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ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第4章 手を繋いで
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第1話


 放課後を告げるチャイムが鳴る。

 新聞部を伺う約束の時が来た。

 千鶴はラップに包まれたクッキーを真っ赤なヘアゴムで飾る。

 午後の調理実習、お題はクッキーだったのだ。

 3人ひと組で作ったクッキーは、甘さ3倍増なのに焼き具合もほどよい自信作。

 そのクッキーを焼いている間、結希さんは交換日記の生い立ちについて熱く語った。



「それは、昭和という時代のこと。

 ベビーブームによる若年層の増加の波に乗って令桜女学園も定員を増やしていったの。校舎も古くなっていたから建て替えることになって、一時的だけど高等部は今の女子大に間借りしたのよ。間借りと言うより増設された新校舎を使ったらしいんだけどね。でも、令桜女子大は丘の上にあるでしょ、歩いて行ける距離じゃない。そこで、大好きな先輩と離れ離れになることを悲しんだルージュたちが交換日記を思いついたってわけ」



 令女の生き字引さんは、まるで見てきたように昭和の話を語る。


「でもさ、中等部と高等部が別の場所になったのなら、日記はどこで交換するの?」

「あれっ、言われてみればそうね。不思議ね……」

「丘の上からのバスは必ずこの前を通るでしょ。いったん下車して中等部の靴箱で交換したらしいわ」


 真っ黒に焦げた失敗作を囓りながら絵里花さん。


「すごい。絵里花さんも生き字引になれるわ」

「これ、結構有名な話だと思うわよ」


 千鶴は再認識した、私は令女の生徒にとって当たり前のことも知らないんだと。だからといって落ち込むこともないのだけれど。


 鞄に甘い甘いクッキーの包みを入れると、千鶴は教室を出た。


「困ったら私に目配せをするのよ」


 そう言い残して結希さんは先に行った。

 本当に心配性な結希さんだ。

 困るも何も、今日は週末まで待ってくださいと言うだけだから、何も起きるはずないんだけど。

 絵里花さんは、スケートの日だとかで急いで帰った。

 千鶴はひとりで別館校舎の階段を4階まで上る。

 ちょっと気が重いのは、彩子さまとの脱走劇のこと。まあ、そのためにこの激甘クッキーがあるのだけども


 初めてお邪魔する新聞部の部室は4階西側の真ん中辺りにあった。手前に放送部、向こうは奉仕部、ついでに言うと向かいは科学部だ。急に襲いかかってきた緊張を振りほどこうと、千鶴は気合いを入れる。


「よしっ!」


 鞄からクッキーの包みを取り出すと意を決してノックする。

 そうして返事を待っているとドアが勝手に開いた。


「ごきげん――」

「うわっ!」

「そんなに驚かなくても」


 ドアの内側から顔を覗かせたのはすっぽん部長の紗和さま、彼女は自ら千鶴を招き入れる。


「うちは自動ドアだから」

「知りませんでした」

「取材に協力してくれたら、帰りも自動で開くわ」


 部室は文芸部と同じ広さ。でも新聞部の方が雑然としたイメージで、編集用パソコンやプリンター、それに編集のための原稿や雑誌などの資料類が机や棚に所狭しと積まれている。しかし一番驚いたのはそこに居る人数の多さだ。今日は例会の日でも編集の日でもないからそんなに人はいないはず、と結希さんは言っていた。しかし、どう見ても20人以上いる。ぎゅうぎゅう詰めと言っていい。新聞部員全員集合なのだろうか?

 それなのに頼みの結希さんの姿はない。一体どうなっているのだろう。考える暇もなく、部室の真ん中にある大きな長机に案内される。


「新聞部へようこそ。まあ座って」

「ごきげんよう皆さま。実は今日は日程の変更をお願いし――」

「よかったわ。もし今日来なかったら、どこへ逃げても捕まえてここに連行するよう手筈を整えていたんだけどね。その必要はなかったみたいね」

「だから、今日は来たのは日程変更の――」

「まあいいからお座りなさいな」


 上級生に椅子まで引いてもらっては仕方がない。千鶴はいったん着席することにした。向かいには紗和さま、そして知らない先輩方がずらり並ぶ。


「実は今日は……」

「先ずは紹介させて。こちらは放送部部長の益子六花ますこりっかさん、そしてうちと放送部の面々」


 ショートヘアの六花りっかさまが会釈すると、他の面々もそれに倣った。


「あの、どうして放送部の方が?」

「放送部と新聞部は仲がいいの。ほら、お隣同士だし、マスコミ同士だし、うちで取材したことを放送してもらったりするでしょ」

「そうなんですか?」

「そうなんです。それに姫さまのクルールともなれば、放送部の「ときめきティータイム」にゲストで呼んだりするかもでしょ?」

「そうなんですか?」

「そうなんです。あなた何も知らないのね。まあ、外から来たばかりだから仕方ないわね」


 ちょっとムッとする言い方だったけど、千鶴はスルーして主導権を取りに行く。


「あのこれ、つまらない物ですけど。菓子折です」


 クッキーを差し出しながら、紗和さまの顔色を伺う。


「あらまあわざわざ気が利くじゃない。早速頂いてもいい?」


 まんざらでもない顔で包みを開ける紗和さま。


「この可愛いヘアゴムはお返しするわね」

「ありがとうございます」

「美味しそうね。ひいふうみい……」

「こんなに人が多いとは思わなかったので」

「いいのよ。例の件は日を改めてまた来てくれるんでしょ?」

「どうしてそれを――」

「結希から聞いたわよ」


 さすが結希さん、やっぱり持つべきものは親友だ。


「だったら今日はこの辺で――」

「まあお待ちなさいな。せっかくみんな集まってるし、それにこの間の取材はちょっと強引だったかなって反省してるから」


 だったら今すぐ開放して欲しいんだけど――



  トントン



「お待たせしました」


 入ってきたのは結希さんともうひとり知らない人。手にはビニール袋を携えて。

 結希さんは千鶴の姿を認めると「ごきげんよう」と他人行儀に会釈をし、すまないとばかりに苦笑いを浮かべる。そうして袋から紙パック飲料を次々と取り出してテーブルに並べていった。コーヒー、紅茶にりんごジュース、イチゴミルク。あの「牛さん印のカフェオレ」もある。全員分ではないけれどメインテーブルの人数分はありそうだ。


「さあどうぞ、遠慮はナシよ」


 紗和さまはみんなに勧めながら、千鶴の前にはポンと牛さん印を置いた。


「千鶴さんはこれ。好きなんでしょ?」


 あ、やっぱり怒ってる――


「はい。ありがとうございます」

「みんなめいめい紙パックにストローを突っ込む。紗和さまはイチゴミルク、六花さまはレモンティー。クッキーの包みはテーブルの真ん中に広げられた。


「じゃあ早速頂きましょう。六花はこれね…… うふあっ、あっ、あま~ひっ」


 紗和さまはクッキーを頬張ったまま感嘆の声を上げる。令女の洗練された淑女としてはあるまじき行為だが、その嬉しそうにとろけた顔は、千鶴の手土産に対する最高の返礼でもあった。


「なかなかいい甘さだわ」

「はい、紗和さまは甘いのがお好きだと伺いましたので」

「ちょっとこれ、甘すぎない?」


 しかし六花さまは不服のようで、口の中のクッキーを一気に紅茶で流し込む。


「バカね六花。お菓子は甘ければ甘いほど正義なのよ」

「甘ければ甘いほど太るでしょ! って紗和、もう太ってるか」

「太ってないわよ。私がスタンダードよ」


 自分の胸をドンと叩き、どこまでも強気な紗和さま。でもクッキーが異様に甘いのは六花さまの言うとおりだ。千鶴だって試食して「いくら何でも甘すぎる」と思ったし、一緒に食べた絵里花さんには「これ、失敗作でしょう」と切り捨てられた。事情を知る結希さんだけは「ま、こんな物かな」と太鼓判を押してくれたけど。


「紗和、続けて食べてばかりないで。みんな呆れてるわ」

「あ、ごめんあそばせ。クッキーとても美味しいわ。ありがとう。ほら、千鶴さんもどうぞ」

「あ、いえ、わたしは結構です」

「どうして」

「それは紗和さまのために作ったクッキーですから」


 まさか「そんな失敗作はいりません」、な~んて言える訳もない。


「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」


 紗和さまは満足そうに4個目を頬張ると、その甘いクッキーを甘々のイチゴミルクで流し込む。


「じゃあ、そろそろ本題行きましょうか」

「本題、って、ちょっと待ってください」


 約束が違う――

 慌てる千鶴に、舌をペロッと出す紗和さま。


「待たないわ」

「でも、例の件は日を改めてと――」

「例の件じゃないから」

「例の件じゃない?」

「そう。あなたの希望通りに姫さまの件は日を改めましょう。だから今日はね、あなたと彩子さんの件についてお伺いしたいの」


 彩子さまの忠告通り、新聞部の部長さまはイノシシの如く押してくる。


「それもまた今度でお願いします」

「何言ってるの? みんなあなたが来るから集まってるのよ。がっかりさせないで」

「と言われましても」


 話を打ち切って席を立つことも出来た。でも千鶴には出来なかった。こっちは新入生で紗和さまは三年生、それに何より紗和さまの言うとおり、ここに居るみんなは千鶴に何かを期待する眼差しを向けている。


「大丈夫、困る質問はしないから。うちもね、次の記事の目星は付けないといけないのよ」

「彩子さまとは本当に何にもありませんよ」

「だったらどうしてふたりでお茶してたの?」

「それは……」

「お好み焼き屋で知り合ったって彩子は言ってたけど?」

「いえ、それは……」

「失礼だけど、あなた外部生よね。それなのに彩子とか姫さまとか、金色の姫君とも仲がいいらしいじゃないの。今、クララ会クラスタはあなたの話題で持ちきりなのよ」

「クララ会クラスタ?」

「クララ会のお綺麗な方々を推す人たちのことよ。略してクラクラ。令女の9割はクラクラなのよ」

「うそでしょ?」

「この竹見紗和、誇大表現はしても嘘はつかないの」


 誇大表現なんだ――


「何その顔は。信じてないわね。いいわ。ここにいる人たちに聞いてみましょう。クララ会クラスタの人、手を上げて」

「―― え?」


 なんと、千鶴以外の全員が手を上げた。

 仕組まれているのではなかろうか、いや、忖度か?


「ね、わかったでしょ。私たち新聞部があなたを記事にしたい理由が」

「わかり…… たくありません」

「じゃあハッキリ言うわ。今、あなたに関してたくさんの噂が飛び交っているの。みんなの関心事を記事にするのは私たちの責務なのよ」

「でも、そんなゴシップ記事なんか――」

「ばかね、ゴシップより売れる記事はないの。タイムリーなゴシップ記事は部数を伸ばす。部数が伸びると部費の配分が増えるのよ。数は正義。視聴率に踊らされる放送局と同じ論理なのよ」


 あ、この人いま、日本中の民放局を人質に取った。


「正直言うとね、私だってあなたのことを記事にすべきかどうか、まだ悩んでるの。だって分からないことだらけだもの。だからこそ、急いで情報収集してるのよ。分かる?」

「はい、理屈は」

「信頼できる情報では、文芸部の茶話会で、紫の君があなたをどこかに連れて出たらしいじゃない。どこへ行ったの?」

「えっと、クララ会の、シャトーに行きました」

「シャトー・フルールに?」

「はい」

「ねえ、あなたとクララ会の関係って?」

「何にもないです」

「何にもないのにシャトーに行ったの?」

「はい。文芸部に人が多すぎるから行こうって」

「何故あなたを選んだの?」

「絵里花さんも一緒だったからじゃないですか」

「うそ、ちゃんと証言があるのよ。香子が誘ったのは貴女だったって。金色の姫君は付いていっただけだって」


 その場の者はみんな、面白い演劇でも見るように、じっと推移を鑑賞している。

 インタビューは日を改めてのはず。

 しかし、それはもう始まっていて、しかも完全に紗和さまのペースだった。



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