクシャに潰れた泣き顔になったのは、自分の感情をきちんと表に出せたからなのだ。


 そして、その悲しみに暮れながら小さい勇気を出した未空を、不覚にも綺麗だと思った。涙のモトで作られた偽物ではなく、目から流れた光の粒。泣いている顔の想像が付かない人がいざそうなっているのは、芸術作品だった。


 どうして、女の子が流す涙は美しく見えるのだろう。ぶりっ子のウソ泣きに心打たれることは無いが、静かに垂れた一滴は宝石のよう。成分を調べても水しか検出されないが、片方には気持ちという見えないものが乗っかっている。


 心情を考察するには、そこに行きつくまでの流れが分かっていなければならない。過程を知っているからこそ、心境に共感して感情移入でき、その結果が『美しい』と感じることなのではないだろうか。


「それより、あれで本当にさよならできた? まだのこってたりしない?」

「……実を言うとね、まだ何か残ってる気がする。……ずっと優しくしてもらって、それで離れることになって」


 ケリをつけたつもりでも、また感情がぶり返してくるというのはよくある。ワクワクが詰まっていた未空も、今はおばあさんのことを思い出しているのかしんみりとしていた。呼吸がゆっくりになり、穏やかな息の音がよく聞こえる。


「……次に来るときには、もうあの商店街が無くなっちゃってるかもしれないって思うと、どうしようもなくって……」


 通っている鉄道も、近い将来に廃線になる。これまで給付されていた支援金も、いずれは尽きて無くなる。この村は、廃墟となるのだ。


 そのまま建物が取り残されることもあるが、もしかすると危険だからと取り壊されてしまうかもしれない。まさか国が辺境の地まで重機を持ってくるとも思えないが、可能性はゼロではない。


 この地区は築うん十年といった建物ばかりであり、実際商店街も崩れた建物の方が多いくらいだった。倒壊の可能性があるもの全てを撤去するとなると、確実に野に帰る。


 そうでなくとも、アクセス手段が無くなる。財力に限界のある高校生や大学生では、タクシーに乗るお金はない。免許をとれたとしても、道路が閉鎖されていたら手が出せない。


 ……こればっかりは、どうにもしてあげられないな……。


 別れがあれば、それと同じだけの出会いもあるはずだ。今すぐというのは酷だが、近いうちに切り替えてほしいものだ。


「……でも、前を向かないといけないからね。ずっと悲しんでても、変わらないし」


 諦めに満ちた一言で、室温が肌に感じられるほど低くなった。


「さてさて、次いくよ。飛んできたからす……はやめとこうか」

「……もう遅いけど、頭にケガしなかった?」

「それは大丈夫。……あのからすめ、私の髪の毛はエサじゃないぞー!」


 体毛と似ていて、仲間にでも間違えられたのだろうか。それで頭突きされているのだから、よほど同類に恨みを持っていたという事か。カアカア夕焼け空を飛んでいく黒い鳥も、人間関係、いや鳥関係に悩まされているのかもしれない。


 からすの件については、低空飛行で襲い掛かって来た事の発端よりもその後の未空を制止する方が大変だった。妖怪にでも憑りつかれたかのように、うわ言で『いたずらがらすめ』とつぶやいていて、ホラー映画の撮影に出ている夢を見ているのかと思ったほどだ。


 寿哉と未空の身長は、ほぼ同程度。男女の体格の差で筋肉量では寿哉に軍配が上がるが、おおむね拮抗している。


 そんな二人が取っ組み合いになると、どうなるか。圧倒的な力量の差があれば片方がねじ伏せてKO勝ちになるが、多少のものならば時の運で勝者が決まる。女子だからケンカが弱い、男子だからケンカに勝って当たり前ではなく、投げられたサイコロで勝てるかどうかが決められるのだ。


 スイッチの入ってしまった未空は、『おねえちゃん』と心の奥底にある家族感情を揺り動かさなければ解除されない。簡単そうだが、両腕を縛って暴れられない状態に持っていかなければならないので大変苦労する。


 からすについては素早く行動できたので大事には至らなかった。だが、ある程度時間が経つと、目の前にあるたった一つの感情へと暴走が始まってしまう。一度アクセルが踏まれれば、それこそ取っ組み合いで制圧しなくては元に戻ってこない。


「まあまあ、ケガしてないなら良かったんじゃないかな?」

「……せっかくのシチュエーションが台無し……」

「……シチュエーション?」

「……別に、ききき気にしないで」


 心の独り言が漏れてしまったようだが、これまた珍しい。激情に駆られているか、精神ダメージの蓄積が一定以上無いとこのようなことは起こらない。日頃から呟きが多い寿哉みたいな人ならともかく、考えをよく吟味してから口に出す未空だ。からすへの怒りは見えているよりずっと高いのだろう。


「……カレーライス、私だけだったら上手くできてたと思う?」

「いいや、全然」

「そこは、嘘でもいいから『なんとか出来てたんじゃないかな』とか言うところじゃなーい?」


 と本人は空気が読めない奴だと小悪魔的な笑みを見せているが、実際未空だけで料理がリベンジ成功していたとは思えない。


 料理というものは、材料、手順、細かいポイントで構成されている。材料は言わずもがな、手順は鍋に突っ込む順番や切り方、細かいポイントはジャガイモの芽の取り方などだ。


 これらの内、一つでも抜けてしまえば美味しいものは作れない。手順前後が許される場合もあるが、原則としてはレシピ通りの順序で進行していきたいものだ。


 中学校の実習授業で大失敗を犯した未空は、ジャガイモを早めに入れてはいけないということを学び、また作り方も復習したはずだ。リベンジに燃えていたら、それくらいはする。


 そして、実践の時。彼女は早速ミスを犯していた。致命的とは言わないが、食品ロスを減らすという目標には引っかかっていた。


 ジャガイモの芽は、刃元で切り落とすものだ。刃先では思うように力が伝わらず、周りの身をかっさらっていきかねない。事実、未空が端に追いやっていた芽には、ジャガイモの身も引っ付いていた。もったいない。


 まあ、身が少なくなろうともジャガイモはがジャガイモであり、具材として問題があるわけではない。問題は、他にもあったのだ。


 未空は、火が通っているかを確かめる方法を知らなかった。肉に赤い部分がある打ちは食べられないという基礎は十分理解していたが、野菜に関しては全くの無知であった。箸を刺して柔らかければいいという教えに目を輝かせていたほどだから、知識が無かったのだろう。


 自分が言うと格好悪いのだが、カレーライスが完成したのは寿哉のサポートあってこそで、未空単独で挑戦していれば確実に失敗していた。断言できる材料は、豊富にそろっている。


「……『少し入れる分量間違えた』とか『作り過ぎた』だけならそう言えたんだけど……。流石に、調理方法間違えてそれは言えないかな」


 これは、未空の安全のためでもある。今の状態のまま、自信を持って自炊されては困る。食中毒や体調不良で学業に支障が出てしまう。


 慰めを貰えると思っていた親友から苦い経験を追撃されて、口が若干だがへの字に曲がった。いい気持ちがしないのは当然だ。


「……寿哉って、本気を出してどんどん追い詰めてくるよね……。私が悪かったのは分かるけど」


 言論で打ち負かされたなら実力行使だと、布団を引きはがされそうになった。かん高い声で怒ってはいないが、エレベーターのロープが巻かれていくようにジリジリ未空側へ寄っていく。


 上に被さっているものが無いのでは、新春と言えど寒いものは寒い。狭まっていく領域に留まろうと、寿哉も抵抗した。力に逆らえないのなら流されてみようと、引っ張られるがままに受け身になった。


 感情に任せて布団を引っ張っていた未空が、その手を止めた。許された訳ではないのは分かる。謝罪の言葉はいつまでたっても出てこず、そっぽを向いているのは相変わらずだ。


「未空、これ以上やると体が……」

「いちいち口に出さないで!」


 脂肪をたっぷり蓄えた胸に平べったい板が触れる直前で、布団巻きが止まっていた。先ほどまでもかなり近かったが、もう未空が目と鼻の先にいる。鼻の先と先が触れ合いそうなほど、密接していた。


「……いくら寿哉でも、ここまで来られると恥ずかしい……。ちょっとだけ、離れてくれないかな……」

「布団を引っ張った人がそれを言うか……」


 どちらも意図していなかっただけに、空気がギクシャクしてしまっていた。目を逃がすところが無く、未空が苦しそうだ。


 回収してきた掛け布団を解放してやれば問題は解決する。二人が急接近したのは保温の幅が減少したからであり、寒くない範囲が増えれば自然と解消される、そのはずだった。


 未空が、なかなか抱えているものを放り出してくれなかった。一度決めたものは、間違いだと薄々感じていても捻じ曲げない鉄の意志が見え隠れしていた。これで冤罪が引き起こされると最悪だが、ここは警察署ではないので良しとしよう。


 寿哉からは、何もすることが無い。もちろん自分から外に出れば離れられるが、それだと風邪を引いてしまうかもしれない。二日目を台無しにしたくはない。


「……私がやったことだし、仕方ないか……」

※毎日連載です。内部進行完結済みです。


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