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ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第1章 みずいろの贈り物
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第2話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 千崎結希ちさきゆきさんは幼稚舎から通う生粋きっすいの令女っ子だ。

 入学式、ひとりぼっちだった千鶴に声を掛けてくれた結希さん。名前順が一つ違いで、座席も前と後ろ。その上彼女はお節介焼き屋さん。千鶴が外部から来たと知るや、令女の校則やしきたりに始まり、あの先生は怖いから宿題忘れちゃダメだとか、どの部活の勧誘はしつこいから気をつけなさいとか、誰と誰が仲が良いとか喧嘩してるとか、購買部のカレーパンはすごく美味しいけれどカロリーも抜群だとか、そんな役立つ情報から怪しい噂の類いまで懇切丁寧に教えてくれた。彼女は自称「令女の生き字引」。自分で言っちゃうのも納得できるほどすごい物知り。その上語りも面白くって、千鶴は令女の一から百までを彼女に教えてもらっている。


 その結希さん、ぐいっと上半身を乗り出してくる。


「ノワールになってくださいって?」

「ええまあ」

「千鶴さんって、ルージュに知り合いがいるの?」

「いない……」


 ルージュとは中等部のゆりのこと。

 その語源は令女の制服に由来する。


 令桜女学園の中・高等部の制服は楚々とした濃紺のセーラー服。

 中等部生は胸元に赤いスカーフを、高等部生は黒いスカーフを巻くこと以外は全く同じだ。ルージュはフランス語で赤、そしてノワールは黒。だから令女のゆりたちは中等部生をルージュ、高等部生をノワールと呼ぶ。

 令女の交換日記はルージュとノワールの間で行われると昔から決まっていて、「わたしのノワールになってください」と言う、顔から火が出るほど恥ずかしい言葉は、「私と交換日記をしてください」と同じ意味になる――


「じゃあ、一目惚れされたってわけ?」


 野次馬根性を1ミクロンも隠さず、目をらんらんと輝かせる結希さん。なるほどこの好奇心が彼女を「令女の生き字引」に昇華させたのだろうと千鶴はひとり合点する。


「一目惚れって、ラブレターじゃないのに?」

「ラブレターよ! 交換日記の申し込みって憧れの証なのよ。誰が好きでもない先輩に申し込んだりするもんですか! ねえねえ誰に申し込まれたの?」

「それは、やっぱり相手もあることだし……」

「ばかね、前にも言ったでしょ? 令女の交換日記は公認なんだって。クルールになったらお互いに靴箱のスペアキーを交換するんだし、みんなの前で「お姉さま」って呼ばれちゃうのよ。千鶴さんだってお相手を呼び捨てなきゃいけないんだから。で、誰?」


(あんたはB級芸能リポーターか?)


 千鶴は心でツッコむけど、確かに結希さんの言う通りだった。

 令女ではノワールルージュの関係になったカップルはクルールと呼ばれる。クルールはオープンで健全な関係であり、学校も長く続くこの風習をおおっぴらに認めている。


「令女っ子は隠さないわよ」

「そうなの?」

「そうよ。学園長先生も推奨よ。で、お相手は誰? さあさあ、ずずいと白状しなさい」


 エアーマイクを突き出してノリノリな結希さん。


 千鶴にとって彼女は令女でたったひとりの仲良しさんで、信頼しているお友達。家庭教師の意味も聞きたいし、この御前さんというルージュのことだって知っているかも知れない。


「えっと、何て読むのかな? ごぜんさん?」

「AM?」

「おんまえ、さん?」

「それってもしかして苗字じゃない? 下の名前は?」

「まりこさん」

「まりこさん…… って、姫さまあ~っ?」


 叫んだ口を手で塞ぎ、周囲を見回した結希さん。浮いた腰を静かに下ろすと、息を殺して机に指で「御前万里子」と書いて見せた。


「そう、その人」

「姫さまじゃない! みさきまりこさんよ、知らないの?」

「ごめん、知らない」

「姫さまよ?」

「それはさっき聞いた」

「クララ会のルージュ役員よ」


 クララ会とはいわゆる生徒会のこと。令女では中高合同の学校行事が多く、中等部と高等部の生徒会はひとつの組織体になっていた。クララ会の役員は選挙で選ばれたルージュ1名とノワール2名で、これがいわゆる生徒会長。そのほかにも役員が指名した書記や会計、補佐などがいる。そんな彼女たちは「殿上人てんじょうびと」と呼ばれて、ゆりたちから尊敬され、羨望の眼差しを向けられるらしい。しかし、令女に来てまだ間もない千鶴には、同じ生徒なのに「殿上人」とか「羨望の眼差し」とか、そんな感覚は理解できなかった。


「そうか、生徒会長なんだ」

「そうか、生徒会長なんだ、じゃないわよ! 知らないの? 姫さまは学園一のお嬢さまよ! 御前財閥のご令嬢よ!」

「御前財閥?」

「そうよ、ミサキ電器グループの」

「ミサキ電器って、あの「向こう三軒両隣、電気のことなら何でもミサキ~っ」って宣伝してる?」

「あなた古いわね。最近は「革新技術で優しい未来を。ミサキグループ」のミサキだわ」


 結希さんは鞄からスマホを取り出し、背面に描かれたミサキ電器のマークを指し示した。


「ふう~ん…… って、ええ~~~っ!」


 今度は千鶴が飛び上がる番だった。



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