第九話 仲間と共に
俺はあれから旅に向けて支度をした。といっても、持ち物は一人分の食べ物と飲み物、それとコンパスと地図くらいのものだ。あぁ、忘れてたけどもちろん路銀もね。
そうして準備が終わり、眠りについた。この宿屋《魔王城》に無料で寝泊まりしてから約二年が経過した。それだけこの場にとどまっていると、やはりそれなりに愛着は湧いてくるものである。なんだかんだ言いつつも、ここにいる人たちはみんな俺によくしてくれた。人族だからとか魔族だからとか関係なしに。それが心地よくて離れるのに少し躊躇いはあるが、それでも行かなければならない。わかってはいる。わかってはいるが、それでも少しだけ明日になってしまうのは残念な気がした。
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そしてやってきた旅立ちの日。
今考えるとこの二年という月日は長いようであっという間だった。特訓と称して師匠に崖から突き落とされたり、全身を縄でぐるぐる巻きにされた状態で魔物がうじゃうじゃいる無法地帯に放り込まれたりと色々あった。そんな日々も今考えると少しだけいい思い出だった気がする。それでも、一つだけ心残りがあった。
「リルに別れの挨拶ができなかったな」
そう、ただ一つの心残りとはリルに別れの挨拶をすることができなかったことだ。いつもいる玉座の間に行ったが、そこは間抜けの殻だった。周りいたリルの部下にどこにいるのか尋ねても『それは私たちの口からは言うことができません』の一点張りだった。
「はぁ、まあしょうがないか。旅の途中にでも手紙を書いて送ればいいか」
俺は少し大きめのリュックを背負い直して歩き始める。
「ちょっと!待ちなさいよ!!」
数歩歩き始めてから不意に背後からそんな声がかけられた。振り返ってみると、肩で息を切らしたリルの姿がそこにあった。
「リアム、私を置いて行こうとはいい度胸じゃない!」
リルは腰に手を当ててムスッとした表情でこちらを睨んでいる。背中には俺と同じように大きめのリュックサックが背負われていた。
「リル、一体どこにいたんだ?リルの部下に聞いてもなかなか教えてもらえなかったし」
それを聞いたリルは、「ふっふっふ」と笑っていた。
「なぜいなかったって?そんなの決まってるじゃない。旅の支度をするためよ!」
リルの背後からバンッという効果音が聞こえてきた。ん?待てよ。今なんて?
「リル、まさか旅についてくるのか?」
俺は信じられないといった表情で尋ねる。すると、リルは明らかに表情を歪める。
「なに?私がついてくるとなんか不都合でもあるってわけ?」
「いや、ないけどさ。そうじゃなくて!宿屋《魔王城》の方はいいのかよ。そんなんでもリルは宿屋《魔王城》の店主《魔王》なんだろ?」
リルは「あぁ、そのことね。あと、そんなんは余計よ!」と言ってから言葉を続ける。
「まぁ、魔王である私がこの地を離れるのは問題があるかもだけど、私がいてもいなくてもそこまで変わらないし。それに、私の部下たちはああ見えて優秀な人ばかりなのよ。私1人が抜けたくらいで根を上げるような連中じゃないわ。それに、この機を逃せば政務に追われることになっちゃうし」
絶対最後のが本音だろ。
俺ははぁと深いため息を吐いてから右手を差し出す。
「それじゃあ改めてよろしくな、リル」
「えぇ、こちらこそよろしく。せいぜい足を引っ張らないことね」
お互い固い握手を交わし、同時に笑みを浮かべる。
どうやら今回の旅は静かには終わってくれそうにない。だが、それでも1人で虚しく旅をするよりも信頼できる仲間がいた方が楽しいだろう。
俺とリルはお互いに最初の一歩を踏み出した。そう、俺たちの旅の最初の一歩を。