第9話
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「え、えええ絵里花さんっ?」
「あら、驚かせてしまったのならごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
セーラー服を着たフランス人形は優雅に微笑んだ。
「千鶴さんってカラフルな万華鏡みたい」
「それ、誉められてます?」
「もちろん」
前から見ると美人な絵里花さんは、横から見ると豊満だった。
そんな金色の姫君が歩調を合わせて隣を歩く。
「私に何か?」
絵里花さんと二人きりで話しをするのはこれが初めて。結希さんとはかなり仲良くなったけど、他のみんなとはまだまだこれからなのだ。
「折角なのでご一緒にと思って」
「私で良かったら」
「ありがとうございます」
何故、声を掛けてきたのだろう?
千鶴は必死に考える。
「どうして声を掛けてきたのか、って思ってらして?」
「あ、え、はい」
図星過ぎてストレートに返してしまった。
「深い意味はありませんわ。千鶴さんとは一度お話がしたいなって思ってたんです。愉しそうな方だなあって。きっと他の皆さんも同じ事を思ってますわ。でもなかなか機会がなくって。だっていつも結希さんが独占しているんですもの」
「結希さんには学園のことをたくさん教えて貰ってるんです。私、何も知らなくて」
「あの方はやたら詳しいですものね。ご自分で令女の生き字引って豪語するくらい」
「はははっ、そうですね。でも、すごく親切な方です」
「親切も度を過ぎたら独占禁止法違反ですわ。私、結希さんがあんなにお節介焼きだなんて知りませんでした」
「絵里花さんって辛口なんだ」
「正直なだけですわ」
「ははっ、絵里花さんも面白い」
「お互い様ねっ、ふふふふっ」
笑い合いうと急に肩の力が抜けた気がした。そして「あのうわさ」を聞いてみようと思い立った。
「あ、あの、絵里花さんは……」
「何でしょう」
「絵里花さんは…… 部活は何にするんですか?」
しかし、聞けなかった。
この意気地なし!
「多分…… 帰宅部です。色々忙しいので。でもクララ会のお誘いを受けたら、そちらは頑張ってみるつもりです」
「クララ会のお誘い?」
「ご存じありませんか? 夏になる前にクララ会の役員選挙があるんです。通常立候補するのは2年生で、立候補に際して応援演説を1年生に依頼します。そして当選した暁には、応援してくれた1年生を書記とか会計に指名する。それがここでの習わしなんです」
「そして、その書記とか会計が翌年立候補する――」
「よくご存じですね。だから役員選挙はほとんど信任投票なんですよ」
絵里花さんは昨年までの中等部役員、即ち殿上人だ。だから高等部でも応援演説を頼まれてクララ会に入るのだろう。まあ、こんなに美人で聡明だったら当然か、と千鶴は彼女の端麗な横顔を見ながら思う――
待てよ。
と言うことは「姫さま」を指名したのは、この絵里花さんと言うことだ。
「中等部も同じ?」
「基本は同じよ。ただ、高等部の場合はほとんど信任投票なのに対して、中等部は選挙戦になることが多いですわね。事情を知らない外部生の方が立候補するのです。でも、だいたいは順当に決まります。特に前回は圧勝でしたわ」
「前回って?」
「姫さまの時ですわ。外部生の子も頑張ったけど、相手が姫さまじゃあね。可哀想なくらい一方的で…… あ、姫さまってご存じ?」
「知ってます」
「学園のアイドルですからね」
「……らしいですね」
「歌って踊ってCD売ってるわけじゃないですよ」
「ははは、分かってます。ゆりたちの憧れなんですよね」
「彼女は正真正銘の、血統書付きのお嬢さまですから。小等部の頃から注目の的で、誰もが姫さまって呼んでましたわ。クララ会役員になって新聞部から「黒曜の姫君」の二つ名が授けられても、もう姫さまは姫さまだってみんな無視。別格ですわね」
滑舌も滑らかに姫さまを語る絵里花さん。
聞くなら今だ、と千鶴は思った。
「絵里花さんは姫さまと仲良しですよね?」
「まあよく知った間柄ではありますけど」
「交換日記はしないんですか?」
驚いた風に千鶴を見た風な絵里花さん、だけどすぐにその目を逸らした。。
「……ないでしょうね」
ちょっと寂しそうな横顔――
絵里子さんはなおも続ける。
「万里子ちゃんってしっかりしていて何でも出来るんですよ。あ、姫さまのことね。頑張り屋さんで頭も切れる。鬼に金棒ですわよね。一年一緒に仕事したのに、私が頼られることなんて一度だってなかったわ。でもね、万里子ちゃんってクルールの関係には憧れているみたい…… お相手は、誰なのかしらね……」
最後の部分は独り言のようだった。
だから千鶴もそれ以上は何も言わなかった。