表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第4章 手を繋いで
34/35

第5話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 純白の壁、見上げる天井、整然と並ぶ木の長椅子。

 左右の壁にステンドグラスを従えて、正面には聖なる十字架が掲げられている。


 聖堂


「私たちはお御堂って呼んでます」


 光に満ちても荘厳なその広い空間に、ふたりの他は誰もいなかった。

「きっとここに追っ手は来ないでしょう。もし来ても、ここで捕り物劇は起きません」

「そうなの?」

「はい。令女のゆりなら、主の御前でそんなことはしません」


 ふたりは手を繋いだまま、ゆっくりと十字架の前へ進んだ。


「見られちゃったの、どうしよう。万里子ちゃんに迷惑かかったら」

「私は全然かまいません。心配なのは千鶴さまです」

「私は大丈夫」

「どうして言い切れるんですか?」

「だってさ、私はここを追い出されたら住む家もないんだよ。慈悲深き令女の学園長先生が、そんな惨いことする訳ないよ」


 本当は気が気でなかった。

 不安に胸が押しつぶされそうなくらい。

 お母さんごめんなさい。

 わたし――


 そんな千鶴の手を、姫さまは強く握りしめた。


「そうですね。きっと、いえ、絶対大丈夫です」


 千鶴の瞳に、真っ直ぐで強い姫さまが映る。

 そしてその右手には。


「あ、私の鞄、ありがとう」


 自分の鞄を受け取ると、千鶴は柔らかに微笑んだ。


「万里子ちゃん、鞄は?」

「シャトーに置いたままです」

「取りに行かなきゃいけないね」

「いえ、持ってきてもらうって手もあります」

「どうやって?」

「スマホで連絡すれば。千鶴さま持ってませんか?」

「ごめん。私、持ってないんだ」

「私も鞄の中なので。あとで取りに行きます―― っ!」


 背後から足音が聞こえた。

 ひとつの足音がゆっくり、でも間違いなく近づいてくる。

 追っ手?

 ふたりは緊張して息を呑んだ。


「ごきげんよう」


 しかしそれは、落ち着いた声。


「「学園長先生!」」


 ふたりの声が見事にハモった。

 驚きと、多分の動揺を含んだ声色で。


「ごきげんよう」

「ごきげんようでございますっ!」

「あらまあ、ふたり揃って懺悔に来たのですか?」


 修道服の淑女は、柔らかな眼差しで問いかけた。落ち着いた身のこなし、静かでもひしひしと伝わる言葉の重み。千鶴の母と同じくらいのお歳に見えるけど、さすがは学園長先生、貫禄を感じる。


 しかし、なんと答えよう――

 彼女は全てを見通したかのように優しく微笑みながら、小さく肯いた――


「はい、懺悔に来ました」

「そう。だったら私のお説教はいらないわね」


 先生は愉しそうに、ふたりに笑いかけた。


「立花さんと御前さんって、珍しい組み合わせだこと」


 姫さまは上目遣いに千鶴を見つめる。姫さまの方が背も高いのに、何かを期待するかのように。

 だからもう、迷うことはない。

 前を向こう!


「はい、私たちクルールになります」

「そう! それは素晴らしいことだわ」


 学園長先生に祝福されるなんて、千鶴は嬉しくてたまらない。


「ありがとうございますっ!」

「学園生活はどうかしら?」

「毎日がすごく楽しいです。皆さんとてもいい人ばかりで、友達もいっぱいで、ゆりたちの仲間になれて本当によかったです」

「そう。それはよかった、私も嬉しいわ」

「ありがとうございます」


 頭を下げる千鶴を見て、姫さまもそれに倣った。


「あらまあ、息もぴったりね」

「はい!」


 姫さま、嬉しそう。


「学園長先生もお元気そうで」

「ええ、おかげさまで、もうすっかり元気よ。ありがとう」


 そう言うと学園長先生は前を向き、手を組んで祈りを捧げ始めた。

 千鶴と姫さまは互いに視線を交わすと、学園長先生に倣った。


 (ごめんなさい。もう二度と学園内は走りません……)

 (願わくは私たちふたりをおゆるしください……)


 懺悔なのに、静かに心満ちる時間。

 途中、後ろの方から幾つか足音が聞こえたけど、すぐにその気配は消えた。

 真っ白な壁と十字架を見つめていると、時間が止まったような錯覚を覚える。

 きっとこの世界は、奇跡で出来ている――

 そんな思いに囚われる。


 やがて、学園長先生は長い祈りを終えると、微笑みを残してお御堂を出ていった。


「よかったね、学園長先生がいい人で」

「はい。実は私、最初は心臓が飛び出すかと思いました」

「私も」


 ふたりはどちらからともなく笑い合う。

 天上から吊された優しい光、天使が降臨しているステンドグラス、真っ白な部屋は明るくて、とても静か。


「でも、すっかりお元気そうでしたね」

「そうですね。入院が長くて、皆さん心配してましたけどね」

「大変だったんだ」

「移植で元気になられたって聞いてます」

「医学の進歩って、すごいね」

「はい。私もそう思います」

「もしかしたら……」

「もしかしたら?」

「…… ううん、何でもない」


 そんな偶然あるわけない。

 でも、きっとどこかで、優しかったお母さんも役に立っている――


「ところで千鶴さま」

「何、万里子ちゃん」

「さっきの、本当ですか?」

「さっきの?」

「私たちが、その、クルールに、って」

「万里子ちゃんさえよかったら」

「もちろんですっ!」


 万里子ちゃん、ぴょこんと跳ねる。

 文武両道、眉目秀麗、でもわがままで唯我独尊。

 最初のイメージと随分違う、まだあどけなさを残す少女の姿がそこにある。


「ちゃんとお返事書くね」

「あ、だったら、これ」


 万里子ちゃんはポケットに手を突っ込むと、小さなクマのキーホルダーを取り出した。どこかで見たことがあるその造形――


「小吉さん?」

「はい、小吉さんが付いた、私の鍵です」

「ありがとう。大切にするね」


 千鶴は鞄を開けて、紐で繋いでいた鍵を外した。


「これは私の鍵」

「ありがとうございます」


 ふたりは十字架の前に立つと、互いの鍵を交換した――

 



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 万里子ちゃん


 今日はたくさんありがとう。

 私を助けに来てくれて。

 私と一緒に逃げてくれて。

 私についてきてくれて。

 私ね、勇気が出た。

 自信が持てた。

 令女に来て本当によかった。

 ここでは奇跡が当たり前のように起きるんだね。

 素晴らしいお友達がいて

 素敵な先輩がいて

 優しい先生方もいて

 そして万里子ちゃんがいてくれる。

 

 私ね、万里子ちゃんに伝えたいことが、たくさんある。

 知って欲しいことがいっぱいある。

 きっとこの日記帳の何倍も何十倍も。

 そして、さらにその何百倍も、万里子ちゃんのことも知りたいんだ。

 それくらい、大好きだよ。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 その夜、千鶴はとてもたのしい夢を見た。

 しかしそれは、いつもの、お母さんの夢ではなかった。






【あとがき】


 皆さまご愛読ありがとうございました。立花千鶴です。

 最初はとても怖がりで、悪いことばかり考えていた私が、学園の皆さんに支えられて元気になっていくお話、いかがでしたか。万里子ちゃんは、私は支えられているだけじゃなくって、支えてもいるんだ、な~んて言ってくれるけど、まだそこまでの自信はありません。でも、いま私はとても幸せだなって思います。それはきっとしっかり前を向けたからだと思うんです。全て失ってしまったって思っていたけど、でもそうじゃなかった。未来は残っていたんですね。ありがとう彩子さま、香子さま、そして万里子ちゃん。


 ここで私、立花千鶴のお話は終わることになりますが、この後短いエピローグを用意しています。引き続きそちらもお楽しみくださいませ。



 では、皆さまにも神の祝福があらんことをお祈りしながら。

 立花千鶴でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご意見、ご感想、つっこみ、お待ちしています!
【小説家になろう 勝手にランキング】←投票ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ