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ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第3章 優しさの伝え方
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第1話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 千鶴が住む学生寮は、学園の前からバスに揺られて15分、小高い丘の上にある。

 停留所から歩いて2分、白いキューブのような五階建て。

 令桜女子大学に隣接し、そもそもそこは女子大生のための寮。


「この席いい?」

「はいどうぞ。あ、桃花とうかさま」


 80人収容の大食堂は、夕食開始の直後だからか人もまばら。

 長テーブルの隅っこで、ひとり箸を動かす千鶴の向かい座ったのは大学2年生の五月桃花さつきとうかさん。公立高校出身で千鶴の部屋のお隣さんだ。


「だからさ、その呼び方はやめて。くすぐったいから」

「そうでした。失礼しました、五月先輩」


 令桜の女子大は高等部と違い、外部から入学した学生の比率がぐっと上がる。しかも寮は実家から通えない人が使うので、必然的に遠方の高校出身者が集まってくる。五月桃花さんもそんなひとり。だから千鶴が通う令桜高等部のしきたりなど知る由もない。


「さすがはお嬢さま高校の生徒ね」

「でも、私は底辺の庶民です!」

「ああそうだった。これは失礼。でも見た目はバッチリお嬢さましてるけどな~っ」

「お世辞、ありがたく頂戴しておきます」

「お世辞じゃないんだけどなあ……」


 今晩の献立はハンバーグ定食。ご飯と味噌汁はお替わり自由だし、デミグラスソースのハンバーグも、山盛りのポテトサラダもレストラン並みに美味しい。

 五月先輩は両手を合わせてハンバーグを頬張ると、しげしげと千鶴の顔を見る。


「あの、顔にひらがなが書いてありますか?」

「ひらがな? 書いてない書いてない!」


 あ、間違えた。

 五月先輩、大ウケにウケている――


「前言撤回です。顔に何か付いてますか、です」

「いやいや、まったく。ちーちゃんってさ、時々すっごく面白いよね。一緒にいると楽しいよ」

「楽しんで貰えるのは嬉しいですが、微妙な心境です」

「褒め言葉よ、褒め言葉」

「もう騙されませんよ」


 千鶴は頬を膨らませ怒ってみせると、すぐに笑顔に切り替える。


「ちーちゃんって、ご飯の食べ方も綺麗だし、ホントはどこかのご令嬢じゃないの?」

「ありがとうございます。でも、生粋の貧乏育ちです」


 千鶴は澄まして答えながら「そう言うしつけ、確かに母は厳しかったな」と思う。

 今となっては感謝しかないけれど、あの頃ちゃんと言葉にしておけばよかった――


「ところでさ、何か困りごと?」

「え?」

「ひとりで物憂げにしてたよ。何でもお姉さんに相談しなさい」

「え~っと……」


 寮でたったひとりの高校生である千鶴は、ここではちょっとした有名人だ。

 食堂にある掲示板でも紹介されて、皆さん可愛がってくれる。

 特にこの五月先輩は部屋が隣と言うこともあって、一緒に入浴したり、こうして食事を共にしたり。お部屋に呼ばれてお菓子をごちそうになったこともあった。ちなみに部屋は全て個室。ワンルームの小さな部屋だけど清潔感があって千鶴はとても気に入っている。


「五月先輩は交換日記ってしたことありますか?」

「交換日記? あるよ。中学の頃かな」


 千鶴は身を乗り出した。


「誰とですか? 憧れの先輩と?」

「違う違う、友達。仲がよかったクラスメイト。学校で毎日会うのにね。でも面白かったな。ほら日記だと言いにくいこととかも、本音とか恥ずかしいこととかも書けちゃうじゃない? 勢いで。あ、恋バナもね。で、それがどうかしたの?」

「いえ、実は」

「もしかしてフルーツとか言うやつ? 聞いたことあるよ、ちーちゃんの高校の交換日記の風習。同じ学科に一貫出身の子がいてね。令女ではみんなやってるって豪語してたけど、ホント?」

「さあ、みんなかどうかは知りませんが、多いって聞いてます」

「後輩に指名されるんでしょ?」

「ええまあ」

「フルーツになると」

「クルールです」


 千鶴は昨日からの出来事を打ち明けてみた。もちろん具体的な名前とかご家庭の状況なんかは伏せて。五月先輩は相づちを打ったりハンバーグを頬張ったり、味噌汁を啜ったりしながら聞いてくれた。

「要するに、愛の三角関係?」

「茶化さないでください」

「茶化してないよ。でも分からないな~。ちーちゃんはその中学生をどう思ってるの?」

「頑張り屋だし、いい子だし、私なんかには勿体なくて」

「勿体ないって何? その子はちーちゃんを指名したんでしょ? じゃあ、自信を持とうよ」

「自信なんて……」

「分からないなあ。私がちーちゃんだったら人生バラ色に感じると思うよ。あ、百合色か」

「もう、五月先輩ったらっ!」


 上手いこと言った風なドヤ顔を見せると、五月先輩は味噌汁を啜った。



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