私が悪役令嬢ですか?まあ、面白いこと。
私は別に何もしていないのですけれど…。
私は公爵令嬢、フォセット・アルデンヌ。婚約者はグラシアン・ザンクトゥアーリウム王太子殿下。私達の婚約は政略的なものではありますが、お互いを将来の伴侶としてとても大切にしてきました。周囲の人からも、美しく優秀な婚約者同士として憧れの的でした。
私はこの生まれながらの容姿の良さに胡座をかいたりせず、日々美しくあるための努力をし、毒に耐性をつけるため毎日さまざまな毒を飲みつつそれを表に出さず、厳しい王太子妃教育にもめげることなく、それらに打ち勝ち常に微笑みを浮かべていました。
そして、私と同じく、いえ、もっと血の滲むような努力をしながら王太子として常に微笑みを浮かべるグラシアン様。私はいつしか、グラシアン様に恋をしていました。そしてそれはきっと、グラシアン様も同じだと思い込んでいました。とある平民の女性がグラシアン様の愛人になったと学園中で噂になるまでは。
ニコラさん。平民なので姓はない。顔立ちはとても可愛らしい方。グラマラスな私とは違って、とても華奢で庇護欲をそそる。特待生として学園に入学しただけあって、とても優秀。王太子妃教育を受けてきた私にはさすがに届かないものの、なかなか教養がある。グラシアン様の側妃としては、悪くない。
さて、私はそんなニコラさんとグラシアン様の噂を鎮火させる…つもりは一切ない。だって、いずれは側妃として召し抱えるんですもの。そんなことをしてなんになると言うのでしょう。ただ一応、私こそが正妃であると印象付けるため、私のお友達に協力してもらいそっとニコラさんをグラシアン様から遠ざけて、私が常日頃からグラシアン様の側にいることにした。もちろん幼稚ないじめなどは厳禁で、やれ誰かが呼んでいただとか適当な理由で遠ざけさせたが。
そんなこんなで学園生活を無事乗り切って卒業間近というところで事は起きた。グラシアン様が私の元を突然訪れたのだ。
「フォセット、いい加減にしてくれ」
「なんのことでしょう?」
「とぼけるな。君はニコを虐めているだろう」
「あら?なんのことでしょう?」
お友達にもいじめはしないように言い含めているはずですが。
「この間、ニコが亡き母の形見のブローチを奪われてゴミ箱に捨てられたと泣いていた。もういい加減にしろよ」
あら、口調が乱れている。グラシアン様ともあろう方が、珍しい。それにしても、変ね。私のお友達が私のお願いを無視していじめに走るなんて有り得ないはずなのですが。
「心当たりがありませんわ。証拠はありますの?」
「証拠はないが、ニコが泣いていたんだ」
「…ええっと。何故それで私がいじめたことになりますの?」
「ニコが言っていたからだ」
「えー…。あの、せめて調査くらいはしてくださいませ、グラシアン様」
「しらばっくれるつもりか」
「いえ、そうではなく」
「…もういい。君がそのつもりならこちらもそれ相応の対応をする」
「グラシアン様?」
「失礼する」
あらまあ、もしかして私、悪役令嬢とやらの役職にされていますか?だとしたらとても面白いですわね。ふふ。
ー…
時は過ぎて、学園の卒業パーティー。私ももう卒業なのね。感慨深いわ。グラシアン様は当たり前のようにニコラさんをエスコートする。私は従兄弟であるクリスティアン従兄様にエスコートされている。なんだかちょっと悔しいが、王太子妃になる身として気を引き締めなければ。私がそう思ったその時、突然グラシアン様が私の目の前に現れた。会場がざわざわとする。一体なにかしら?
「フォセット!君を殺人教唆の疑いで断罪させてもらう!」
「…あら、まあ」
殺人教唆なんて、なにごとかしら?
「グラシアン殿下、どういうことです?」
クリスティアン従兄様は努めて冷静に聞く。
「ニコが昨日、お前の取り巻きの一人であるシルフィー嬢に階段から突き落とされた!」
しーん…とする会場。もう、グラシアン様ったら。
「グラシアン様、私の取り巻き、と言われた私のお友達は、伯爵令嬢ですわよね?」
「ああ、そうだ!貴族の風上にも置けない!」
「あの…お言葉ですけれど、伯爵令嬢がたかが平民を突き落としたくらいで、なんの罪に問えるのです?」
「…は?」
「だって、そうでしょう?この国は貴族の治める階級社会ですのよ?私もお友達も、なんの罪にも問えませんわ」
「…!」
グラシアン様とニコラさんは途端に顔色が悪くなる。もう、グラシアン様ったら。これくらいのことにも気付かないなんて…ニコラさんったら何をグラシアン様に吹き込んだのかしら?
「そもそも、昨日の何時のことですの?私、シルフィー様と他のお友達とも一緒にお茶会をしていましてよ?」
「そ、それは…」
ぷるぷると震えるニコラさん。せめて開き直るくらいの気概を持って欲しかったですわね。
「グラシアン様、いい加減に目を覚ましてくださいませ。ニコラさんに何を吹き込まれたか知りませんが、彼女は嘘を吐いていますわ。私、いじめなどは厳禁とお友達に言い聞かせていたくらいですのよ?」
「…ニコ、僕を騙していたのか?」
「え、あ、シアン、違うの!本当にこの人達からいじめられていたの!信じて!」
「であれば大々的に調査をしましょうか。それではっきりとしますわ」
「な…!?」
「ニコ、何故そんな顔をするんだ。調査してフォセットの罪が明らかになれば君も安心出来るはずだろう?」
「そ、それは…」
「…やっぱり、僕を騙していたのか」
「わ、私…」
青ざめるニコラさん。落ち込んだ様子のグラシアン様。
「さあ、これでお分かりですわよね?悪いのは婚前だというのに浮気をして変な噂を流してしまったグラシアン様と、婚約者がいる王太子をカモにしようとしたニコラさんですわ。学園を卒業して、私と正式に政略結婚してから…私との間に男の子が出来てから、ニコラさんを改めて側妃として迎えればよかったのに。…でも、これで、グラシアン様の評価はだだ下がりですわね。グラシアン様、覚悟は出来ていますか?」
「…そうだな。僕も責任を取らなくては」
「よく言った」
「…父上」
本来いるはずのない国王陛下の姿を見ても落ち着いた様子のグラシアン様。これからどうなるか悟っていらっしゃるのね。
「お前にはほとほと失望した。王太子位を剥奪する。王族籍も剥奪するから、中央教会へ出家するがいい」
「…え、シアン、王太子じゃなくなるの?王妃様になれれば贅沢できると思って粉かけたのに、意味がないじゃない!もう!」
「娘、お前は元王太子であるシアンを誘惑したな。内乱罪で捕縛する。明後日の午後三時に断頭台へ送る」
「なっ…なにそれ!知らない!聞いてない!」
みっともなく暴れるニコラさんは、衛兵に連れられて行った。
「フォセット嬢よ、第二王子のグウェナエルを王太子にするのじゃが、あいつには婚約者がおる。グウェナエルも婚約者もスペアとして教育は受けておるから、王太子妃教育を受けてきたお前には悪いが、国母になるのは諦めてくれ」
「もちろんです。国王陛下」
ー…
そうして時は過ぎて、三年後。
ニコラさんはあの後本当に処刑された。その後、ニコラさんの私室から魅了効果のある香水が発見された。つまりそういうことなのでしょう。
グラシアン様は中央教会で神に祈る毎日を過ごしているらしい。
私は、婚約が無くなりフリーになった途端にクリスティアン従兄様から猛烈なアプローチを受け陥落。なんでも私がグラシアン様の婚約者だった頃から私が好きだったらしい。
「フォセ、愛してる」
ちゅっと頬にキスをするクリスティアン従兄様。
「もう、クリスティアン従兄様ったら。私もです」
私もクリスティアン従兄様の頬にキスをする。終始この調子です。
そして今日、クリスティアン従兄様と私の結婚式。
「フォセ、幸せにする」
「ありがとうございます、旦那様。私も旦那様を支えてみせますわ」
「フォセ!好きだ!」
がばっとウェディングドレスを着た私を抱きしめてくる旦那様。私、これからこの方との幸せを全力で守ってみせますわ。