表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第2章 うわさは駆け足で
21/35

第8話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ダメってことはないよ、そんなことはない」


 千鶴は狼狽した。

 この質問が来ることは分かっていたのに――


「でも、万里子じゃダメだったんですよね?」

「ダメとか、そんなことはないよ。万里子ちゃんは凄いよ」

「だったら……」


 彼女は千鶴を向いたまま立ち上がった。


「だったらどうして振られたんですか? 万里子の何が悪かったんですか?」

「あ、いや、それは――」

「教えてください! 万里子の何がいけなかったのですか?」


 迫る姫さま。

 そのあまりの剣幕に、千鶴の脳細胞はパニクってしまった――


 姫さまが私を睨んでいる。

 炎のような目を、零れんばかりに滲ませて。

 固く結ばれたピンクの唇は悔しそうに小さく震えて。

 ――


 あ。

 何を考えていたんだろう。

 私を見下ろす彼女の長い黒髪が、一陣の風に強くなびく。

 とても綺麗。


「お願いします。千鶴さま、教えてください!」


 返事、しなきゃ。

 何て答えればいい?

 もどかしい。

 考えがまとまらない。


 落ち着け。

 そう、こういう時ほど落ち着け――


「ちょっと待って」


 千鶴も立ち上がると、大きく二回、深呼吸をした。


「支離滅裂な話になったらごめん。最初に謝らないといけないことがあるの」

「あやま、る?」

「うん、ごめんなさい」


 その言葉で、千鶴の気持ちはすっと落ち着いた。体中が楽になった。


「万里子さん、私に家庭教師になってって書いてくれたでしょ。でも私、勘違いしちゃった。あれの意味、私にお金を施しをしてくれるって意味だと勝手に思い込んでたの。だからあんな返事をしちゃった。同情でクルールの申し込みをされたって思った。そんなの嫌だって意地を張っちゃった。でも、それは私の思い込みだったんだね。さっき絵里花さんや香子さまと話をしていて気がついたんだ。家庭教師って言うの、友達って意味だよって教えられた。本当にごめんなさい」


 千鶴は頭を下げる。


「いえ…… いえ、万里子の方こそごめんなさい」

「ううん、全部私のせい。私ね、卑屈になってたんだと思う。みんな私なんかと違うから」

「そんなことないです! 千鶴さまは何も悪くないです」

「ううん、反省する。だからごめんなさい。でもね、万里子さんにも考えて欲しいことがあるの」

「万里子に?」


 見ると、姫さまの顔から色は完全に消えていた。さっきまで林檎色だった頬は生気を失い、ピンクだった唇も薄黒く見えた。千鶴は笑顔を作ると努めて明るい声を出す。


「絵里花さんっていい人だよね。私、ここに来て随分と助けられたんだ。今日も文芸部の茶話会に一緒に来てくれた。部活説明会の時も令女のことをたくさん教えてくれた。万里子さんのことも褒めてたよ。しっかりしていて聡明で頑張り屋さんだって。昨日のピアノも万里子さんだって教えてくれて一緒に聴いたよ。絵里花さんって優しくて頼りがいがあるよね。あんなに素敵なノワールはいないんじゃないかな。本当に立派な人だよ――


「だから?」

「え?」

「だ だ…… だからっ?」


 姫さまはキツく握った両の拳を2度3度と強く振った。


「だからどうだって言うんですかっ? 絵里花さまは関係ない、何も関係ない! 万里子は千鶴さまに申し込んだんですっ!」


 彼女はその強い瞳を潤ませて、燃えるように千鶴を睨んだ。


「絵里花さまが立派なことくらい分かってます。みんなに言われなくても分かってます。でも関係ないですよね! 全然関係ないですよねっ!」

「あっ、え――」


 とても「仰るとおりで」とは言えそうにない剣幕で。

 彼女だって周りの噂は知っていたのだ、姫さまのお相手は絵里花さんだろう、って。

 それでも彼女は千鶴を選んだ。

 私のことを知った上で、選んでくれた。

 万里子さんの言うとおりだ。


 でも。

 それでも彼女のためを思えば――


「万里子は千鶴さまがいいんですっ!」


 ひときわ大きな声。

 激しい感情が一粒、その綺麗な瞳から零れ落ちる。

 抱きしめたい!

 こんなに想われて嬉しくないはずがない――

 そんな衝動を抑えても、千鶴は確かめなければならなかった。


「でも、どうして私?」


 その一言で、燃えるような姫さまの激情が、みるみる消えていった。

 堅く結ばれた拳がゆっくりと開かれる。


「そ、それは……」

「ねえ、あっちに行かない?」


 だらりと腕を垂らした姫さまと花壇の横をゆっくり歩いた。そうしてグラウンドが見える手すりの前で立ち止まった。外周を走る陸上部のゆりたちが小さく見えた。


 姫さまは千鶴の真横に立った。

 その長い黒髪が千鶴の腕を撫でた。

 仄かに香るのは清潔なシャボンの匂い。


「理由はあります。ちゃんとあります。万里子は……」


 俯いて、震えて、苦しげな声。


「万里子は、本当は……」

「焦らなくてもいいよ」

「本当は…………」

「……」

「ほんとう、は……」

「日記帳」

「え?」

「あの、水色の日記帳、持ってるよね」

「はい、もちろん」

「だったら」


 あっ、と小さく息を呑んだ姫さまに、千鶴は小さく頷いた。


「書いてくれると嬉しい」

「それは、もう一度チャンスを頂けるってことですか」


 少し笑った姫さまに、千鶴も微笑みで応えた。


「そういうことかも」


 それは自分自身に向けた言葉だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご意見、ご感想、つっこみ、お待ちしています!
【小説家になろう 勝手にランキング】←投票ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ