第4話
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午前の授業中、千鶴はずっと「あのこと」を考えていた。
結希さんは否定したけど、「家庭教師」という言葉には他の意味がある気がして仕方がないのだ。
ただ、私が知らないだけで――
導かれるように飛び込んだこの学園は、母の母校だった。
幼い千鶴は、昔の話をするお母さんの柔らかな顔が飛びきり大好きだった。
中3の夏、担任の先生に「遺児特待制度」のことを聞いた時には、あまりの条件の良さに夢ではないかと頬をつねった。もちろん痛かった。友達に令女志願者はいなくて、ひとりぼっちは寂しかったけれど一大決心をした。英単語を詰め込んで、数学の公式も詰め込んで、化学記号も歴史年表も詰め込んで、面接に備えて慣れないお嬢様言葉までをも詰め込んで高いハードルを飛び越えてきた。
けれども。
(私はまだこの学園のこと、何も知らないんだ――)
万里子さんへの返事はイエスかノーか?
結希さんは、当然イエスだと決めつける。
「そう言うものなの?」
「そう言うものよ! たまに断る人もいるけれど、クルールっていいものよ。ルージュとノワールって単なる先輩後輩じゃないもの。令女のゆりになったからには、経験しない手はないわ。それにお相手は姫さまでしょ。どこに不満があるというの? ほら、ツインテールの七海さん、吹奏楽部の後輩に申し込まれたんですって。道理で最近、お肌がつやつやのピッカピカだと思ってたのよ。きっと美容にもいいんだわ。羨ましい」
「そう言う結希さんは?」
「言わないで」
泣いたふりをする結希さん。彼女は去年・ルージュの時には大好きなノワールに思いの丈を書き綴っていたらしい。だから、自分の経験もあって交換日記を勧めてくる。
「それにしても千鶴さん、とんでもない大物を釣り上げたわね」
「エビが鯛を釣った、みたいな?」
「エビが釣ってどうするのよ」
「だって、わたしはエビだもん。それも安い輸入物」
万里子さんは「かの」ミサキ電器のご令嬢。自分なんかが釣り合うとは思わないし、周囲の目にだってそう映っているに違いない。
それに「家庭教師」のこともある。
結希さんの言うとおり、クルールはきっと素晴らしい関係なのだろう。千鶴だって憧れている。そうじゃなきゃ、こんなに気持ちは高揚しないし悩まない。けれども私は何を期待されているのだろう? 応えきれないのに闇雲に受け入れるのは失礼だ。そう思うと、どうしてもこだわってしまう。
家庭教師とは、家庭に招かれて学校の勉強などを教え、対価を頂く―― 一般にはそういう意味だ。でも、それ以外に意味はないのか? 国語辞典を見ても「家庭教師」と言う項目はないし、スマホで調べようにも、そんな高価なものは持ってない。ま、持っていたとしても学校では使用禁止なんだけど。
実は、千鶴にはひとつの推理があった。
でも、それは邪推。
根拠もなければ裏付けもない。
だから千鶴は悩みに悩んだ。
(もう、こうなったら本人に聞くしかない!)
それが一番間違いのない方法だ。
善は急げ、思い立ったが大安吉日。
さっそく昼休みに行動しようと千鶴は決意した。