表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第2章 うわさは駆け足で
14/35

第1話


「ごきげんようでございます」

「千鶴さんこっちこっち!」


 翌朝。

 登校するなり待ってましたと「おいでおいで」をする結希さん。


「どうしたの、いつもより早くない? 新聞部の活動?」

「ともかく。聞きたいことがあるの、昨日のこと」

「昨日のこと?」


 昨日のことと言われても、色んな事がありすぎて、顔で疑問符を表現する千鶴。


「姫さまのことよ」

「姫さまの?」

「そうよ。千鶴さん、何か隠してない?」

「隠す? へそくりの1円もないこの私が?」

「誰に対してへそくるのよ? それよりも千鶴さん――」


 姫さまへの返事、結希さんに隠すつもりはない。ちゃんと話すつもりだ。

 しかし、結希さんは妙なことを言い出した。


「あなた、姫さまに告白されたでしょ?」

「そりゃあ、朝、日記帳は預かったけど」

「そうじゃなくって、直接的な告白よっ!」


 結希さんは大きくなった声を潜めて。


「ともかく話を聞いて。昨日の放課後、新聞部の見学会の途中でスクープが飛び込んできたのよ」

「スクープ?」

「そう、姫さまが高等部のゆりに告白してるって!」


 教室はガラガラなのに、後ろの隅でヒソヒソと話し始めた結希さん。これ、かえって目立たない? と千鶴は思ったが、勢いに押され黙って話しを聞くと――


 昨日、新聞部見学会の最中に部員が駆け込んできたらしい。姫さまが高等部の生徒に頭を下げてクルールの申し込みをしているのを目撃した、と。その部員は、姫さまの靴箱の鍵が、昨日に限って掛かっていないことも確認していた。さすがは取材のイロハを叩き込まれた新聞部の先輩だ、と結希さんは褒めちぎる。


「で、その報告を受けた新聞部の人たちは、次に何をしたと思う?」

「とりあえずお茶を飲んで、ほっこりした」

「馬鹿ね、これ、大大大、大スクープなのよ!」


 両手をいっぱいに広げた結希さんは、まだガラガラの教室を見回すと更に続けた。


 スクープをもたらした部員は、相手のノワールを「知らない生徒」と評したと言う。しかしそこは取材のイロハを忠実に守る新聞部員、彼女のメモには走り書きで「髪亜麻色、ウェーブセミロング ツンデレ令嬢」とあったそうだ。部員たちはその情報を元に捜索を始める。もはや見学者たちはそっちのけ。新入生のインタビューを載せた前号を取り出して、該当する生徒を探す。入学手続きの日、千鶴も他の新入生同様に新聞部のインタビューを受けて写真も撮られていた。だけど、新聞に載っているのは小さな白黒写真。そこで、パソコンの生データも確認して、あっという間に容疑者Xが割り出された。


「そこで浮かび上がった犯人はズバリ、立花千鶴さん、あなたよ!」

「ちょっと待って。誰がツンデレ令嬢よ?」

「あなた」

「全然違うでしょ!」

「で、心当たりはないの?」

「ある」


 千鶴は放課後の事を思い出した。

 あの場面を見られていたに違いない。姫さまが「よろしくお願いします」って挨拶をしてくれたところを。本館ホールの真ん中での出来事だったから、見られていても不思議はない。


「先生、質問してもいいですか?」


 千鶴は小さく挙手をする。


「はい立花さん」

「クルールはオープンで健全な関係って教わったんですけど、だったらそれ、新聞記事にするほどのことなのですか?」

「するほどのことなんです! いいですか立花さん、学園きってのお嬢様であり全てのゆりたちが憧れる美しき姫さまに不倫疑惑が出たら、そりゃあ大騒ぎになるでしょ?」

「不倫って、もう、結希さんったらワイドショーの見過ぎ!」

「それがね、不覚にもこの私も気がつかなかったんだけど――」


 結希さんは声をまた潜める。


「前にも言ったでしょ、みんな姫さまのノワールは絵里花さんだと思い込んでたって。そこに今回のスクープ。しかも相手はノーマークの外部生。みんなの目には略奪婚って映る訳」

「略奪なんてしてないわ」

「してなくても、令女っ子の目にはそう映るのよ」

「そんなあ……」


 恨めしげに結希さんを見ながらも、千鶴も「確かにそうでしょうね」と思った。姫さまも絵里花さんも学園では知らぬ者ない有名人。先代と現役の殿上人なのだ。外部からやってきた、ぱっと出の、どこの馬の骨とも分からない貧乏人とはわけがちがう。令女っ子にしてみれば、私なんてきっと目障りだろう。転校生がいきなりしゃしゃり出てきたら反感を買のは当たり前。それくらいは千鶴にだって容易に想像できる――


「それにね、略奪って言葉の方がインパクトあるじゃない、新聞的に」

「ニヤけないでよ、他人事だと思って!」

「みんな興味津々なのよ。おかげで昨日の見学会は超盛り上がって、その場で入部届けにサインする人が続出したんだから。新聞部もウハウハよ」

「新聞部のお役に立てたのは光栄だけど、複雑な気分ね」

「心中お察しするわ、アーメン」

「十字を切らないでよ。結希さん、余計なこと言ってないでしょうね?」

「朝のこと? 言う訳ないでしょ」


 快調に飛ばしていた結希さんは、また真面目な表情に戻る。


「で、そろそろ教えてくれない? 昨日の放課後、何があったの?」

「あ、うん。実はね……」


 千鶴は一部始終を語った。一部始終と言っても、返事を書いた日記帳を靴箱に返したこと。そして、その直後に姫さまに挨拶されたこと。このふたつだけ。実際それが全てだし。もちろん、姫さまの頬が朱に染まっていたとか、近くで見たらとっても可愛かったとか、余計な情報は足してない。


「姫さまね、その時はまだ返事を見てなかったみたい」

「で、その返事とやらは」

「断った」

「断ったあぁ~っ?」


 結希さんは大声を上げた。


「そんなに驚かなくても」

「そんなに驚くわよ! あのね千鶴さん、相手は姫さまよ! 分かってる?」

「分かってる」

「御前財閥のご令嬢よ?」

「分かってる」

「学園きってのお嬢様で、全校生徒のアイドルよ!」

「分かってる」

「英語スピーチ大会で高等部生を差し置いて優勝した才媛よ?」

「分かってる」

「球技大会決勝の残り1秒、スリーポイントシュートでサヨナラ勝ちを決めた神よ?」

「それは知らない」

「いったい何が不満なの?」

「不満なんてない」

「だったらどうして?」


 結希さんが言いたいことは、外部生の千鶴にもちゃんと分かる。

 これは千鶴なんかにはもったいない話。

 断るなんて生意気で、神をも恐れぬ不届きな蛮行。

 それでも。

 賢くなくても、取り柄のひとつもなくっても、ちゃんと自分で考えた結論だ。


「正しいクルールの関係にはなれない気がするんだ。私なんかじゃダメだと思う。そんな気持ちで受けるのは相手にだって失礼だよ」

「後悔しないの?」

「しない」

「食べ忘れたフランスパンより頭堅いんだから。ホントに勿体ないなあ」

「パンを食べ忘れる方が勿体ないわ」

「あのねえ……」

「ねえ結希さん、これって新聞記事になっちゃうの?」

「さすがに姫さまの失恋なんて記事に出来ないでしょ」

「でも、勘違いして姫さまの元に取材陣が押しかけたりしない?」

「それは大丈夫。中等部のゆりは未成年だから。ゴシップの取材はしないって暗黙のルールがあるの」

「じゃあ、私も取材はナシなのね」

「ここでは高等部生は成人扱い。だから千鶴さんには取材が来るわよ」

「うそ? ここって日本の法治外?」

「そうよ、白いアーチをくぐったら令女の世界なのよ」


 令女の正門は背が高い白いアーチになっている。

 確かにその門をくぐると空気が変わる。ここは世俗から隔離された乙女の学び舎。千鶴の中学校にはなかった空気が満ちている。張り詰めたようで、でも、どこか安心できる、そんな甘美な空気―― などと感心している場合ではなかった。


「逃げなきゃ!」

「逃げる?」

「だって、取材が来るんでしょ?」

「ああ、それならもう手遅れね」

「手遅れ?」


 千鶴は周囲を見回した。教室には人が増えていたけれどみんな知った顔だし、不審な動きはないし、廊下にもそれらしき人影はない。


「どこに刺客が?」

「わからない?」

「…… って、まさか?」

「そうよ、これが私の初仕事」

められたあ~っ!」


 頭を抱える千鶴の肩を、結希さんはポンポンと叩く。


「安心しなさい、悪いようにはしないから」

「悪いようにはしない? じゃあいいように弄ぶの?」

「しないわよ。千鶴さんは私より、敏腕な先輩たちに来て欲しかった?」

「それはもっとイヤ」

「でしょ? だから私が立候補したのよ」


 千鶴は思い直した。確かにこれは不幸中の幸いなのかも知れない。結希さんだったら自分の味方になってくれるかも知れないし――


「二重スパイってわけね」

「違うわよ。新聞部は信頼できる情報が取れるし、千鶴さんだってストレスが掛からない。ウィンウィンでしょ?」

「そうかなぁ。結希さんのひとりウィンのような……」

「かもね。さ、席に着きましょうか」

「なんか納得いかない……」


 ふたりが自分の席に着くと、教室はもうかなり賑やかになっていた。


「結希さん、返事のことは絶対言っちゃダメよ」

「分かってる」

「約束よ」

「もちろん」


 その時、前のドアから「ごきげんよう」の声音とともに絵里花さんが現れた。

 彼女には珍しく伏し目がちに、そそくさと自らの席へと着いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご意見、ご感想、つっこみ、お待ちしています!
【小説家になろう 勝手にランキング】←投票ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ