『探偵ごっこと日常』
『探偵ごっこと日常』
僕は、ここ宮城県仙台市にある『佐藤たかし興信所』の所長、佐藤たかし34歳。独身貴族だ。
貴族だと言っても貴族的な要素こそないのだが、僕は『独身貴族』という言葉を案外気に入っている。
なぜなら結婚できないのではなく、結婚しないという風な意味合いに取れるからだ。
そう、僕は結婚できないわけではない。
今まで結婚したかった相手がいなかった訳ではない。34年間生きて来て、お付き合いをした女性こそ多くは無いのだが、突然の別れを切り出されることが多かったことを鑑みれば、その原因は大いに僕にある。
それは僕がゲイであるとか、性的嗜好が極端だとか、はたまた暴力を振るうだとかのセンシティブな問題では無かった。もちろん僕はごく普通な人間だったが、1つだけ突出して人と違う部分がある。
それは「潔癖症」であるというところだ。
僕は汚れているものが大嫌いだ。触れたくもなければ見たくもない。それだけならば誰にも迷惑はかからないだろう。しかし僕の欠点はより深い部分にこそあった。とにかく汚れたものを美しくし、除菌をしないと気が済まないのだ。そのせいで数人の女性は僕の元を去って行った。最後の言葉は全員が同じであった。
「あなたとは暮らせない」
今日は窓掃除の日だ。
ピカピカの窓に鳥がぶつかってしまわないように、窓を綺麗に掃除し入念に消毒した後、外側から殺虫剤を、直接窓ガラスに吹き付けることで少しだけ汚すのだ。虫も寄らず、鳥も勘違いして突っ込むことをしない。まさに一石二鳥。
そんな、自分でも認識しているほどの異常行動をとっていると、外から呼ぶ声が聞こえた。
「佐藤さん。何をやっているんでしょうか。」
外の道路から女子中学生が呼んでいた。
1階から彼女が階段を上ってきた。彼女と言っても恋人ではない。15歳の恋人がいたらそれこそ犯罪だ。ある日、突然僕の目の前に現れて以来、何故だか懐かれていただけだ。
少女の名前は蘭子と言った。
県内でも偏差値の高い私立の中学校に通ういわばお嬢様だった。父親は会社を経営していて、それなりの大企業だったことに僕は驚いた。
___そんな彼女の夢は推理小説家。
自分の夢に実直というか貪欲というか、興味のある「不思議」な出来事に兎に角頭を突っ込みたがる少女だった。勉強熱心だとか努力家だとか言うと聞こえはいいのかもしれないが、何かの間違いで、危険なことに首を突っ込んでしまわないかと心配になる僕だった。
彼女と出会ってから、まだ数日しか経っていない僕がそう思うのだ、ご両親のご心労を察する。
「エビチリが食べたいのです!」
開口一番に彼女が言った。そういえば以前、彼女と初めて会ったとき「エビチリが大好き」だと言っていた。そうか。ずっと気になっていたわけね。
ちょうどお昼がまだだったのと、どうせお昼はいつもこの中華料理屋に来ている僕は彼女をそこに連れていくことにした。
「家はお金持ちなんですけれど、私は持っていないのです。」
開口二番に放った言葉はそれだった。どうやら僕を財布か何かと勘違いしているらしい。ま、もともと奢ってやるつもりだったし全然問題はない。独身貴族だしな。
それに、いくらお金持ちだからと言って娘に金銭をむやみに持たせないのは、教育としては正しいと思う。甘やかされて勘違いさせてしまったらそれは親の責任だろう。
僕の事務所がある雑居ビルの1階には、中華料理屋があった。
家族で経営している、いわゆる町中華と言うやつだ。僕はここの中華料理が大好きだった。何を食べても旨い。変に日本風に振り切って無いところがとてもいい。仙台で本場の中華を満喫できる数少ない中華料理屋がここだ。
「いらっしゃい!」
看板娘の依然が満面の笑みで迎えてくれた。彼女を目当てに来る客も少なくない。癒しとは何たるかを知っているようなその笑顔は、数々の労働者の心を満たしてくれる。
依然は近くの公立中学に通う15才。なんと蘭子と同級生だった。気品があるが幼さの残る蘭子に比べて、依然は随分と大人びて見えた。15歳という年齢を聞くと誰もが驚いた。
看板娘として既に地元では有名だった依然が、まさかの中学生だったとは正直驚いた。
そんな僕をよそに蘭子と依然はすぐに打ち解けた。
「うちのエビチリは日本一だけど、何故だかわかる?」
依然は僕に対して敬語を使ったことが無い。というか誰に対してもタメ語で話してしまう。そこが人気の理由であると言えなくもないのだが。
「日本のエビチリって、独自の進化を遂げてるから食べやすいようにトマトケチャップが使われてるの。だけど本場は豆板醤を使うからそこが大きな違いなのよ。」
依然は得意げに僕と蘭子にそう話した後、やってしまった、と言わんばかりに口を塞いだ。
「どうかしたのですか?」
「いやー。悪い癖でさー。ついお国自慢をしちゃうんだよね。へへ、そんなこと言うと嫌われるってわかっているのにさ。」
「いいえ! 自国の文化や良いところを自慢するのはおかしいことじゃありません。寧ろとてもいいことだと思いますよ!」
「そ、そうかな。そんなこと、初めて言われたや。」
依然と蘭子、案外いい友達になれるのかもしれない。
「へへ、じゃあ遠慮なく紹介するよ。白米も中国じゃお粥にするのが一般的なんだけど、私的には炊き立てのご飯にエビチリを乗せて食べると最強なのよ!」
「___想像しただけで私、死にそうです! 最強です!」
「ちなみに冷やし中華や天津飯も中華料理じゃないんだよ!」
「そうなんですか!? 天津の名を語るばかりか、中華を語るとは大きく出ていますね!」
なんだか盛り上がってきた2人に置いていかれまいと、僕も話に混ざる。
「ウーロン茶も中国じゃ飲まないんだよな。ピンク・レディーが美容のために飲み出したことで当時の日本で人気になって、サントリーが商品として販売したんだよ。」
「ピンク・レディーって誰?」
「・・・・・・」
____そういえば、最近お父さんが気になる事があるって言ってたんだ。
注文したエビチリを食べていると依然が隣のテーブルを片付けながら言った。
僕と蘭子は白米との最強を満喫しながら、耳を傾ける。
「うちは出前が主流なんだけどさ、いつも醤油ラーメンを注文してくれる『多口さん』っていうお客さんがいるんだ。」
厨房をで調理しているお父さんに代わって依然が説明を始めた。
「出前に行くのはお父さんなんだけど、今って対面して渡さないから置き配みたいになっちゃうの。マンションの廊下に椅子で置き場所を作ってくれているから、直接置かなくて助かるんだけど、注文も支払いもオンラインだから『多口さん』がどんな人なのかはお父さんも見たことはないんだって。」
昔の出前とは違うんだな。オンラインで非対面か。作り手としてはどんな相手が食べているのか気になったりするだろうに。
「その『多口さん』がさー、いつも醤油ラーメンのチャーシューだけは必ず残すんだよ。」
蘭子がエビチリをすくっていたレンゲを置いて、右手で顎を触り始めた。いつものなりきりポーズだ。
「チャーシューが食べられないのでしょうか。苦手だったりとかするのかもしれません。」
「私もそれ聞いて、ただ苦手だから残してるのかなーって思ったんだけどさ。いつも注文されるのが醤油ラーメン3人前なのよ。」
「3人前!? お1人で3人前を召し上がるのでしょうか。」
「玄関の様子を見る限り、子供がいる家庭みたいなんだってさ。」
「3人家族なら、醤油ラーメンが3杯で1人1杯ずつ食べたことになりますよね。3人全員がチャーシューがお嫌いでお残しになっているというのは不自然ですね。」
「そうなんだよー。」
「これは謎の匂いがします。」
蘭子は立ち上がると店内をくるくると歩いた。考えるときの癖なのだろう。幸い店内には僕たちしかいなかったのだが「謎」を目の当たりにするとすぐに動き出すのは少し悪い癖なのだと思う。
蘭子は長い間考えを巡らせていた。今回は難問らしい。
僕は______わかってしまった。
謎は既に解けていた。おそらく注文画面を見れば気付くだろう。
僕は謎を解いたことは黙っていた。探偵ごっこをここで終わらせるのは野暮だ。
「うーん。そうですね・・・。理由というか可能性は3つ程あると思うのです。」
蘭子は半ば諦めの表情を浮かべている。納得のいく解答が得られなかったと見える。
「1つ。チャーシューが美味しくない。」
厨房からずっこける音が響く。どうやら店主が聞き耳を立てていたらしい。
「2つ。全員が苦手。いずれも3人共となると怪しいですけど・・・。」
「3つ。これはお店に向けたメッセージなのではないでしょうか。」
「メッセージ・・・・・・」
「佐藤さんはどうお考えですか?」
しょうがない。ヒントをあげよう。
「依然。その注文画面って今出せる?」
「うん。タブレットの画面だよ。」
依然がレジの下からタブレット端末を持ってきた。
「えっと、最近の注文画面は______はい。
『多口さん』。○月△日、醤油ラーメン×3、仙台市青葉区国分町○丁目・・・。これで何かわかるの?」
「どれどれ_____。ほら蘭子ちゃん。よーく見てみて。」
「この画面に何かおかしいところがあるのでしょうか______。至って普通の注文画面に見えますけれど・・・・・・あ!!『多口さん』って・・・・・・わかりました!!」
蘭子は明るい笑顔を浮かべて立ち上がった。依然だけが気付いていない様子だ。
「『多口さん』は『多口さん』ではなく、『タタロさん』なのです!」
「あっ! ほんとだ!! てことはお父さんの見間違いってこと?」
「そういうことです。オンラインで注文した『タタロさんは』自分の名前をカタカナの『タタロ』と入力しました。それがこのタブレットに表示されたとき、画面が小さいので『多口』に見えたんです! 恐らく『タタロさん』は外国の方なのではないでしょうか。」
「でも、蘭子ちゃん。それがチャーシューとどう関係があるっていうの? 外国人は全員がチャーシュー嫌いだってことじゃないでしょ?」
「それはきっと宗教上の理由によるものでしょうね。イスラム教やユダヤ教では、豚を穢れた生き物と捉えたりと、口にしない人達がたくさんいると聞いたことがあります。推測の域を超えませんが、おそらくタタロさんは宗教上の理由により、豚肉であるチャーシューを食べることができない。そういうことだと思うのです。」
蘭子の講釈を聞いて奥から店主の李さんが顔を出した。
「なんだそういうことかい。俺のチャーシューがまずいのかと思って気にしちまったぜ。でもよ、じゃあなんで、わざわざチャーシューが入った醬油ラーメンを注文してくれるんだろうな。豚が穢れた生き物ってんなら、ラーメン自体も穢れて感じるんじゃないか?」
「そんなの簡単ですよ。醤油ラーメンが美味しかったからに決まっています。」
「佐藤さんはどうして、『多口さん』の名前だけで答えが分かったんですか?『多口さん』という苗字はそれほど珍しい物とも思えなかったのですが・・・。」
蘭子は、僕からヒントを与えられたことに対して不満な様子だ。
まあ、今回僕は少しズルをしている。それは不正を働いたとかではないけれど、蘭子との謎解きを競争だったと捉えると、僕はスタートを早めに切ったことになるのかもしれない。もとよりこの町で探偵みたいな仕事を続けてきた僕ならではのハンデのようなものを、初めから与えられていたことになる。
「ねえ佐藤さん! 教えていただけませんか!」
怒った表情も蘭子は美しかった。
「昔からよく名前でからかわれていたから、知っていたんだよ。___タタロは、僕の旧友だ。」
あの浅黒く彫刻のような男の顔を思いだす。
「ず、ずるーい!!」
パンデミックが終わったら、タタロと中華を食べたいと思った僕だった。
「チャーシューの代わりに、煮卵くれるってさ。」
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