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ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第2章 うわさは駆け足で
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第5話





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 放課後、千鶴は掃除を終えると絵里花さんの待つ図書館へと向かった。

 自分のせいで質問攻めに遭わせたお詫びと声を掛けたら、一緒に部活見学をしましょうと誘われたのだ。

 最初、千鶴は断った。


「でも私、噂になってるみたいだし」

「心配いらないわ。悪い噂じゃないもの」

「だけど」

「それにね、体験入部とか茶話会は楽しいわよ。絶対経験しておくべきよ」


 彼女自身は部活をするつもりはないって言ってた。だからこの誘いは千鶴のため。お詫びをするはずが逆に気を使わせるなんて本末転倒、そう思った千鶴は遠慮に遠慮を重ねたが、絵里花さんに押し切られた。

 千鶴と一緒に一階廊下を掃除した結希さんは、終わるなり大急ぎで新聞部へと向かった。今日は入部者の顔見せ会があるのだそうだ。


 令女では、自分の教室以外の掃除も輪番で回ってくる。

 一階廊下は北側半分が月組の担当。イヤなことこそ喜んでやりましょう、と言う学園の教えに従って念入りにお掃除したおかげで結構時間が掛かってしまった。


 千鶴はひとり図書館のある別館校舎に入る。玄関の掲示板に体験入部や茶話会なんかのポスターが山と張られている。なるほど絵里花さんが言うとおりどれも楽しそう。千鶴は今までろくに掲示物も見てなかったのだと、ちょっとだけ反省した。

 図書館を覗くと絵里花さんはすぐに見つかった。彼女の綺麗なブロンドは遠目にもよく目立つ。曲線フォルムのお洒落なテーブルにひとり座る姿は絵になっていた。


「お待たせしました」

「お掃除ご苦労さま」

「ごめんなさい、結構時間が掛かって」

「1階廊下よね。あそこは範囲が広いもの」


 彼女は本を閉じて棚に戻した。「宇宙の起源はなんたらかんたら」と言う、難しそうな本だった。


「どこに行きましょうか?」

「絵里花さんのご希望は?」

「私はいいわ、だいたい知ってるもの。それより千鶴さんの希望を仰って」

「じゃあ、文芸部」

「本がお好き?」

「普通。でも、なんとなく」

「分かったわ」


 絵里花さんという人はちょっと不思議な人だ。見た目はもとより成績も運動神経も抜群という非の打ち所がない才女の上に中等部時代は殿上人。誰もが一目置いている存在。千鶴が通っていた中学校だったら校内カーストのトップに君臨しているだろう。だけど彼女は誰とも連んでいる様子はなくて、休み時間には教科書とか文庫本をひとり静かに読んでいるイメージがあった。もちろんみんなに頼りにされていて「ぼっち」という訳じゃないし、クラスの討論なんかではとてもアクティブ。それなのに昨日も今日も千鶴に声を掛けたり誘ってくれたり。千鶴としては嬉しいけれど、なぜ私なんかに気をつかってくれるのか皆目見当が付かなかった。

 どうしてって訊くのも躊躇われるし。


「千鶴さんは小説を書いたりなさるの?」

「それはないです。読み専です」

「夜店?」

「読み専、読む方専門の略です」

「ああ、松茸の土瓶蒸しがが「マツド」になるようなものね」


 ひとりで合点してクスリと笑う絵里花さん、やっぱり不思議な人だ。


「千鶴さんは紫の君をご存じかしら?」

「紫の君って、3年生の生徒会長の人ですよね」

「そう、吉野香子よしのかおりこさま」

「髪の長い、クールっぽい方ですよね」

「実際もすごくクールな方よ。彼女の小説は学園じゃ大人気なのよ」

「えっ、小説家なの?」

「そうよ」

「すごい! どこの出版社ですか? ペンネームは? 本のタイトルは? 色紙があったらサインとか――」

「えっとね、そう言うのじゃなくって」


 矢継ぎ早の質問を、笑顔で遮る絵里花さん。


「プロじゃないの。校内誌に書いてるの。でも学内では大変な人気なのよ。すごい賞を取った話題の小説とか人気のマンガとかより、ここじゃずっと読まれているわ。図書館にはバックナンバーも揃ってるしね、サイン入りで」

「サイン入り?」

「そうよ、サイン入り同人本。ファンには垂涎の的。ランウェイの君と人気を分けているんだから。そう言えば、千鶴さんはランウェイの君のお父様をご存じ?」

「いいえ」

「ケイ・フランクよ」

「ケイ・フランク…… って、ファッションデザイナーの?」

「そう。驚いたでしょ」


 ケイ・フランクはパリで成功した有名デザイナーで、テレビや雑誌でもよく見かける売れっ子だ。その大胆な配色は高く評価され、一代で高級ブランドを築き上げた。名前からは外国人かと思われそうだが、河内生まれの河内育ち、360度どこから見てもド派手な服を着たコテコテの河内のおっさんだ。


「私、彩子さまに失礼なこととか言わなかったかな?」

「大丈夫、彩子さまはお優しいから」


 そう言えば、と千鶴は思い出す。ケイ・フランクの奥さんは、売れっ子のファッションモデルだったって雑誌で読んだことがある。だから彩子さまも綺麗でスタイル抜群なんだろう。この学園には天から二物どころか三物も四物も与えられた生徒のなんと多いことか。なんかずるい。姫さまだってそうだ。きっと殿上人にはそんな浮世離れしたお嬢さまが選ばれるのだろう。今一緒に歩いている絵里花さんだってそうだ。社長令嬢で賢くて、綺麗な上にフィギュアの有名選手だなんて反則だ。


 けれども絵里花さんはその才能を鼻に掛けたりしない。


「最初ね、クララ会に指名された時は気後れしてたのよ。みんな凄い人ばかりで私なんかで大丈夫かなって。だけど皆さん普通に優しい方ばかりよ」

「絵里花さんも凄い人の仲間です」

「そんなことないわ」

「間違いなく、そうです」

「ありがとう。でもね、私気がついたの。みんな一緒なんだって。みんな同じセーラー服を着て同じ教科書を開いて、同じ言葉を喋ってる」


 確かに。

 彼女の言う通りかも知れない。

 けれども千鶴は思う、私は土瓶蒸しを食べたことがないし、ごきげんようを間違えて活用してしまうのだ、と。


「今日は賑やかね」


 文芸部を窓から覗いて絵里花さんは呟いた。

 一体何人いるのだろう、真ん中の大きなテーブルをたくさんのゆりたちが囲んで、あふれた人たちがその周囲に群がっている。


 開いたままの部室に入ると、テーブルにはお茶やお菓子がいっぱい置いてあった。


「お邪魔します」

「失礼します」

「いらっしゃい、って、どうしたの、絵里花氏」

「ごきげんよう香子さま。今日はこちらの千鶴さんのお供で見学に参りました」

「大歓迎だわ。千鶴氏もごきげんよう。さあ、どうぞ座って」


 お誕生日席から声を掛けてくださったのは紫の君の香子さま。説明会で見た時も綺麗な人だと思ったけど、近くで見るとクールな美しさの中に強い知性を感じた。白いうなじに黒い髪がサラサラと垂れる。姫さまも長い髪が印象的だけど、姫さまはしっとり、紫の君はサラサラって感じ。ついでに言うと姫さまは前髪ぱっつん、紫の君はワンレンだ。


 彼女が目配せをすると、折りたたみの椅子が用意された。ふたりはそれに腰掛ける。


「遅れてごめんなさい。立花千鶴です。今日は見学に参りました。よろしくお願いします」

「あら、まだ時間前よ? 私が部長の吉野香子。こちらが副部長の宇多静香うたしずか氏。私はクララ会と掛け持ちだから、実際は彼女が切り盛りしてる」


 紹介を受けて隣に座る静香さまが立ち上がった。黒い金属フレームがよく似合う、温和しそうな方だ。


「ちょっと早いけど満員御礼だし、始めましょうか。では改めて。部長の吉野香子です。今日は集まってくれてありがとう。先ずは活動内容について説明するわね。白板にあるとおり文芸部の定例会は週1日。それ以外の日も好きに部室を使っていい。みんな本を読んだり書いたり食べたり喋ったり…………」


 千鶴は話を聞きながら部室の中を観察した。

 広さは普通の教室の3分の1程度だろう、奥に長く、入り口の反対側はベランダになっている。左右の壁にはロッカーや本棚、白板が並んでいて、本棚には文庫本から同人誌らしい冊子までがぎっしり並んでいる。中でも上段に上製本の文学全集がドヤ顔で鎮座しているのが目を引いた。しかし、その下にはライトノベルのレーベルや漫画本などもあって、何でもありの様相を呈している。本棚の上の壁には部員の一覧と標語みたいなのが張ってあった。




  読めば

  読むほど

  強くなる


 


 どこかで聞いた、映画のコピーみたい――

 茶話会にはルージュもノワールも参加していた。部活動の多くが中高合同だから。どちらも同数ずつくらい。立っている人もいるけれど、きっと部員のゆりたちだろう。お菓子やお茶を配ったり忙しくしているから。見学者はみんな着席して香子さまの話に耳を傾けている。ルージュの見学者は中一だから千鶴より3つ年下と言うことになる。しかし千鶴には彼女たちがとても子供に見えた。ついこの間まで自分も同じ中学生だったのに。高校生になった途端に急にオトナ側の人間になってしまったのだろうか。


 説明の途中、前の人から参加者名簿が回ってきた。学年と名前を書いてくれと言うことらしい。千鶴は鞄から令桜女学園のロゴ入りボールペンを取り出すと、楷書で書いて絵里花さんに回す。絵里花さんはシルバーの洒落たボールペンを使った。

 

「と、堅い説明はこれくらいにしましょう。何か質問とかあるかしら?」


 香子さまの説明はあっさりしたものだった。その後、参加者が順番に自己紹介をすると自由なお喋りタイムが始まった。

 女子ばかりが集まってお茶もお菓子もいっぱいあれば、お喋りの花はすぐに咲く。

 見ると香子さまの周りにはゆりたちがたくさん群がっていた。すごい人気だ。そして、どういうわけか絵里花さんの周りにもゆりたちが群がった。みなルージュのリボンをしている。千鶴は置いてきぼりにされたくまのぬいぐるみのようにぽつんと佇んでいた。でも退屈と言う訳じゃない。周りの光景も、耳に入る会話も、窓から聞こえる遠いトランペットの音色も千鶴を十分に楽しませていた。


 しばらくすると背後から声がした。


「ごめんね千鶴氏、退屈ね」


 紫の君だった。


「いえ、お菓子とか頂いて大満足です」

「うちはお菓子部じゃないんだけどね」


 澄ました顔でそう言った香子さまは、ルージュと話していた絵里花さんの肩を叩いた。


「入部希望?」

「いえ、今日は千鶴さんのお供です」


 絵里花さんは立ち上がって返事をした。


「じゃ、冷やかしね」

「そう言うわけじゃないんですけど」

「絵里花氏は忙しいものね。毎日お家で家庭教師が待ってるんでしょ?」

「それは姫ちゃんです」

「あれ、絵里花氏もじゃなかった? まあいいわ。で、千鶴氏は入部希望なの?」

「まだ決めてません。まずは色々と見ておこうかと。令女へ来たばかりなので」

「いいことね。たくさん見て回るといいわ。そうして最後にここに来てくれればいいから」

「助言ありがとうございます」

「はい、とは答えないのね、残念。ねえ千鶴氏、ちょっと付き合ってくれる?」


 言いながら香子さまは玄関に視線を向ける。千鶴は絵里花さんの顔を伺った。


「絵里花氏もいらっしゃい。お供なんでしょ」


 3人は揃って部室を出た。



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