014 好きな人
男子は不器用だとよく言われるのだが、全員には当てはまらない。皆に該当するのならば、裁縫は糸くずまみれの作品が出来上がり、料理をさせれば黒焦げのネタにならない不味いものが出来上がる。しかし、そんなことは無い。
一秒でも長らえてほしいという二人の気持ちを乗せた線香花火の火球は、紙にぶら下がっている。土台は不安定で、息を吹きかけただけで落ちてしまいそうなほど繊細だ。
「寿哉は、覚えてる? 実は一回だけ、私の家に寿哉が泊まりに来た事があったんだよ?」
「……全く覚えてない……」
家で仲良く遊んでいたのは覚えているのだが、泊まった記憶はすっかり抜け落ちている。
「あの時はねー、もう寿哉が終始甘えん坊さんで、赤ちゃんみたいに寝かしつけたっけ……」
穴があったら入りたい。しまい込んでいた黒歴史が、ここで掘り返されることになるとは思わなかった。
生まれた年月が大きく離れているのは、擬似的な上下関係を補強した要因になっただろう。未空は五月生まれであるのに対し、寿哉は桜舞う三月中旬。会社で生まれたのが数か月の差なら昇進にこれといった影響はないだろうが、幼児期の心や体格には覆せない差が生じる。それが、男と女であってもだ。
それだけならいいのだが、自立という意識を持たなかった寿哉少年は極度の甘えん坊だった。ケンカで泣かされようものならビービー涙を垂らして未空に駆け寄り、服の袖でふき取っていたほどなのだ。
そんな近所の男の子を放っておけなかったのも、未空らしい。気を悪くするどころか積極的に寿哉を遊びに誘い、強固な絆が形成された。心身ともに健康で居られているのも、野山に連れまわしてくれた未空のおかげだ。
地球は環境破壊が進んでいるようだが、言葉も碌に発せなかった時と比べて何も空は変わらない。隅々にまで広がっている星空は、無料のプラネタリウムだ。
高度経済成長期に工場誘致計画が持ち上がっていたという話を耳にしたことがある。世界に追いつけ追い越せで産業が飛躍的に発展していた時代だ、工場が増えていくのは当たり前であり、また仕事ができる事にもつながる。まさに、一石二鳥だ。
ところが、祖先はこれを断った。丁度公害問題が各種メディアに取り沙汰されていたのを気にしたか、穏便に暮らしていた生活を乱されたくなかったか。どちらにせよ、工業化の波に飲みこまれることは無かったとのことだ。
工場を受け入れていれば、集落も存続していたに違いない。仕事が見つからないと働き盛り世代がこぞって都市部へ引っ越し、限界突破集落になることは避けられた。
しかし、自然はどうなっていただろう。天然の遊具にしていた大木は、走り回っていた緑生い茂る山々は、せせらぎの中多種多様な生物が見られた川は。これっぽっちも残っていなかったかもしれない。
……どっちが、良かったんだろう……。
どちらの未来が良かったなどと、優劣は付けられない。片方が現実となって存在し、他方は仮の世界として消滅しているのだから。
「……こんなこと言ったら、過保護に思われちゃうかもしれないけど、寿哉もこんなに大きくたくましくなったんだなぁ……」
当時の甘い部分を知り尽くしている幼馴染だからこそ、人格的な成長にも人一倍感づくことが出来ているのだろう。
「そうだと思う。自分でも、よくここまでこれたな、と」
未空無しでは、他人任せの面倒くさがりな高校生になってしまっていた。幼馴染というものの偉大さが、よく心に染みる。
足元を、線香花火が照らしてくれている。未空は上に合わせて下は下駄……と言うわけではなく、普通の運動靴だった。カタカタ鳴っていたような気もするので、履こうとしたが難しくて断念した線が強そうだ。
「こうやって、花火を二人でしてると、ずっと続いていくような気がする」
「そうだよな、この球が光ってる限り、永遠に未空と話してるんじゃないかって思う」
一刻前は早く落ちて欲しかった火球に、今はいつまでも寿哉たちを照らし続けて欲しいという偏った願いをしていた。
「……」
また、言葉の無い時間が続いた。三本目とは打って変わり、純粋に親友とのかけがえのないひとときを存分に満喫しているようで微笑ましい。
メラメラと燃えるわけでもなく、かと言えど木炭に火をつけた時のように火が出ていないということでも無い。穏やかだが、時折気性が荒くなるオレンジボールが、空中を漂っている。
初めに未空が言っていた意味を、ようやく理解できたような気がした。静という状態のものは、動が持ち合わせていない観点の感動を与えてくれるのだと言う事だったのだ。
動きの激しいものは、その動作そのものが何かの目標に向かっている。激しく散らす花火は華やかさ、ボールをドリブルするサッカーはゴール、白球を撃ち返す野球はスタンドイン……。みんな、明示されている。
一方で、穏やかなものは動作そのものに意味を見出す。美術作品の鑑賞はまさにそれで、絵に秘められた工夫を見つけ、そこに隠された意義を考える。その意図を飲み込めた時、初めて感動に襲われる。
「……黙ったままでも十分楽しめるけど、やっぱり会話しないと盛り上がらないよね。何か話題だけ決めて、それで喋ろうよ」
話し足りなかったらしい未空が、静寂を破った。
「時間は、この線香花火の火が地面に落ちるまで。長いのは話せないけど、それくらいの時間の方が話しやすいと思う」
怪談話は、行灯を参加者全員で囲んでするものだ。一個怖い話をする度にカウントが一ずつ減っていき、ゼロになると世にも恐ろしいことが起こるとされているが、完遂した事例が少なすぎて詳しいことは分からない。
今からしようとしているのは怪談話ではないが、話題に沿って話すというもの。『数学』などに決まった日には、開口一番白旗を上げてやる。
「テーマは、寿哉が決めていいよ?」
「えーっと……、話題は『好きな人』で」
ちょっとだけ未空を困らせてみたいといういたずら心が出た。
みるみるうちに、未空が真っ赤に染まっていった。暖色であるオレンジに照らされているというのはあれ、赤みが増していた。
言い出しっぺが自身であるだけに、止めたくとも止められない。嫌な気持ちになるのなら遠慮なく断ってきそうなものだが、長考するということはハナから拒絶するつもりもないようだ。
この恋愛にまでかかってきそうな話題を捻り出したからには、寿哉にも準備というものがある。候補も出さないまま話題を先に決めてあたふたするほど頭の回らない人間ではない。
グルグルと色々な想いが錯綜していて、収拾がつくまでにはもう生越時間がかかりそうだった。さりげなく肩が密着しているのは、たまたまなのだろうか。
……そこまで、深く考える事でもないだろうに……。
別に『好きな人』でも、恋愛感情としての人を指定はしていない。憧れている有名人でも、教え方が上手い先生でも、広義の『好き』に当てはまる人ならだれでもいい。
しかしながら、視野狭窄になると文章の一部分から勝手に解釈してしまうことがある。男女が二人並んでいるとしか書かれていないのに『交際している』と思い込むなど、冷静になればすぐ分かることが見えないのだ。未空も、その状態なのだろう。
すっくと、手が挙がった。ひじを伸ばしているところに、緊張感を持っていることが見て取れる。自信が無ければ自然と動作も小さくなり、肩をすぼめることが多くなる。中途半端な気持ちでもなさそうだ。
「……私は、寿哉だよ」
※毎日連載です。内部進行完結済みです。
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