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ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第3章 優しさの伝え方
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第7話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 昼休み、千鶴はひとり別館校舎を歩いている。

 さっきまでは結希さん、絵里花さんと一緒にカフェテリアにいた。

 いつもお昼のランチを食べるという絵里花さんに誘われて、弁当を持って行ったのだ。


 3人だと会話はもっと弾んだ。

 最初は遙か遠くの、お高いお嬢さまという印象だった「金色の姫君」。だけど彼女の好物はきつねうどんだとか、弟が買ってくる週刊の少年漫画誌を楽しみにしているだとか、バレーボールが得意なのはクララ会メンバーにバレー部員がいて、いやいやながら特訓を受けているからだとか、そんなことを知るたびに、最初に抱いていたイメージは、大きく変わっていった。


 こんなに素敵なお友達に恵まれて、私は幸せ――

 しかし、食事が終わると結希さんは新聞部へと向かった。

 絵里花さんも用事があるからと、どこかへ消えた。

 そうしてひとりになると、また不安が頭をもたげてくる。

 放課後のこと、大丈夫だろうか?

 結希さんは「紗和さまは怒り心頭」と言っていたし、彩子さまも心配していた。

 冷静になればなるほど、時間が迫れば迫るほど、胸騒ぎは大きくなっていく。

 よく考えれば、ここ令桜女学園で上級生は絶対なのである。

 千鶴が紗和さまと対等にやり合えるのか。全ては金曜日にお話しします、で済ませてくれるのか? 本当に菓子折は不要なのか? 結希さんは冗談だって言っていたけど、案外本気だったりして――


 そんな考えにさいなまれながら千鶴はあてもなく別館校舎を歩いていた。

 あてもなく、と言うのは少し語弊がある。最初は一階にある図書館を目指したのだ。しかしそこに絵里花さんの姿を見つけて引き返した。隅でひとり背を向けて座っていたけど、あの華麗なる金髪は否が応でも目立ってしまう。誘われなかったと言うことは、ひとりでいたいと言うことだろう。もしかしたら、いつか千鶴がそうしたように、日記の返事を書いているのかも知れない。


 探検気分もあったのかも知れない、千鶴は中央階段を昇ってみた。2階には高等部三年生の教室が並んでいる。もしかしたら偶然に知ってる素敵な先輩に遭遇するかも、と言う淡い期待は叶わなかった。そしてそのまま3階に昇った。3階には広い廊下を挟んで両側に特別教室が並んでいる。誰もいない美術室、動物の骨格標本が不気味な生物室、入ったことのない物理室。よく磨かれた木目のフローリングを足音を忍ばせるように歩いて行く。調理実習室に差し掛かった時、ピアノの調べに気がついた。体を揺さぶるようなリズム。授業の課題や合唱部の伴奏練習とは思えない軽快なスイングジャズだ。もしかしたら、と千鶴は思った。ここに来てこんな自由な演奏は一回しか聞いたことがない。ふと、長い黒髪の少女の姿が脳裏をよぎる。千鶴はその音がする方へと吸い寄せられるように歩み寄ると、何の迷いもなく「第二音楽室」と書かれた分厚い扉に手を掛けた。扉は少し開いていたらしく、音もなく滑らかに開いた。


「……あ」


 しかし、千鶴の夢はそこで覚めた。

 はっと息を呑むと、体中から血の気が引いた。なぜならそこでピアノに向かう後ろ姿は、千鶴が思い描いていた長い黒髪のセーラー服ではなく、白髪交じりで禿げかかった、グレーの背広姿だったからだ。


「ごっ、ごめんなさい!」


 頭を上げた視線の先、振り返ったおじさんは、千鶴の知っている人だった。



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