第3話
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ガラガラッ
背後から扉が開く音がして、たくさんの足音が追ってくる。
千鶴と姫さまは先行逃げ切りを目指して階段へと駆けた。
「私についてきて!」
「はいっ!」
バッサバッサとスカートを乱して駆ける姫さま。
しかし、その横顔は笑っていた。
千鶴の中から不思議な自信が湧いてくる。
「千鶴さ~んっ!」
結希さんの声がする。そう言えば彼女は元陸上部。本人は謙遜していたけど、絶対速いに違いない。
目の前には殿上への階段。これを上るとクララ会のシャトーがあるけど、そこから先はない。
「下に行こう」
「はいっ!」
ふたりは手を繋いだまま3階への階段を駆け下りる。
バタバタと派手に響く足音、膝下丈のスカートもなんのその、最後の3段は飛び降りる。
背後からは結希さんの声、振り返る余裕はない。
「どちらへ~っ?」
「決めてない~っ!」
踊り場を曲がり2階へと駆け下りる。でも、追っ手は確実に接近してくる。きっと結希さんだ。このままだと後ろを駆ける万里子ちゃんが先に捕まる――
「万里子ちゃん先に行って」
2階から1階への階段へ曲がる途中、千鶴は立ち止まり姫さまを前に出した。
「イヤです!」
「捕まっちゃう」
「絶対イヤです」
千鶴が放そうとした手が、もっと強く結ばれる。
「千鶴さまはやくっ」
今度は千鶴が引きづられる形になった。
1階に降りて振り返ると、追っ手の先陣はやっぱり結希さんだった。
「どうして逃げるのっ?」
「追いかけてくるからっ!」
1階の廊下を全力で駆ける。これ、先生に見つかったら相当ヤバいような。
「考えがありますっ」
姫さまはそう言って千鶴もろとも家庭科室に飛び込んだ。そうしてドアの鍵を閉める。
すぐにドアを叩く音。
「いるんでしょ!」
「いませんっ!」
「開けなさいっ!」
「開けませんっ!」
姫さまは奥に駆ける。そうして大きな窓を開けると身を乗り出した。
「外に出ましょう」
「わかった」
降りたところは体育館との間にある通路。
そのままふたりは体育館へと逃げ込んだ。
「はあはあ―― 取りあえず、一安心かな」
館内ではバスケ部が大きな声をあげて練習試合の真っ最中。ネットの向こう、奥の半面には卓球部と体操部。ふたりは上履きを手に、肩で息をしながら体育館の隅にしゃがみ込んだ。
「ふう~っ―― もしここで見つかっても、こんなにたくさんの人の前じゃ拉致なんて出来ませんよね」
「言えてる」
ふたりは笑顔を交わすと、揃って天井を見上げた。
鬼ごっこはまだ終わっていない。
けれど千鶴の中には充実感が満ちていた。
こうしていると、言葉はなくても、ただ近くにいるだけで伝わるものもあるんだって思う。でも、あの水色の日記帳だからこそ伝わったものも確かにあった。
「助かったわ。万里子ちゃんがいてくれて」
「私の方こそ、嬉しかったです」
「嬉しかった?」
「はい。走って逃げるなんて、もう最高です!」
「万里子ちゃんって案外――」
パンポンパンポ~ン
不意にスピーカーから校内放送が流れた。
テスト放送です。
テスト放送です。
1年月組、立花千鶴さん。
1年月組、立花千鶴さん。
今すぐ新聞部へお越しください。
繰り返します。
一年月組、立花千鶴さん
――
――
「何これ? 呼び出したって行く訳ないのにね」
吹き出すのをこらえる千鶴。姫さまも笑いながら。
「そうですよね。こんなことに何の意味が…… って、千鶴さまっ!」
急に真顔になった姫さま。その場で上履きを履き、千鶴の鞄を手に取ると、反対の手で千鶴の手を握った。
「逃げましょう。人のいないところに」
「え?」
「ともかく急いで!」
見るとバスケ部の連中は練習を中断して、こっちを見ていた。
何だろう、イヤな感じ――
慌ててふたりは体育館の下足場へと駆けた、しかし、ふたりの前にバスケ部員が数人先回りして立ちはだかる。
「立花千鶴さん、よね」
「ええ、そうですけど」
「一緒に新聞部へ参りましょう」
もしかして、さっきの放送?
そう言えば――
千鶴の脳裏に、紗和さまの言葉が蘇る。
「もし今日来なかったら、どこへ逃げても捕まえてここに連行するように手筈を整えていたんだけど――」
ピタリと寄り添う姫さまが、小声で残念さを滲ませる。
「あの放送、暗号指令だと思います」
後ろにもバスケ部のゆりたち、いやそれだけじゃなく、卓球部のゆりたちもラケットを持ったままで駆けつけてくる。
万事休す――
そう言えば、以前結希さんが言っていた。
「令女って幼稚舎からずっと一緒のメンバーでしょ。高等部にもなると、学年みんなお知り合いになっちゃうのよね」
紗和さまのお知り合いは全ての部活にいると言うことか――
こっちはふたり、敵はいっぱい。
もう、潔く自首するしかないか――




