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ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第1章 みずいろの贈り物
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第5話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 キンコン カンコーン

 カンコン カンコーン


 お昼を告げるチャイムが鳴る。

 聞き慣れた旋律は「ウェストミンスターの鐘」。

 英国・ビッグベンのメロディ。

 そう思いながら令女で聴くと、中学と同じチャイムがちょっとだけ荘厳に感じる。


 音が止み、数学のチャーリー先生が出て行くと、千鶴は弁当箱を机に載せた。

 チャーリー先生とはみんなが使う愛称であって、どこからどう見ても完全無欠に日本人のおじさんだ。少しよれた背広を羽織り、時折おやじギャグを交えながら数式を解説していく。何気に愛嬌がある風采に、寂しくなった髪の毛。愛称の由来はその辺にあるのかな、と千鶴は勝手に想像する。

 結希さんもノートを仕舞うと、ピンクのランチボックスを取り出して椅子を千鶴の席に向ける。


「千鶴さんいつもサンドイッチね」

「自分の家じゃないし、こんなのしか作れないのよ」


 千鶴は寮に入れてもらっていた。ただし、令桜女学園には女子大の寮しかなく、例外的にそこへ入寮している。寮費は朝晩の食費も込みで全額免除。だから納豆だってピーマンだってありがたく頂いている。けれども寮でお米は炊けない。だからお弁当は必然的にサンドイッチになる。


「今日も美味しそうね。ハム、卵焼きにレタス――」

「変則BLTサンドと呼んで」


 ご存じBLTサンドとは「ベーコン、レタス、トマト」を使ったサンドイッチのことだ。

 そして千鶴のサンドイッチは、そのベーコンがスーパー特売のハムに、トマトがお徳用ケチャップへと置き換わった代物だ。


「千鶴さんって、料理好きなの?」

「下手の横好き」

「またまたご謙遜を。で、得意料理は?」


 得意なのは残り物で作るチャーハン、だけど――

 貧乏を隠すつもりはないけれど、ことさら強調する必要もない、と千鶴は思う。この学園のゆりたちは、みんな裕福なご家庭のお嬢様だ。私を除いて。馬鹿にされるなんて思ってないけれど、逆に変な気を遣っても欲しくない。まあ、残り物チャーハンをお弁当に持ってきたとしても、お嬢様はおしなべて「凄いですわ、とても美味しそうですわ」などと真顔で誉めてくれるのだろうが。


 千鶴は少し考えて、当たり障りのない答えを見つけた。


「えっと、お好み焼きには自信があるかも」

「へえ~っ、お好み焼きねえ」

「おばあちゃんが小さなお好み屋さんやってて、時々お手伝いしてたから」

「おっ、本格派!」

「昔のことだけどね。ポイントは長芋かな」

「千鶴さんが作るの食べてみたいわ。明日ホットプレート持ってこようか? ここで食べるの」


 学園には洒落たカフェテリアがあるし、購買部もあってパンやおにぎりなんかを買って食べることも出来る。もちろん千鶴たちのようにお弁当を持参して教室で食べてもいい。しかし、教室でお好み焼きをするなんてムリ、結希さんの言葉はもちろん冗談だ。


「結希さんったら、冗談はよしこさん」

「冗談じゃないわよ、結構本気よ」

「またまた~っ!」


 コロコロと笑う千鶴に、結希さんは頬を緩める。


「いつ見ても、千鶴さんの笑顔には癒やされるわあ」

「誉めても何も出ませんよ?」

「天真爛漫で、悩んでいてもバカらしくなる笑顔よね」

「それ、実は馬鹿にしてない?」

「してないしてない」

「うそつき!」


 ぷうっと頬を膨らませる千鶴。


「拗ねてるところも可愛い。わがまま王女みたいで」

「やっぱり馬鹿にしてるっ!」


 口を尖らせる千鶴の髪は亜麻色だ。

 ふわっとウェーブがかかったセミロング、と言えば聞こえは良いけど、すぐに跳ねる困りものの癖っ毛をなんとかなだめて整えた苦心作。

 しかしその努力の甲斐もあってか、黙っているとオトナっぽく見える、とよく言われる。でも裏を返すと黙ってないと子供っぽいと言うことかも。


「千鶴さんって、見ていて飽きないわよね」

「私は客寄せパンダですか?」

「可愛いじゃない、パンダ」


 確かにパンダは可愛い。千鶴だって好きだ。でも「パンダみたい」と言われて素直に喜ぶ女子高生はいるまい。太っちょだし、目にでっかい隈が出来てるし、クマだけに。

 言い返そうかと視線を上げた千鶴の目に、壁の時計が飛び込んできた。


「あっ、いけない。急がなきゃ」


 そうだった、今日はやるべきことがあるんだ。

 千鶴は廉価版BLTサンドを次々と口に突っ込んだ。


「慌ててどうしたの?」

「んっんん…… さっき言ったじゃない」

「あれ、まさか本気?」

「当然」


 中等部へ行っても問題ないのかって生き字引さんの意見を聞いてみたのだ。

 もちろん姫さまを訪ねるため。それを聞いた結希さんは、昼休みはシャトーに居るんじゃない? って教えてくれた。


「んっんんんっ、ごちそうさま!」

「尊敬するわ、シャトーに単身乗り込むなんて勇気がいるわよ。私にはムリ」


 シャトーというのはクララ会の部屋のこと、いわゆる生徒会室だ。シャトー・フルールがより改まった言い方らしい。日本語に訳せば「花のお城」。さすがは伝統あるお嬢さまの学園だ、と千鶴は頭を抱える。


「でもクララ会って、単なる生徒会でしょ?」

「ま、そう言えばそうだけど」

「だったら大丈夫。じゃ、行ってきます!」


 千鶴はピシッと敬礼すると、天真爛漫と言われた笑顔を残して、別館校舎の屋上にあると言うクララ会のお部屋・シャトー・フルールへと向かった。



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