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ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第1章 みずいろの贈り物
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第13話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 本館に戻った千鶴は、一階ホールに姫さまの靴箱を探した。

 ずらり並んだスチールの靴棚、中等部生の棚は入って左側にあって、右側の高等部エリアからは少し離れている。それでも目的の靴箱はすぐに見つかった。三年椿組と書かれた棚の上段、日記と同じ綺麗な文字で「御前」の名札。


 自称「令女の生き字引」さんの話によると、交換日記を申し込んだゆりは靴箱に鍵を掛けない決まりになっている。返事を受け取るために開けておくのだ。ちなみに交換日記をしていない高等部のゆりも鍵を掛けないらしい。それを見ればお目当ての先輩が空席かどうかが分かるシステムなのだという。


 果たして、姫さまの靴箱に鍵はかかっていなかった。


「ごめんなさい」


 ひとり呟いて千鶴は扉を開けた。中は二段になっていて、下段に茶色の革靴が揃えられている。まだ学校にいると言うことだ。千鶴は息を整え「エイッ」とばかりに日記帳を上段に置いて、扉を閉めた。


(これでいいんだ)


 これで誰にも知られずふたりの縁は終わる。

 あ、結希さんにだけは報告しなきゃいけないかも――


 昔、お母さんが愉しそうに話してくれた交換日記。

 先輩は後輩に慕われて、後輩は先輩に憧れる。

 令女の日記はその絆の証。

 それは長いこと千鶴が憧れていた世界。

 まるで可愛い妹や、頼れるお姉さまと巡り会えるような素晴らしい機会――

 けれども高等部から入学した千鶴に、そんな幸せが訪れるはずはない。

 だって慕われる機会も、憧れられる才能もないのだから。


 交換日記は憧憬の証。

 結希さんもお母さんと同じ事を言った。

 でも、何度考えても千鶴が辿り着く答えはひとつ。

 私は、憧れで選ばれたんじゃない。

 でも、万里子さんには感謝している。

 私をノワールに指名してくれて、一瞬であっても夢を見させてくれた。


 ありがとう。

 こころから。


「さ、帰ろう。明日もまた頑張るぞいっ!」


 千鶴は気持ちを切り替えると自分の靴箱へと向かった。鍵を掛けていないのは、ルージュを受け入れようと思ったからじゃない。ただ単に周りがみんな掛けてないから真似ただけ。よく見ると、ずらり並んだ靴箱の中には鍵を掛けているのもあった、ちょっと見には分かりにくいけどね。結希さんによると、夏になる前には半分以上の靴箱に鍵がかかるのだそうだ。中には関係を結びたくない人もいて、その意思表示のために鍵を掛ける場合もあるそうだけど、それはかなりの少数派。


 千鶴は上履きを収めると、濃茶の革靴を取り出して、下足場へと向かった。

 長かった今日が終わろうとしていた――


 と。


「あのっ!」


 思い詰めたような声だった。

 振り向くと、赤いスカーフに艶めく長い黒髪。

 見間違うはずがない、姫さまだ。


 すらりと美しい立ち姿。端正に整ったお顔は、体育館の壇上に見た通りに、いやそれ以上に美しい。けれどもその印象は大きく違った。少し紅潮した頬、胸の前で手を握り、上目遣いに見つめてくる瞳。少しおどおどと、どこか幼さすら感じるほどに、とても可愛らしい姫さまがそこに立っていた。


「あ、私?」


 突然のことに千鶴は間抜けな応えを返す。

 そこには千鶴しかいないのに。


「はい。突然ごめんなさい、御前万里子です。あのっ……」

「……」


 絞り出すような声。

 真剣な眼差し。

 ――千鶴は焦った。

 もしかして、さっき入れたばかりの日記帳をもう見たのだろうか?

 返事を見て、文句を言いに来たとか?

 責められる?

 罵られる?

 何をえらそうに、親切でしてあげたのに、貴女なんかこっちから願い下げ!

 ……とか?


「千鶴さま! ノワールの件、よろしくお願い、しますっ!」


 しかし千鶴の予想は大きく外れた。

 無機質なスチールの靴棚を背に、深々と頭を下げる彼女の、長い黒髪が揺れる。

 やがて、その揺れが収まると頭を上げて「失礼します」と言い残し、駆けるように去っていく。


 ほんの数秒の出来事。

 その間、千鶴はただ立ち尽くすばかりだった。

 すでに日記帳は靴箱に返しているのに。

 今更掛ける言葉なんて。


 でも。

 それよりも、突然の胸騒ぎに千鶴の心は乱れた。

 不思議な既視感が千鶴を襲っていた。

 ずっと昔に会ったことが、ある??

 でも、思い出せない。

 ううん、何かの記憶違いだ。

 相手はミサキ電器のご令嬢なのだ。

 会ったことなどあるはずがない。

 私なんかに縁があろうはずがない。

 きっと何かの勘違い――


 ふっ、と我に返り、辺りを探した時にはすでに、彼女の姿はどこにもなかった。


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